癌の痛みに対する緩和ケア「医療用麻薬」
従来、癌による痛みの治療は、癌が進行してから行なうものと考えられていました。 しかし最近では、痛みに対する緩和ケアを、癌の早期から積極的に行なうことで、さまざまなメリットがあることがわかってきました。 医療用麻薬を適切に使うことにより、癌の痛みの大半は緩和できるといわれています。
■癌の痛みの緩和ケア
早期から痛みの治療が求められるようになってきた。
癌の治療には、手術療法、化学療法、放射線療法のほかに、痛みなどの苦痛を和らげる「緩和ケア」があります。 しかし残念ながら、緩和ケアは日本では普及が起これているのが現状です。その理由として、従来のがん治療は 病気自体の治療を優先して、痛みや呼吸困難などの治療は末期になってから行なうものとされていたことがあります。 痛みの治療に有効な「医療用麻薬」が怖い薬であるという誤解も、緩和ケアの普及を妨げています。
しかし最近は、痛みがあれば、癌が早期であっても、病気自体の治療と並行して積極的に痛みの治療を行なう という考え方に変わってきています。2007年に施行された「癌対策基本法」でも、 癌の「疼痛等の緩和を目的とする医療が早期から適切に行なわれる」ことが求められています。 癌の痛みをとることは、患者に多くのメリットをもたらします。元気が出て家族と会話が楽しめるようになったり、 仕事への復帰が可能になることもあります。また、痛みは体を外敵から防御する働きである「免疫」 を低下させるとされており、痛みを取り除くことで免疫力が回復すると考えられます。 さらに、早い段階で適切に痛みをコントロールしていれば、痛みが強くなってからいきなり大量の薬を使う必要もなくなり、 副作用を減らすことができるのです。
●癌の痛み
絶え間なく続いて徐々に増す。精神的苦痛も強い。
癌の痛みは、癌の増殖や転移によって臓器や骨、筋肉などが損傷されるために起こります。 神経が圧迫、損傷された場合は、電気が走るような痛みが現れます。 ほかにも、手術療法や化学療法などの治療で痛みが生じたり、寝たきりの期間が長くなって、膝や腰などが痛むこともあります。 癌の痛みは時間が経つにつれて徐々に強くなります。痛みが持続するのも大きな特徴です。 例えば、胃や膵臓の癌の場合は、「お腹や背中が絶え間なく痛む」などと表現する人もいます。 癌の痛みは自然には治まらないため、放置していると精神的な苦痛も生じてきます。
- ▼癌自体の痛み
- 癌ができていることで起こる内臓などの痛みや、癌が神経を圧迫したり 損傷したりすることで起こる痛みなどです。
- ▼癌の治療に伴う痛み
- 手術後の切開創などの痛みや、放射線量法や、床ずれによる痛みなどを指します。
- ▼癌に関連した痛み
- 全身の衰弱による痛みや、床ずれによる痛みなどを指します。
- ▼その他の病気による痛み
- 癌とは直接関係のない病気、例えば以前から持っていた腰痛などによって 生じる痛みを指します。
これらの痛みにより、「動けない」「食欲がなくなる」「不安やイライラを感じる」「眠れない」といった、 さまざまな障害をもたらします。このようなときには、痛みを我慢するのではなく、 適切な治療で痛みを取り除くことが必要です。
●癌の痛みに使用する薬
組み合わせて使うことで効果が上がる
癌の痛みの治療で使う薬は、次の通りです。
- ▼一般の鎮痛薬(非麻薬性鎮痛薬)
- 医療麻薬に含まれない、鎮痛薬です。「アスピリン」や「アセトアミノフェン」などがあります。
- ▼医療用麻薬(麻薬性鎮痛薬)
- 作用の弱いものに「コデイン」があります。作用の強い医療用麻薬の代表が「モルヒネ」ですが、 最近は「フェンタニル」や「オキシコドン」といった新しい薬も使えるようになりました。 飲み薬以外に、貼り薬、座薬、注射薬などがあります。「便秘」「吐き気・嘔吐」「眠気」などの副作用がありますが、 これらの症状を抑える薬を併用することでコントロールが可能です。
- ▼鎮痛補助薬
- 一般の鎮痛薬や医療用麻薬は、神経の圧迫や損傷による痛みには、あまり効果がありません。 こうした痛みがある場合は、神経の興奮を抑える働きのある「抗うつ薬」「抗痙攣薬」「抗不整脈薬」 「ステロイド薬」などを鎮痛補助薬として、一般の鎮痛薬や医療用麻薬に併用します。
- ▼併用することで効果がる
- 一般の鎮痛薬と医療用麻薬では、痛みに対する作用の仕方が異なります。 一般の鎮痛薬が患部から出る痛みの発生物質を抑えるのに対し、医療用麻薬は痛みが脊髄や脳に伝わるのを抑えます。 作用の仕方が異なりますから、一緒に使うことで治療効果を高めることができるのです。 また、一般の鎮痛薬には、「有効限界」といって、一定の量を超えると治療効果は変わらずに副作用だけが増える 性質があります。作用の強い医療麻薬には、それがありませんから、痛みの程度に応じて量を増やすことができます。
●癌の痛みに使用する薬の選択
進行度ではなく、痛みの強さで使用する薬が異なる。
癌の痛みは、薬で取り除くのが基本です。 「WHO(世界保健機構)」では、癌の痛みを取り除くための治療方法の基準を定めています。 痛みの程度を「弱」「中」「強」の3段階に分け、痛みの強さに応じた薬を使って、痛みを取り除いていきます。 癌の進行度とは関係なく、痛みの強さで使う薬が選択されます。
第一段階では軽度の痛みに対して一般の鎮痛薬(非麻薬性鎮痛薬)を用い、 必要に応じて鎮痛補助薬を併用します。 もっと強い痛みには、第二段階としてコディンなどの作用の弱い麻薬性鎮痛薬が追加されます。 それでも不十分な場合は、第三段階として、モルヒネなどの作用の強い麻薬性鎮痛薬を 使用します。WHO方式の痛みの治療は、第一段階から始めるとは限らず、痛みが強い場合には、 第二段階や第三段階から始めることもあります。
このような治療を行なうことで、癌の痛みの80~90%は緩和することができます。 WHO式の3段階は、痛みの程度を分類したものであって、癌の進行度とは関係ありません。 一般に、癌の進行に伴って痛みも強くなりますが、たとえ早期の癌であっても痛みが強ければ、 医療用麻薬を使っていくことになります。 医療用麻薬を使う痛みの治療は、かつては癌の治療をすべて行ってからするものとされていました。 しかし現在では、癌が初期であっても、痛みが強い場合には、必要に応じて医療用麻薬を 使った治療が行われます。また、外来で処方されることも多くなってきています。
●痛みの評価方法
治療の際に医師は、患者の痛みがどの程度改善されたかを的確に把握する必要があります。 そこで、次のような方法を治療の前後に用いて、治療の効果を判定します。
- ▼フェイスペインスケール
- いろいろな表情をした顔のイラストの中から、現在の痛みの程度に近いと感じるものを 選んでもらいます。主に子供に適した方法です。
- ▼数値的評価スケール
- 痛みがない状態を「0」、想像できる最大の痛みを「10」として、 現在の痛みがいくつになるかを数値で答えてもらいます。 この際に重要なのは、数字の大小ではなく、治療によって痛みがどの程度改善されたか を明らかにすることです。
●医師に「痛みの程度」を訴える際のポイント
- 1.どこが・・・
- 痛みを感じる部位を具体的に伝えます。
- 2.いつから・・・
- 痛み始めた時期を伝えます。
- 3.どんなふうに・・・
- 「刺すように」「焼けるように」「ズキズキ」など痛みの感覚を伝えます。
- 4.どれくらい・・・
- 痛みの強さを伝えます。
- 5.痛みでできなくなったこと
- 「眠れない」「食欲がない」「動けない」など、日常生活でできなくなったことを伝えます。
- 6.使っている鎮痛剤の名称と効き具合
- 過去に使っていた薬の効果や副作用などを伝えます。
■医療用麻薬に対する誤解
正しく使用すれば中毒はなく効果が高い。
モルヒネなどの医療用麻薬は、癌の強い痛みをとるのに欠かせない薬ですが、 日本における医療用麻薬の使用量は諸外国に比べ極めて少ないのが現状で、 アメリカの1/23、ドイツの1/8程度に過ぎません。その原因は、「麻薬中毒になる」 「意識や呼吸が低下する」「やがて効かなくなる」「最後の手段として使う薬」といった、 医療用麻薬に対する根強い誤解です。 こうした誤解は、患者や家族のみならず、医師の間にもみられ、 医療用麻薬に対する誤解が、適切な痛みの緩和治療を妨げています。
◆痛みがある人が使えば、中毒にはならない
医療用麻薬は、癌などの痛みがある人が使えば、中毒になることはありません。痛みのない人が使うと、 脳内で「ドーパミン」という快楽をもたらす物質が大量に増えるため、医療用麻薬が欲しくてたまらない状態になります。 しかし痛みがある場合は、医療用麻薬を使ってもドーパミンが増えないことが、科学的に証明されています。
◆意識や呼吸に問題が起こることはない
かつては、癌の末期になってからいきなり大量の医療用麻薬を使用したために、意識の低下や呼吸の抑制が起こることがありました。 しかし、痛みの程度に合わせて適切に量を調節すれば、意識や呼吸が障害されることはありません。
◆効き目は必ずある
医療用麻薬には有効限界がないので、必要な量を投与すれば、必ずある程度の効果が得られます。
また、飲み薬だけでは効果が低い場合でも、飲み薬、貼り薬、座薬、注射薬などを効率よく使えば、
どんな癌の痛みでも緩和されます。
医療用麻薬は、飲み薬を使うのが基本です。在宅でも使えますし、体調によっては携帯して海外に行くこともできます。
癌の痛みは、痛みの性質や原因、強さなどを正しく見極め、適切に治療を行なえば和らげることができます。
痛みは我慢せず、必ず医師に伝えることが大切です。
●その他
癌の痛みは我慢をせずに医師に相談するとよいでしょう。 痛みの治療を専門とする「ペインクリニック」や「緩和ケアチーム」 なども増えてきているようです。また、「セカンドオピニオン」を受けるのも1つの方法です。