耳鳴りのガイドライン

高齢になると耳鳴りに悩まされる人が増えてきます。多くは加齢による難聴に伴って現れます。 原因を取り除くことができなくても、耳鳴りの辛さを和らげる治療は進歩しています。

■耳鳴りとは?

体の外に音源となるものがないのに音を感じるのが「耳鳴り(耳鳴・じめい)」です。 なかには体内に音源があって他人にも音が確認できる「他覚的耳鳴り」もありますが、 耳鳴りのほとんどは患者さん自身にしか聞こえない「自覚的耳鳴り」です。 また、耳鳴りには、脈打つような音が聞こえる「拍動性耳鳴り」とそうでない「非拍動性耳鳴り」があります。 耳鳴りのある人の9割以上は「難聴」を伴っています。 耳鳴りが起こる仕組みは、まだよくわかっていない部分も多いのですが、主に以下のような形で難聴が関与していると考えられています。 耳へ入ってきた音は、耳から聴神経を経て脳へ伝えられます。この音の情報を受け取って音を認識するのが、脳の聴覚中枢です。 聴覚中枢には、送られてきた情報を明確にするために、神経細胞の興奮を抑制して、聞こうとしていないものを省く仕組みがあります。 ところが、難聴があり耳から入ってくる情報が少なくなると、その抑制が利かなくなり、一部の神経細胞が過剰に興奮します。 そのために、通常は省いているものまで音として認識してしまい、それを耳鳴りと感じると考えられています。 また、「耳鳴りが気になって不安になったり眠れなくなったりすると、耳鳴りを一層強く感じてしまう」という悪循環が起こってきます。 難聴は、聞こえの経路のどこに異常があるかによって、耳に入った音を伝える外耳・中耳に異常が生じて起こる「伝音難聴」と、 音を感じる内耳から脳にかけて異常が生じて起こる「感音難聴」に大きく分けられます。 「中耳炎」などによる伝音難聴でも、突然発症する「突発性難聴」や、 加齢に伴って現れる「加齢性難聴」などの感音性難聴でも、耳鳴りを伴うことがあります。 聴力の加齢性変化は一般に30歳代から始まり、高齢になるほど難聴が増えていきます。 近年、悩む人が増えているのが、加齢によって起こる慢性的な感音難聴に伴う耳鳴りです。


■耳鳴りの治療

耳鳴りの診断には、まず詳しい問診と併せ、診察や聴覚検査などが行われます。 そのほか、疑われる病気によっては画像検査など、さらに詳しい検査が行われることもあります。 耳鳴りの原因が特定できれば、原因に対する治療を考えるのが基本です。 難聴に伴う耳鳴りの場合も、難聴の治療が可能であればそれが優先されます。 ただし、加齢による難聴は治療が難しいため、高齢になると根本的に治すのが難しい耳鳴りも増えてきます。 耳鳴りの治療法としては、主に次のようなものがあります。

▼薬物療法
内耳の働きの改善を期待して、ビタミン剤、血流改善薬・血管拡張薬、ステロイド薬などが使われています。 また、耳鳴りやその苦痛を軽減する目的で、抗痙攣薬、筋弛緩薬、局所麻酔薬が使われたり、強い不安や鬱状態がある場合に、 抗不安薬や抗鬱薬などが使われたりしています。漢方薬が使われることもあります。

▼教育的カウンセリング
耳鳴りについて詳しく説明し、患者さんの理解を高めて、耳鳴りによる不安を取り除きます。

▼心理療法
耳鳴りの苦痛は不安や鬱状態との関連が強いため、それらを和らげて苦痛を軽くしていきます。

▼音響療法
耳に入る音を調整して、耳鳴りの音を脳が認識しないようになることを目指す治療です。 難聴がある場合は、補聴器を使う方法が主流です。難聴がない場合には、「サウンドジェネレーター」という機器を使って、 耳鳴りより小さめの音を毎日聞く方法があります。

■ガイドラインのポイント

2019年5月に、耳鳴りに関する日本初の診療ガイドラインが日本聴覚医学会から発行されました。


ポイント①原因を探り、治療方針を決めるには、詳しい問診が重要

耳鳴りの多くは加齢による難聴によって起こります。ただし、中には何らかの病気の症状として耳鳴りが現れている可能性もあります。 そのため、ガイドラインでは下図のような診断の進め方が示されています。 耳鳴りの診断では患者さんの詳細な情報が重要なため、耳鼻咽喉科を受診すると、質問票への記入を求められることが増えています。 ガイドラインでも、客観的な聴覚検査とともに、患者さん自身が答える質問票を使うことが推奨されています。 合わせて、耳鳴りに影響を与える可能性がある鬱状態を見る質問票が使われることもあります。 質問票の第一の役目は、耳鳴りの原因となっている難聴などの診断を助け、耳鳴りによる日常生活への支障を把握することによって、 耳鳴りに対する積極的な治療が必要なのか、教育的カウンセリングだけで十分なのかを見極めることです。

耳鳴り診断の流れ


ポイント②耳鳴りへの理解を深めることで苦痛は軽減できる

耳鳴りの治療には、”耳鳴りそのものに対する治療”と”耳鳴りの苦痛に対する治療”という2つの側面があります。 耳鳴り自体を失くすことができない場合でも、耳鳴りに伴う苦痛を治療で軽減することはできます。 人間は通常、例えば冷蔵庫の音など、ずっと聞こえていて当たり前になっている音(環境音)は認識しません。 耳鳴りのある人のうち、苦痛が強いのは約2割で、残りの約8割の人はそれほど気にしていないといわれます。 耳鳴りがあるだけなら治療は不要ですが、耳鳴りから不安や不眠などが生じているなら、放置するとさらに耳鳴りが悪化しかねません。 こうした悪循環を断つ第一のステップが教育的カウンセリングです。 まずは、心配な病気による耳鳴りではないこと、なぜ耳鳴りが起こるのかなどを患者さんに説明して、理解してもらいます。 特に加齢変化によるものは、それを理解して患者さんが自然な形で受け入れることができれば、その後の治療は不要になるかもしれません。 あまり意識せずに、うまく付き合っていくようにしましょう。 教育的カウンセリングを行っても苦痛が強い場合には、心理療法も考えられます。 海外の研究では、ものの考え方・捉え方の修正を図る「認知行動療法」が最も有効とされていますが、 日本では耳鳴りに対してはほとんど行われていないのが現状です。


ポイント③薬は耳鳴りに伴う辛い症状を緩和して治療を助ける

耳鳴りの治療では、従来、難聴の改善を目的に血液循環を改善する薬やビタミン剤を用いるなど、さまざまな薬による治療が試みられてきましたが、 残念ながら、現在のところ、耳鳴りそのものに対する効果が証明された薬はありません。 ガイドラインでも、耳鳴りの消失や改善を目標として薬を使うことは勧められていません。 ただし、耳鳴りに伴って起こっている症状を軽減させる薬は、重要な治療手段です。 鬱状態、不安、不眠などがある場合に、適切な薬を使ってそれらを和らげることは、 耳鳴りによる悪循環を断ち、治療効果を高めることが期待できます。 耳鳴りの治療に限ったことではありませんが、薬を使う場合には、患者さん自身も、何のために飲む薬か、 どうなれば薬がいらなくなるのかをよく理解してつ勝つことが大切です。


ポイント④最も効果が確実なのは「音響療法」による脳のリハビリ

耳鳴りに対する治療で最も確実な効果があるとされているのが、聞こえに関する脳の機能を活用した「音響療法」です。 耳鳴りの多くは難聴に伴って起こっていることから、最近では、聞こえなくなった音を補聴器で増幅して補う方法が主流になっており、 ガイドラインでも難聴を伴う耳鳴りの治療には補聴器の使用を推奨しています。 ただし、音響療法はいわば”脳のリハビリテーション”です。 補聴器を付ければすぐに快適に聞こえるようになり、耳鳴りから解放されるというわけではありません。 こまめに補聴器を調整しながら、半年ほどかけて目指す状態にもっていきます。 補聴器の使い始めに、「ただ煩わしいだけだ」とやめてしまう人がよく見られますが、脳卒中のリハビリなどと同様に、 難聴や耳鳴りのリハビリにもある程度の期間が必要なことを理解しておいてください。


■治療はどう変わる?

耳鳴りの治療としては、従来、さまざまな薬が用いられてきましたが、それらの効果の検証がガイドラインで示されたことで、 薬の必要性の見直しや整理にも役立つことが期待されます。 音響療法に関しては、難聴のある人では補聴器の適正な利用が必要ですが、補聴器を購入しても、うまく活用されていないケースが少なくありません。 リハビリの効果を上げるためには、専門家のサポートが必要です。 日本耳鼻咽喉科学会では、耳鼻咽喉科専門医のなかで、決められた講習と実習を受けた「補聴器相談医」を認定し、学会のホームページで公開しています。 補聴器を購入する際には、こうした専門医に相談したうえで、調整や購入後のメンテナンスも含め、 「認定補聴器技術者」のいる専門店で相談すると安心でしょう。