認知症の薬物療法Q&A①「中核症状の治療薬とは?」

社会の高齢化が進み、『認知症』は誰にとっても身近な病気になってきました。 根本的に治すことはできなくても、症状をうまくコントロールする方法を持つことは、患者さん本人ばかりでなく、介護する家族にも役立ちます。


■認知症の中核症状の治療薬とは?

残念ながら、現在のところ認知症を根治できる薬はありません。治療に用いられるのは症状の進行を抑えたり、改善を促す薬です。 認知症の症状は、中心となる認知機能障害(中核症状)と、それに伴う行動・心理症状(周辺症状)に分けられます。 認知症の薬物療法は、それぞれの症状に応じて使い分けられます。

▼中核症状(認知症の人に必ず見られる症状)
●記憶障害(同じことを言ったり聞いたりする、置き忘れる、しまい忘れる、直前にしたことも忘れるなど)
●見当識障害(今がいつか、自分のいる場所がどこかわからなくなる)
●判断力の低下(夏にセーターを着たり、冬でも薄着のまま外に出るなど)

▼周辺症状(中核症状に伴って起こる行動・心理症状・問題行動。必ず起こるわけではない症状)
●妄想●幻覚(幻視・幻聴など)●不安●抑鬱●依存●不機嫌、怒りっぽい●意欲の低下
●睡眠障害●徘徊●攻撃的行動●介護への抵抗●失禁●異食(食べ物でないものを食べる)、過食

まず、中核症状に対しては、薬物療法に何が期待できるのでしょうか?


■認知症の治療薬の効果

現在、日本で唯一、認知症の薬として認可されているのが「ドネペジル(正式な一般名称はドネペジル塩酸塩、商品名は アリセプト)」です。アルツハイマー型認知症の症状の進行を抑制する効果があるとされています。 ドネペジルは「コリンエステラーゼ阻害薬」に分類される薬で、神経伝達物質の「アセチルコリン」 の分解を抑える作用があります。アルツハイマー型認知症では、脳の中で情報を伝えるアセチルコリンが少なくなっています。 ドネペジルがアセチルコリンの減少を防ぐことで、障害されていない神経細胞が効率よく機能するようになると言われます。 ただ、ドネペジルを服用しても、障害された神経細胞が甦ったり、神経細胞が止まるわけではありません。

それでは、どの程度の効果が期待できるのでしょうか。
一般に、認知症の症状の進行を半年から1年ほど遅らせる効果が期待できるとされています。 人によっては、症状が改善して、その状態が何年か維持されることもあります。 実際の効果は、併せて行う非薬物療法に追うところも大きく、介護する家族の対応によっても違ってきます。

●どういうとき、どういう人にドネペジルが使われる?

▼ドネペジルは、いつ使い始めればよいのか?
以前は、アルツハイマー型認知症の中でも軽度から中等度の人だけが適応とされていましたが、2007年に適応が拡大され、 高度の認知機能障害の人も高容量で使えるようになっています。ただし、進行を抑える薬ですから、 なるべく早期に飲み始めたほうが効果が高いのは明らかです。

▼脳血管性やレビー小体型の認知症には、ドネペジルは効かないのか?
脳血管性認知症に関しては、アルツハイマー型の場合ほど効果が明らかでないということで、健康保険の適応とされていません。 従来、日本では脳卒中が多く、脳血管性とアルツハイマー型を合併した認知症の多いことがわかっています。 認知症の人に脳卒中の既往があれば脳血管性認知症と考えられがちですが、認知機能の低下、中でも記憶障害は、 主にアルツハイマー型によるものと言えるケースが少なくないのです。脳卒中の既往があるからといって、 ドネペジルが効かないとは限りません。
レビー小体型認知症も、現在のところ、健康保険の適応ではありませんが、認知症の専門家の間では 効果が知られています。レビー小体型認知症の症状には、アルツハイマー型以上に、アセチルコリンの減少が大きく関わっている と考えられています。作用から見れば、ドネペジルはレビー小体型に特に適する薬なのです。 レビー小体型に特徴的な幻視が消えたり、症状の変動を小さくする効果も報告されています。

●ドネペジルの使い方は?副作用は?

ドネペジルは1日1回服用します。通常3mgから開始し、1~2週間後に5mgに増量します。 高度の認知症の場合は、5mgで4週間以上経過後、10mgに増量します。 副作用で食欲不振や吐き気、下痢などの消化器症状が出やすいので、飲み始めは、副作用が出にくい少量で徐々に胃腸を慣らしてから、 有効量の5mgに増量します。ただ、こうした副作用の多くは、胃腸薬を合せて使うことで予防できます。

▼一度ドネペジルを使い始めたら、ずっと使い続けることになるのか?途中で服用をやめるとどうなるのか?
アルツハイマー型認知症は、放置すれば進行する病気です。MMSEという認知機能を調べるテストの得点で見ると、 平均して年間3点ずつ下がっていきます。ドネペジルを使えばこれが年間1点程度になります。 治療をしないと2年間では6点下がるところが、ドネペジルを使うことで2点に抑えられるわけです。 ところがそこで服用をやめると、全く治療をしない場合の2年後と同等のレベルまで急速に低下することが知られています。 しかも、早く服用を再開しないと、薬の効果が現れにくくなります。 確実に用いるためには、介護する家族がきちんと飲ませる必要も出てくるでしょう。

●ドネペジルを使いにくい、使っても効果がないときは?

アセチルコリンは脳だけでなく、胃腸や心臓、膀胱にも作用する物質なので、胃潰瘍のある人などは使わない方がよいです。 心電図に異常がある人も注意を要します。まれにトイレが近くなる人がいるので、頻尿があると使いにくいかもしれません。 代わりに漢方薬を使うことも考えられます。釣藤散や抑肝散をはじめ、多くの漢方薬にアセチルコリンの合成を 促す作用があります。ドネペジルとは別の仕組みでアセチルコリンを増やし、神経細胞の機能を高めることも期待できます。 実際、近年の研究でもドネペジルとほぼ同等の効果が報告されています。 最近は、アルツハイマー型の人の脳に沈着する「アミロイドβたんぱく」が着目され、それを分解したり、 それが沈着するのを防ぐことが、認知症の根本治療につながるのではないかと盛んに研究されています。 漢方薬でもそうした作用が報告され、認知症の進行を予防する可能性も期待されます。 ドネペジルを使っても効果が不足だという場合に、漢方薬を併用して”足し算効果”を狙うこともあります。 漢方の場合は、周辺症状も含めた個々の患者さんの症状の特徴に応じて、合う薬を選んで処方します。


■認知症の予防に役立つ薬はある?

認知症の発症や、軽症の人の進行には、生活習慣病のかかわりが大きいのです。 認知症の発症を遅らせたり、進行を防ぐうえでも最も有効性が明らかなのは血圧の管理です。 高血圧がある人は降圧治療を行うことで、脳血管性認知症ばかりでなく、アルツハイマー型認知症の発症も減ります。 糖尿病や脂質異常症の治療も大切です。 これらの生活習慣病の薬が必要な人は、それをきちんと使うことが認知症の予防につながります。 脳血管性認知症に関しては、脳卒中の予防が必要なことはいうまでもありません。


■開発中の主な認知症治療薬

現在、開発が進んでいるのは、ドネベジルと同様のコリンエステラーゼ阻害薬です。 その他、神経伝達物質の「グルタミン酸」が結合する受容体(NMDA受容体)に作用する薬が、ドネペジルとの併用で 有効性を示すという報告が出始めています。グルタミン酸は神経細胞に対して攻撃性のあるアミノ酸の1つで、 そうした物質を抑える作用は、認知症の治療に新しい方法をもたらすと期待されています。
近年、アミロイドβたんぱくに作用する薬も、世界中でさまざまな研究が進められていますが、 実用化までにはまだしばらく時間がかかりそうな模様です。