軽度認知障害とは?

『軽度認知障害』とは、認知機能がわずかに低下しているものの、認知症とは言えない状態、すなわち 健康な状態から認知症へと移りゆく途中の段階をさします。 これは、認知症の研究が進み、早期診断・早期治療が必要になったことから生まれた概念です。 予防法は現在研究中ですが、早期から対応が可能になり、「BPSD」の予防が期待できます。

認知症における認知機能の低下は、多くの場合、ある日突然起こるわけではありません。 緩やかなカーブを描きながら、少しずつ低下していきます。 このときの、健康な状態と認知症の間を『軽度認知障害(MCI)』といいます。 厳密な定義はなく、あえて言えば、”健康な状態から認知症へ移りゆく途中の段階”です。 認知症では、認知機能の障害だけでなく、日常生活を送る機能も障害されるため、何らかの介護が必要になります。 しかし、その前の軽度認知障害の段階では、認知機能の障害はあっても、日常生活を送る機能に大きな支障はありません。 こうした”グレーゾーン”は従来の健康診断では、認知症とは診断されません。 しかし、認知症の研究が進むにつれて、「認知症と診断されてから治療を始めても、遅すぎるのではないか」 との反省が生まれるようになってきました。そのために、専門家の間では、その前の段階を的確に捉えることを目的として、 さまざまな概念が生まれてきました。そのなかで、現在最も支持されている考え方が、軽度認知障害なのです。


■早期発見・早期治療の必要性

認知症の原因のうち、特に研究が進んでいるのは「アルツハイマー病」です。 この病気では、「アミロイドβ」という物質が、脳の神経細胞の外側に蓄積することがわかっています。 また、リン酸化した「タウたんぱく」が神経細胞の中に凝集し、「神経原線維変化」を起こすこともわかっています。 これらが、神経細胞を死滅させる原因だとされています。 そして、神経原線維変化に先立って、アミロイドβの蓄積が起こるため、アミロイドベータによる神経細胞への悪影響が、 神経細胞死の原因としてより根本的だと考えられています。この考え方を「アミロイド仮説」といいます。

アルツハイマー病の薬は現在のところ、病状の進行を遅らせるものしかなく、根本的に治療する薬の開発が期待されています。 根本的な治療の研究・開発では、アミロイド仮説に基づき、アミロイドβの形成を阻害する薬や、アミロイドβの凝集・蓄積を 阻害する薬が考えられています。しかし、今のところ、認知症の人がこれらの薬を使っても、ほとんど期待したような効果が 得られていません。そのため、根本的に治療するには認知症に至る前、つまり軽度認知障害の段階で治療を始める必要がある と考えられるようになったのです。


■アミロイド仮説から、新たな検査や評価方法を検討

早期診断を目指して、アミロイド仮説から生まれた検査法に、「アミロイドイメージング」があります。 この検査は、アミロイドβだけに結合する医薬品を静脈注射してから、「PET」という画像検査法を用いて、 脳にアミロイドβがどの程度蓄積しているかを画像化する方法です。現在はまだ一部の研究機関や医療機関でしか 行われていませんが、軽度認知障害からどのように認知症へ移行していくかを追跡していくための、 有力な手段と考えられています。 しかし、中には、アミロイドβがかなり蓄積していても認知症にならない人がいます。 その理由も含め、認知症の原因や経過、治療方法などを研究するため、アメリカ、欧州各国、オーストラリア、 そして日本で、「ADNI」という、アミロイドイメージングなどを用いた大規模な調査が行われています。

●ADNI

2004年にアメリカで始まった臨床研究「ADNI」。日本では、そのADNIと連動して、2007年から「J-ADNI」が行われています。 認知症の治療に実績のある全国の40ほどの医療機関で、約300名の軽度認知障害の人を3年間、追跡調査しています。 同時に、約150名の健康な人を3年間、追跡調査中です。いずれも、60~84歳の人を対象としています。 J-ADNIに参加した人は、半年から1年ごとに、MRIやPETによる画像検査や、認知機能テスト、「脳髄液検査」「血液検査」 「尿検査」などを受けることになります。 2010年12月現在、まだ参加者を募集している医療機関もあります。


■本人や家族が困ったことや、おかしいと思ったことから診断

軽度認知障害には客観的な診断法がないので、本人や家族から話をよく聞いて、総合的に判断をしているのが現状です。 もちろん、MRIなどの画像検査や認知症のスクリーニング検査である「MMSE」も行われます。 しかし、「MMSEが○~○点なら軽度認知障害」などといった基準は、一切ありません。 診断はあくまで、家族からの問診で聞き取った内容や、本人の反応などに対する医師の観察が基になります。 診断でポイントになるのは、記憶障害があっても、「生活障害(日常生活への支障)がないということです。 進行した認知症では、排泄や着替えなどにも介護が必要になっていきます。 しかし、軽度認知障害では、「物忘れ」があっても、自分でこまめにメモをしたり、家族のちょっとした支援があれば、 それほど問題なく暮らすことができます。ただし、記憶障害の現れ方は多様であり、生活障害の有無も、 生活環境などによって異なりますから、これも診断の明確な基準になるというわけではありません。

生活障害の一般的な例としては、「同じ内容の電話を同じところに何度もかける」「約束を守れなくなった」 「車を運転していて迷子になる」「同じものを何度も買う」「医療機関で処方された薬をなくす」などが挙げられます。 診断には本人の話が重要ですが、本人には問題が自覚できない場合もあります。 家族など周囲の人にしかわからないこともあるため、受診する際は、些細なことでもよいので、 周囲の人が医師に伝えることが大変重要です。


■軽度認知障害と診断されたら

運動を行うことなどで、脳によい刺激を与える

人口全体のうちで認知症になる人の割合(有病率)は、調査する機関や地域などによって、多少異なります。 ある地域の人口全体を対象としたいくつかの調査から、65歳以上の高齢者全体の、11~17%に軽度認知障害が見られるというのが、 おおよその割合と考えられています。そして1年あたり、そのうちの10%くらいの人が認知症へ進むとされています。 軽度認知障害だとわかったら、記憶障害があっても生活は自立している状態をできるだけ保ち、認知症への移行を防いでいくことが 望まれます。


●予防法は、現在研究中の段階

「どうやったら、認知症へと進むのを防ぐことができるか」。この点はすべての人の関心事と言えるでしょう。 しかし、認知症の起こる仕組み自体が明確に解明されていない現在、予防法はまだ研究中の段階としか言えないのが現状です。 今の段階で、予防にある程度有効だと考えられているのは、以下のようなものです。

▼運動
適度な運動が、予防に有効なのではないかと言われています。 最近の研究では、「1日30分・週5回のウォーキング」に相当する以上の量の運動を10年間以上行っている人たちを アミロイドβイメージングで調べたところ、アミロイドβが蓄積していると認められっる人はいませんでした。 また、その人たちのほぼ全員で、脳脊髄液中のアミロイドβが高値でした。 すなわり、アミロイドβが脳からきちんと排出されていたのです。 運動は、「高血圧」や「糖尿病」といった生活習慣病の予防や治療のためにも有効です。 適度な運動は心身の健康の維持に効果があるので、ぜひ積極的に行うようにしましょう。

▼高血圧、糖尿病の治療
特に糖尿病などの生活習慣病があると、認知症になりやすいというデータもあります。 血圧や血糖値は、しっかり管理しましょう。

▼緑茶
緑茶に多く含まれる「カテキン」とは、抗酸化作用がある物質として知られていますが、脳梗塞の発症の抑制や、 弱った神経細胞の修復にも関与していることがわかってきています。

その他にも、カレーのスパイスに含まれる「クルクミン」という成分や、魚油などにも予防効果があるのではないかといわれています。 軽度認知障害から認知症への移行を確実に防ぐことは、残念ながら、まだ難しいというのが現状です。 ただ、軽度認知障害の段階で治療を始め、家族が理解を深めて、対応の仕方を工夫したりすることなどで、 「BPSD」が現れにくくなると考えられます。