癌の予防・対策『温熱療法』

副作用のない癌の治療法として、温熱刺激によって癌を治療する方法が脚光を浴びており、 なかでも、癌細胞に電磁波を当てて腫瘍を大幅に縮小させる「温熱療法」が評判になっています。 これは、癌細胞が熱に弱いという特性に着目し、癌細胞を温めて死滅させようという新しい治療法です。 温熱療法は、保険も効き、放射線や抗癌剤を併用すれば効果はさらに高まります。


■「温熱療法」とは?

熱で癌細胞をたたく新たな治療法

癌治療といえば、外科療法(手術)・化学療法(抗癌剤)・放射線療法の3つが主流です。 これらは癌を早期発見し早期治療として行われれば大きな効果を発揮します。 しかし、癌のステージ(進行度)が上がり、これら3つの治療法を続けた場合、患者さんの体が耐え切れなくなる という問題もあります。いずれの治療法においても、癌細胞を除去するために、健康な細胞を害してしまうのは 避けられません。特に化学療法や放射線療法では、つらい副作用を伴うことがあります。 その結果、患者さんの免疫力や自然治癒力を低下させることになり、癌の再発や合併症を引き起こす原因になってしまうのです。 そんな中、副作用のない第四の治療法として、温熱刺激によって癌を治療する方法が脚光を浴びています。 これは、癌細胞が熱に弱いという特性に着目し、癌細胞を温めて死滅させようという新しいタイプの治療法です。


●癌細胞は温まりやすく熱に弱い

では、なぜ癌細胞は熱に弱いのでしょうか。 まず、癌細胞は、正常な細胞と比べて温度が上がりやすいという特徴があります。 もともと私たち人間の体には、体温を一定に保つ仕組みが備わっています。 そのため、体内の正常な細胞に熱が加わると、その部位は血管を広げて血流を促し、熱を体外へ放出しようと働きます。 これによって、体温が必要以上に上がらないように調節しているのです。 ところが、癌細胞に集まる新生血管は、正常な細胞にある血管とは異なり、温めても血管を拡張させることができません。 そのため、血流を増やせず、細胞内に熱がこもって、周囲の正常な細胞と比べて、温度が高くなってしまうのです。 また、癌細胞の新生血管は、毛細血管が十分に張り巡らされておらず、血流が不十分です。 そのため、常に酸素不足の状態で、細胞は酸性に傾いています。 一般的に、細胞は環境が酸性になるほど温度感受性が高まるため、熱によるダメージを受けやすくなるのです。


●ハイパーサーミア

副作用もなくさまざまな癌に効く

実は、癌細胞が熱に弱いということは、昔からよく知られていました。 例えば、古代ギリシャの時代、医学の父ヒポクラテスによって「熱によって癌が消滅した」という記録が残されていますし、 19世紀のドイツでも、丹毒による高熱で頭頸部の癌が消滅したという報告があります。

しかし、こうした特性を実際に治療の現場で役立てようと研究が始まったのは、ほんの最近のことです。 研究が始まった当時、治療の方向性は大きく分けて二つ考えられました。 一つは癌の腫瘍だけを狙い撃ちして加温する方法。そして、もう一つは癌の腫瘍とその周辺をまんべんなく加温する方法です。 日本では、後者の方式で研究が進められ、京都大学医学部の菅原努教授の指導のもと、 山本ビニター社で「サーモトロン」という加温装置の技術が開発されました。 そして、この装置を使って行う温熱療法を、一般的に「ハイパーサーミア」と呼んでいます。 ハイパーサーミアは、二枚の電極で体をはさみ、そこからラジオ波という電磁波を発生させ、体を温めるという治療法です。 電磁波が、体を構成する分子を毎秒800万回振動させることで、分子同士の摩擦熱が生じ、それによって患部が加熱され、 癌を死滅へと追い込むのです。具体的には、癌細胞は42.5℃を超えると、急激に死滅するといわれています。 ちなみに、癌細胞と正常な細胞を同じように加熱した場合、癌細胞は正常な細胞に比べて、1、2℃高くなります。 それを利用すれば、正常な細胞を破壊することなく、癌細胞だけを狙い撃ちできるのです。

癌細胞というと副作用が気になるところですが、このハイパーサーミアは副作用とは無縁といっても過言ではないでしょう。 それこそが、ハイパーサーミアの持つ最大の利点ではないでしょうか。 また、ハイパーサーミアは、初期の癌から末期癌まで、進行度に関わらず、優れた治療効果を発揮します。 そして、乳癌、子宮頸癌、直腸癌、膀胱癌、頸部リンパ節転移癌、肺癌、食道癌、肝臓癌、膵臓癌、前立腺癌など、 脳と目と血液を除くあらゆる癌に対応できることも確認されており、今後、より幅広い活用が期待されているのです。


●ハイパーサーミアと化学療法・放射線療法との併用

化学療法と放射線療法の効果を高める

癌の温熱療法「ハイパーサーミア」には、治療に伴う副作用がなく、また治療が難しいとされてきた末期癌に 対応できるなど、従来の癌治療では克服できなかった驚くべき成果が報告されています。 しかし残念ながら、現在の技術では、まだハイパーサーミア単独で癌を治すことはできません。 むしろ、従来の化学療法(抗癌剤)や放射線療法と併用して行うことで、より大きな効力を発揮するところに 注目が集まっています。

◆ハイパーサーミアと化学療法の併用

化学療法の場合、使用された抗癌剤に対して癌細胞が耐性を持ち、しだいに効きにくくなってしまうことがあります。 そんなときに、このハイパーサーミアを行うと、抗癌剤が再び効き始めることがあるのです。 しかも、その効き目は以前よりも増強され、癌を死滅させる力が一段と強くなります。 また、ハイパーサーミアと化学療法を併用した場合、抗癌剤の1回の使用量を従来の1/5~1/7程度に減らしても、 十分な抗癌効果が得られることもわかっています。 化学療法は、正常な細胞にも影響を及ぼすため、下痢や吐き気、貧血、白血球減少、血小板減少、脱毛といった 激しい副作用を伴います。中には、そんな苦しみに耐えかね、治療を続けられなくなる患者さんもいるほどです。 こうした患者さんがハイパーサーミアを受ければ、抗癌剤の量を大幅に減らせるので、副作用もかなり軽減できるでしょう。 したがって、患者さんのQOL(生活の質)を高いレベルで維持できるという点でも、大変有効な方法だといえます。

◆ハイパーサーミアと放射線療法の併用

一方、ハイパーサーミアと放射線療法の併用もまた、大きな治療効果を上げています。 例えば、放射線単独で効き目が少ないケースで、ハイパーサーミアを併用したところ、顕著な抗癌効果を示した という報告もあります。もちろん、化学療法と同様に、治療の際の副作用も大幅に軽減されています。


●HSP(ヒートショックプロテイン)

免疫力強化にも大いに役立つ

前述のように、従来の治療法とハイパーサーミアを併用することは、副作用の軽減という点から考えて、 大変有効であることがわかります。しかし、ハイパーサーミアとの併用が、優れた治療成績を上げているのには、 他にも理由があります。 それは、ハイパーサーミアによって体内に大量に作られる「HSP」(ヒートショックプロテイン)です。 HSPとは、細胞が温熱ストレスを受けた際、細胞内で生じる特殊なたんぱく質のこと。 損傷を受けたたんぱく質を修復し、もとの状態に戻す働きを持っています。 これが、次に受けるさまざまなストレスから細胞を守ってくれるのです。 また、HSPには、癌退治の主役を担う「NK細胞」(ナチュラルキラー細胞)の働きを活性化させたり、 抗腫瘍作用を持つインターフェロンの体内での産生量を増やしたりする働きもあり、免疫力の強化にも大変有効です。 実際、癌患者さんがハイパーサーミアを受けると、元気がみなぎり、生き生きとした表情になってきます。 これは、まさにHSPの効果で、免疫力がアップして体力が回復してきている証拠といえるでしょう。

【関連項目】:『HSP(ヒートショックプロテイン)』


●実際の治療データ

肺癌患者の延命率が向上した

では、ハイパーサーミアを併用した治療がいかに効果的であるか、ある調査で行われた実際の治療データを例に上げ 説明しましょう。調査対象は、癌の中でも治療が難しいといわれる進行肺癌の患者さんたちで、 調査内容は、抗癌剤のみで治療した患者さんと、ハイパーサーミアを併用した患者さんとで、 その延命期間と延命率を比較したものです。

まず、抗癌剤のみで治療したケースでは、延命期間は、抗癌剤の種類によってもバラつきがあり、 36.4週~50.0週でした。これに対して、ハイパーサーミアを併用した場合は、69.8週と、 約20週近くも長く延命できました。そして、同じ条件で1年後の延命率を比較したところ、 抗癌剤単独では、26.3~47.5%だったのに対して、ハイパーサーミアを併用した場合は、63.7%と大きな差が生じたのです。 さらに、2年後の延命率は、抗癌剤単独では、11.1~21.0%、ハイパーサーミア使用では32.8%でした。

これらの結果から、ハイパーサーミアを併用することが、より長い延命期間とより高い延命率につながることが、 おわかりいただけたでしょう。なお、ハイパーサーミアの治療で使われている「サーモトロンRF8」 という加温装置は、1996年に健康保険の適用になりましたが、治療機器の導入はまだあまり進んでおらず、 どこの医療機関でも受けられるわけではありません。