アルツハイマー型認知症の薬物療法

現在、アルツハイマー型認知症を根本的に治す薬はありませんが、症状を改善させたり遅らせたりすることができる薬が4種類あります。 また、根本的にアルツハイマー型認知症を治す薬の開発も進んでいます。


■治療で使われる4つの薬

現在、アルツハイマー型認知症の薬物治療では、「ドネペジル(製品名:アリセプトなど)」 「リバスチグミン(製品名:イセクロン、リバスタッチなど)、ガランタミン(製品名:レミニール)」「メマンチン(製品名:メマリー) という4つの薬が主に使われています。 これらの薬は、アルツハイマー型認知症を根本的に治す効果はありませんが、早期から使い始めることで、 症状を改善させたり遅らせたりすることができることが明らかになっています。 軽度のアルツハイマー型認知症に対しては、ドネペジル、ガランタミン、リパスチグミンのいずれかが使われます。 この3種類は同様の作用を持ちます。例えば、ドネペジルが効かなければガランタミンかリパスチグミンを使うというように、 ある薬で効果が得られなければ、他の薬に替えて治療が続けられます。
中等度の場合は、「軽度の治療に使う3種類のいずれか」とメマンチンのどちらかだけを単独で使ったり、併用したりします。 高度の場合は、ドネペジルとメマンチンのどちらかだけを単独で使ったり、併用したりします。 できるだけ早期から、症状の変化に応じて、適切に薬を使っていくことが大切です。 これら4種類の薬は、症状を一時的に改善するための薬であり、アルツハイマー型認知症を根本的に治療する薬ではありません。 根本的に治療する薬に関しては、現在研究・開発が進められており、臨床試験の結果が待たれています。

◆副作用が現れたら必ず医師に相談を

これらの薬を使っていて副作用が現れることがあります。 その場合には、自己判断で使用をやめたりはせず、必ず医師に伝えるようにしましょう。 副作用が出たとしても、薬の量を減らしたり、薬の種類を替えたりすることで対処できることもあるからです。


●塩酸ドネペジル

アルツハイマー型認知症の治療の中心となっているのが、内服薬の「塩酸ドネペジル」による認知機能障害の治療です。 塩酸ドネペジルはその働きから「コリンエステラーゼ阻害薬」と呼ばれています。 脳が機能するためには、神経細胞の間で情報を伝達する必要があります。 神経細胞の突起の接合部である「シナプス」では、突起の先端から「神経伝達物質」である「アセチルコリン」が放出され、 それを次の神経細胞の受容体が受け取ることで、情報が伝わります。 このとき、アセチルコリンを分解する「コリンエステラーゼ」という酵素も放出され、アセチルコリンが分解されることで情報伝達が終了します。

アルツハイマー型認知症では、神経細胞が弱ったり死滅したりするため、アセチルコリンが減り、シナプスの情報伝達機能が低下します。 ドネペジルは、自らがコリンエステラーゼと結合することで、アセチルコリンが分解されるのを防ぎます。 ドネペジルの作用によって、神経細胞の間の情報伝達が改善すると、アルツハイマー型認知症の症状が一時的に改善したり、進行が遅くなったりします。 ただし、ドネペジルを使っていても「アミロイドβ」の蓄積や、リン酸化した「タウたんぱく」の凝集は進んでいきます。 脳の病的変化が進めば、症状も進行していきます。

ドネペジルの副作用はほとんどありませんが「吐き気」「下痢」などが現れることがあります。 服用を開始するときは、少量から飲み始め、その後量を増やしていきます。そうすることで副作用が出にくくなります。 剤形は、通常の錠剤の他に、口腔内崩壊錠、細粒、内服用ゼリーなどがあります。 アルツハイマー型認知症のある人の状態に合わせて、使いやすい剤形を選ぶことも可能です。

初期の段階では、本人が自分で薬を管理することができますが、進行すると、薬を飲み忘れたり過剰に服用することが起こりやすくなるため、 家族などの周囲の人が管理しましょう。ドネペジルは進行してからでも効果がありますが、できるだけ早期から服用するのが理想です。 そのためにも早期受診・早期診断が重要なのです。


●リバスチグミン

ドネペジルとほぼ同じ作用を持つ薬です。日本では「パッチ剤(貼り薬)」として開発が進められています。 パッチ剤は、服薬を拒否する人でも、背中などに貼ることで治療が可能になります。 また、内服薬だと飲み忘れてしまいがちな人の場合は、見えるところに貼っておくことで、薬を確かに使えているかどうかを確認することができます。


●ガランタミン

コリンエステラーゼの働きを阻害する働きに加え、脳の全体にある「ニコチン受容体」を刺激し、認知機能を高める働きがあります。


●神経細胞の過剰な興奮による死滅を防ぐメマンチン

メマンチンは、ドネペジルとは異なる作用を持つ薬です。この薬には、神経細胞が死滅して減少していくのを抑える作用があります。 神経伝達物質にはいろいろな種類がありますが、その1つに「グルタミン酸」という興奮性の神経伝達物質があります。 このグルタミン酸を受け取る受容体の1つが「NMDA型グルタミン酸受容体」で、グルタミン酸が増えて、 この受容体が過剰に刺激されると、神経細胞に毒性が及び、神経細胞の機能低下や死滅を招きます。 メマンチンは、NMDA型グルタミン酸受容体に対して”ふた”をするように結合し、この受容体がグルタミン酸によって過剰に刺激されるのを阻害します。 アルツハイマー型認知症のある人の神経細胞では、グルタミン酸が過剰に放出され、神経細胞が興奮状態になっていることが多いと考えられています。 そのため、この薬が効果を発揮するのです。 メマンチンには、重い副作用はありませんが、「頭痛」や「浮動感」などが起こることがあります。


薬の名前 使い方 働き 副作用
ドネペジル 飲み薬:1日1回 脳の神経細胞の働きを活発にする薬。物忘れを一時的に改善するほか、 意欲の向上ややる気の回復にも効果がある。 吐き気や嘔吐、食欲不振、下痢などの消化器症状、脈が遅くなるなど。 興奮しやすく、攻撃的になることがある。
ガランタミン 飲み薬;1日2回
リバスチグミン 貼り薬:1日1回
メマンチン 飲み薬:1日1回 脳の神経細胞を保護する薬。認知機能の低下を防ぐほか、気持ちを穏やかにする効果もある。 ふらつき、眠気、頭痛、血圧上昇、便秘、食欲不振など。

■現在研究と開発が進められているアルツハイマー型認知症の治療薬

●アミロイドβを標的にして根本的治療を目指す

根本的治療薬は開発中で、海外でも実用化されていないのが現状です。 根本的治療薬としては、アミロイドβやタウたんぱくに関わる薬が研究されています。 主に研究が進んでいるのは、アミロイドβを標的にした次のような薬です。

◆γ-セレクターゼ阻害薬

アルツハイマー型認知症のある人の脳では、アミロイドβが凝集・蓄積し、それが神経細胞に悪影響を及ぼすと考えられています。 そこで、アミロイドβの形成を阻害する薬の開発が進められています。 アミロイドβは、「APP」というたんぱくが2ヵ所で切断されることで作られます。 切断する役割を果たしているのは、「γ-セレクターゼ」「β-セレクターゼ」という2つの酵素でです。 「γ-セレクターゼ阻害薬」は、前者の酵素の働きを阻害して、アミロイドβの形成を阻害する薬です。

◆β-セレクターゼ阻害薬

APPを切断するβ-セレクターゼの働きを阻害することで、アミロイドβが作られないようにします。

◆免疫治療薬

私たちの体には、ウィルスや細菌など、体にとっての異物から体を守る「免疫」という働きがあります。 この働きを利用して、アミロイドβを攻撃、排除する「抗体」を作り、薬として使うための研究が進められています。 投与された抗体がアミロイドβに結合すると、それを目印として「貪食細胞」がアミロイドベータを取り除いたり、 アミロイドβが凝集・蓄積するのを阻害するように働きます。

◆キノリン誘導体

かつて整腸剤として使用されていた「キノホルム」という薬を改良した薬です。 アミロイドβが凝集し、神経細胞の外側に蓄積するのを抑える作用があるとされています。


■認知機能の維持・改善にはごく初期からの治療が必要?

最近、ある免疫治療薬の研究において、アルツハイマー型認知症のある人の脳へのアミロイドβの蓄積は阻害できたが、 認知機能の改善は見られなかったという結果が出ました。そのため、根本的治療薬を使って、 認知機能の低下を抑制したり改善したりする効果を得るためには、症状が現れる前のごく初期の段階からの治療が必要ではないか と考えられるようになってきています。現在このようなことを調べるために「J-ADNI」という研究が全国的に行われています。