癌の痛みのガイドライン

癌の痛みのほとんどは、治療によって十分に和らげられるものです。 痛みの治療は患者さんの訴えから始まります。我慢せず、医師や看護師、薬剤師などに伝えてください。


■癌の痛みとは?

痛みは、多くの癌患者さんや家族にとって、最も怖くて辛いものかもしれません。 痛みがあると、「よく眠れない、食べられない、動けない、体力が低下する」など、さまざまな問題が生じてきます。 しかし、”痛みの治療は、癌そのものの治療ではない”と考えて、我慢してしまう患者さんが少なくありません。 痛みは我慢する必要のないものです。むしろ不必要に我慢すると、体がつらいだけでなく、気分も落ち込み、日常生活に様々な支障が生じます。 体力が低下すれば、本来行うべき癌の治療が続けられなくなることもあります。 癌の痛みに対する治療は、症状を抑えるだけでなく、癌治療の効果にも関わってくるものなのです。 癌の痛みの治療については”医師に痛みを訴えると、癌の治療を中止されてしまう””痛み止めを使うのは最後の手段””痛み止めは命を縮める” ”痛み止めを使っていると中毒になる””痛み止めはだんだん効かなくなっていく”などと心配する人も良く見られますが、これらはすべて、誤解です。 ほとんどの痛みは、適切な治療によって和らげることができます。 ただ、痛みというのは主観的な症状で、患者さん自身にしかわかりません。 痛みの治療は、まず患者さんが医師や看護師、薬剤師などに自分の痛みを伝えることから始まります。 患者さん自身がそれを知っておくことが、非常に大切です。


■どう治療する

癌患者さんが感じる痛みのうち、最も多くを占めるのは、「癌自体による痛み」ですが、この癌自体による痛みにも、癌が内臓にある場合の「内臓痛」、 骨・筋肉・皮膚などにある場合の「体性痛」、痛みを伝える神経に障害を起こした場合に生じる「神経障害痛」など、さまざまな痛みがあります。 また、治療に関連して起こる痛みや、他の病気が原因の痛みなどが混じることがあるほか、癌のある場所などによって、特徴的な痛みが現れることもあります。 痛みの原因や性質によって対処法が異なるため、治療に当たっては、まずどのような痛みがあるのかを詳しく把握することが重要になります。 患者さんは「どこにいつから、どの程度の痛みがあるのか、どんな時に痛むのか、どんな痛みか」などを感じたままに伝えてください。 癌自体による痛みの治療では、薬物療法が中心になります。「WHO方式癌痛痛治療法」が世界的に標準的な治療法となっています(下図参照)。 これに沿った治療を行うことで、80%以上の患者さんが痛みから解放されています。 痛み止めの薬としては、「解熱鎮痛薬(非ステロイド抗炎症薬、アセトアミノフェン)」と「オピオイド鎮痛薬」を痛みの強さによって使い分け、 必要に応じて、「鎮痛補助薬」として、抗うつ薬、抗痙攣薬、神経障害性疼痛治療薬、抗不整脈薬、筋弛緩薬、ステロイド薬、抗不安薬、骨粗鬆症治療薬などを併用します。 痛みの治療には、「①痛みなく眠れる、②安静にしていれば痛くない、③動いても痛くない」の3段階の目標があります。 ③まで達成するのは薬だけでは難しい場合もあり、例えば、骨転移で痛みが出たら、装具の使用や痛みを誘発する動作の回避、放射線療法などと併せて行うこともあります。

WHO方式癌痛痛治療法


■ガイドラインのポイントは?

癌の痛みの治療に関しては、日本緩和医療学会から医療者向けに「癌疼痛の薬物療法に関するガイドライン」が刊行されており、 2014年に改訂されています。それに基づいて「患者さんと家族のための癌の痛みのための治療ガイド」が発表され、 2017年には、近年登場した治療薬などを加えた増補版が出ています。

癌の痛みの治療の流れ


①強い痛みにはオピオイド鎮痛薬を使う

癌の痛みに使う薬は、癌自体の進行や病状とは関係なく、痛みの強さから3段階に分類されています。 治療ではWHOの「3段階除痛ラダー」を参考に、患者さんの痛みの強さに応じて薬を選んでいきます。 弱い痛みには、第1段階として、痛み止めとして広く使われている解熱鎮痛薬から選択されますが、それで抑えられない痛みには第2段階のオピオイド鎮痛薬を、 さらに強い痛みには第3段階としてモルヒネなどのより強力なオピオイド鎮痛薬を用います。 オピオイドは「麻薬系」とも呼ばれるためか誤解も多く、不要な心配から痛みを伝えない患者さんが少なくありません。 しかし、痛みが強ければ、その痛みが取れる薬を使うことが大切です。 オピオイドにはさまざまな種類、剤形があり、近年、その選択肢も増えています。 痛みを十分に和らげ、患者さんにとって望ましい方法で治療できることを目標に選択されます。 患者さん自身も、医師や看護師、薬剤師とよく相談して、自分に最も適した方法を探してください。


②急に強くなる痛みには頓服薬を上手に活用

癌の痛みの治療では、定期的に痛み止めを使っていても、痛みが出てきたり強くなったりすることがあります。 急に強くなる痛み(突出痛)には、「レスキュー薬」と呼ばれる、頓服薬を使います。 痛みの強さには波があるので、急に強くなる痛みを抑えるために上手に使うことで、オピオイドの使い過ぎも避けられます。 また、定期的に使う痛み止めの不足を補うために使えば、定期的に使う痛み止めの必要量を見積もることができます。 通常、頓服薬には速く効くタイプの薬を使います。決められた量を1回使っても痛みが治まらなければ、指示された間隔をあけて再度使います。 近年、口内の粘膜から吸収させる突出痛専用のオピオイドや、速放性のオピオイドなど、新しい頓服薬も増えています。 痛みに対して必要なオピオイド鎮痛薬の量は患者さんごとに異なるため、効果を見ながら調節する必要があります。 患者さんは、処方された頓服薬を使ったら、その日時を記録しておき、医師に伝えるとよいでしょう。 この情報は、定期的に使う薬の量の調節にも役立ちます。また、頓服薬を使っても痛みが治まらなかったり、 眠気が強くて日常生活の支障になるような場合も、必ず伝えてください。薬の変更や調整で改善を図ります。


③痛み止めの副作用には必要なら薬も使って対処

オピオイド鎮痛薬の副作用には、効き過ぎた場合の眠気のほか、便秘、吐き気・嘔吐などがあります。 なかでも便秘は、多くの患者さんには、もともと便秘になりやすい要因のある人が多いうえ、治療に使われる抗癌剤にも副作用で便秘の起こりやすいものが多く、 そこにオピオイド鎮痛薬が加わると、生活上の注意だけでは防げない便秘が多くなります。 そのため、オピオイド鎮痛薬を使う際には、通常、便秘予防のための薬剤が併せて処方されます。 必要な場合には薬も使って便秘を防ぐことが、痛みを十分に取り除くためにも大切です。 便秘の治療薬としては、従来、便を柔らかくする「酸化マグネシウム」と大腸を刺激して排便を促す「刺激性下剤」が主に使われてきましたが、 これらでは十分に対処できない場合も少なくありません。近年、新しい便秘治療薬が相次いで使えるようになり、 オピオイド誘発性便秘症を適応症とする治療薬も登場して、便秘治療は行いやすくなっています。 排便については、患者さんのセルフコントロールが基本なので、便秘の薬の使い方もあらかじめ指示を受け、 便の状態を見ながら、休薬や減量などの調節を自分ですることもあります。 また、吐き気には制吐薬(吐き気止め)も使われます。ただし、制吐薬は、吐き気があるときだけ頓服で使うのが基本で、 長期にわたって予防的に飲み続けることは推奨されていません。 また、制吐薬による「じっとしていられないような不快な感じ」などの副作用に注意が必要です。 そのほか、オピオイド鎮痛薬自体の減量や種類の変更により、副作用による症状が軽減できることもあります。 痛み止めの副作用についても、我慢しないで伝えることが大切です。


●治療はどう変わる

癌の痛みに対する薬物療法は近年、目覚ましく進歩していますが、残念ながら、日本ではまだ十分な緩和医療を受けていない患者さんが少なくありません。 「痛みがある」「痛み止めを使い始めても十分に痛みが取れない」というときは、痛みを感じている患者さん自身がそれを訴え、対応を求めることが、 治療を変える大きな力となります。自分に合った治療を受けるためには、痛みの状況をメモに書いて担当医に渡すのもよいでしょう。 担当医に相談すれば、痛みの治療を専門とする診療科やチームを紹介される場合もあり、受診している病院になければ、 全国のがん診療連携拠点病院などに設置されている「がん相談支援センター」で相談することもできます。 がん相談支援センターは、その病院を受診していなくても、無料で利用できます。