突発性難聴対策に『高気圧酸素療法』

突発性難聴の治療は、ステロイド薬や末梢神経血管拡張薬、ビタミン剤などを組み合わせて 集中的に投与する薬物療法が基本になりますが、これらの治療が必ずしも有効だとは限りません。 薬物療法だけでは難聴がひどい場合には症状が改善しないケースもしばしばみられるのです。 そうした状況の中で、薬物療法と併用して行い、できる限り早期に治療を開始することで効果を上げているのが、 『高気圧酸素療法』です。高気圧酸素療法とは、地上の気圧(1気圧)より高い気圧環境の中で、 高濃度の酸素を吸い込む治療法です。高気圧酸素療法を行えば、血流が滞った内耳に大量の酸素が供給されて、 血流不足で酸素不足に陥った有毛細胞の働きが回復するのです。 高気圧酸素療法による突発性難聴の改善率は、聴力の低下の程度やめまい、耳鳴りの状態によって異なりますが、 中等度以上のひどい突発性難聴の人でも発症から1週間以内であれば80%の人に改善が見られ、 そのうち50%近い人が完治(左右の耳の聴力の差がなくなること)しています。


■薬物療法だけでは改善しない場合もある

以下は健康雑誌に掲載された某病院長の寄稿を転載したものです。

通常、難聴といえば、年を取るごとに耳が聞こえにくくなる老人性難聴を思い浮かべる人が多いことでしょう。 年齢を重ねるにつれて体力が低下してくるのと同じように、加齢によってゆっくり生じる聴力低下は誰にでも起こる現象で、 急激に悪化することはありません。しかし、中高年に多い非常に厄介な難聴があります。 それが「突発性難聴」という病気です。突発性難聴は、何の前触れもなく、突然、片方の耳の聴力が失われる病気で、 しばしばめまいや耳鳴り、吐き気などを伴う場合もあります。年代別にみると、突発性難聴は50~60代で起こりやすく、 男女差はさほどありません。突発性難聴の起こる原因は、まだはっきりとわかっていませんが、 その原因として最も有力視されているのが、耳の奥(内耳)の血流不足です。 内耳には、音を電気信号に変えて脳へと送る働きを担う「蝸牛」という器官があります。 もし内耳の血流が悪くなると供給される酸素が不足し、その蝸牛の有毛細胞(音波の力を電気信号へと変える感覚細胞)が障害されて、 突発的に難聴が起こってしまうと考えられています。

突発性難聴は、発症後になるべく早く治療を開始しないとその障害を長く放置した分治りにくくなるため、早急な治療が肝心です。 突発性難聴かもしれないと思ったら、遅くとも一週間以内には病院を受診して治療を開始してください。 なぜなら、発症から一週間を過ぎてしまうと、完治する可能性が大幅に減ってしまうからです。 突発性難聴の治療は、ステロイド薬(副腎皮質ホルモン薬)や末梢神経血管拡張薬、ビタミン剤などを組み合わせて 集中的に投与する薬物療法が基本になりますが、これらの治療が必ずしも有効だとは限りません。 薬物療法だけでは難聴がひどい場合には症状が改善しないケースもしばしばみられるのです。


◆通常より8~10倍も多い酸素を取り込める

そうした状況の中で、薬物療法と併用して行い、できる限り早期に治療を開始することで効果を上げているのが、 『高気圧酸素療法』です。高気圧酸素療法とは、地上の気圧(1気圧)より高い気圧環境の中で、 高濃度の酸素を吸い込む治療法です。高気圧酸素療法は、もともと、急性一酸化中毒や潜水病、急性心筋梗塞などの病気の治療に使われていますが、 突発性難聴の治療にも効果があり活用されています。 高気圧酸素療法を行えば、血流が滞った内耳に大量の酸素が供給されて、血流不足で酸素不足に陥った有毛細胞のというのも、 働きが回復するからです。 元来、私たちが吸い込む空気には、約20%の酸素が含まれています。その酸素は肺に取り込まれた後ほとんどが血液中の 赤血球色素(ヘモグロビン)と結合して全身に送られます。 しかし、1気圧よりも高い気圧にいるときは、酸素はヘモグロビンと結合するだけでなく、さらに多くの酸素が直接、 血液中に溶け込む性質があります。 さらに、吸い込む空気に高濃度の酸素が含まれていると、血液中に直接入り込む酸素量がより増えます。 その結果、大量の酸素を全身に送ることが可能になるというわけです。そうなれば、内耳にも大量の酸素が供給されて、 蝸牛の有毛細胞の障害も、より早く酸素不足状態から抜け出すことができるのです。

まず、患者さんに静電気を発生しにくい綿の服に着替えてもらいます。次に、円筒型の透明なタンクの中にあおむけに寝て、 酸素マスクを着用してもらいます。そして、タンク内の圧力を1気圧から2、3気圧へと徐々に上げていき、 3気圧の状態で90分ほど濃度100%の酸素を吸入してもらいます。こうすることで、普通に20%の酸素を含む空気を吸うよりも 8~10倍も多い酸素が血液中に取り込まれます。その後、20分くらいかけて元の1気圧までゆっくりとし減圧したら完了です。 治療にかかる所要時間は、およそ2時間程度です。

◆1週間以内なら完治率は約5割

高気圧酸素療法による突発性難聴の改善率は、聴力の低下の程度やめまい、耳鳴りの状態によって異なりますが、 中等度以上のひどい突発性難聴の人でも発症から1週間以内であれば80%の人に改善が見られ、 そのうち50%近い人が完治(左右の耳の聴力の差がなくなること)しています。 ちなみに改善とは、聴力が15デシベル以上改善し、めまいや耳鳴りが和らいだ状態です。 発症から1ヶ月以上経過した例については、改善率が悪くなり30%未満にとどまります。 残念ながら完治率に至っては0%です。とはいえ、急性期(2週間以内)を過ぎた突発性難聴の場合でも、 高気圧酸素療法の併用で改善する可能性は残っているので、試してみる価値は十分にあるでしょう。

高気圧酸素療法は、突発性難聴を始め、脳梗塞など20以上の特定の疾患に対して健康保険が適用されます。 ただし、高額医療なので、自己負担(3割)は1回当たり約2万円弱となります。 なお、高気圧酸素療法は、全国500ヶ所以上もの医療機関で実施されています。 特に大学病院や国公立の病院では、その設備を備えている場合が多いので、まずはお近くの病院に問い合わせてみてください。