『動脈硬化』
●生活習慣病は疾患群名
本来、病気は特定の病因によって、固有の病変が生じて症状が現れ、一定の経過を辿ります。
例えば心筋梗塞ならば、動脈硬化が進んで心臓を養っている冠状動脈が閉塞して心臓の筋肉が侵され、固有の病理変化によって胸痛や心電図異常が起こります。
しかし、生活習慣病は、このような特定の個々の病患を指すのではなく、生活習慣が発症、進行に関与する一群の疾患を総称する行政用語です。
「生活習慣病」という名称は1996年10月に厚生大臣の諮問機関である公衆衛生審議会成人病難病対策部会が定めました。
この病患群には高血圧、肥満、糖尿病、脂質異常症、循環器病(動脈硬化症、心筋梗塞、脳卒中などを含む)、大腸癌、肺癌(扁平上皮癌)、
アルコール性肝炎、歯周病が含まれます。
●発症の主因は生活習慣
これらの疾患の発症には食生活・運動・喫煙・飲酒・休養などの生活習慣要因が深く関わっています。
これらの生活習慣は個人の努力で改善できる点が特に重要です。
そこで生活習慣を改めて、発病の前に一次予防をするために、理解しやすい「生活習慣病」という用語が採用されたのです。
英国でもライフスタイル関連病(life-style related disease)といい、フランスでも生活習慣病(maladie de comportement)と呼んでその予防に努めています。
また、これらの疾患群はドイツでは文明病(Zivilisationkrankheit)、スウェーデンで裕福病(valfardssjukdomar)と呼ばれて、
飽食の時代といわれる現代生活の反映であることを示しています。
生活習慣で一群の疾患が起こるとすれば、「不健康な習慣」と「健康な習慣」があることになります。
それでは、どのような習慣が生活に良いのでしょうか。
ブレスロー(L,Breslow 1972年)は、次の7項目の健康習慣の中で実行している項目数が多い人ほど、疾患の罹患率が少なく、寿命が長いことを見出しました。
①適正な睡眠時間
②喫煙をしない
③適正体重の維持
④過度の飲酒を避ける
⑤朝食を毎日食べる
⑥間食をしない
ただし、発症には、生活習慣のほかに病原体などの外部要因、遺伝子異常や加齢などの遺伝要因なども関与します。
外部要因(感染、外傷)や遺伝要因は個人の責任に期することができないので、
病気を個人の責任のみに帰する差別や偏見を持つことがないように配慮する必要があります。
●成人病や老化との関係
それでは、「生活習慣病」は従来の行政用語「成人病」と同じではないかと思われるでしょう。
たしかに従来の成人病もこれらの疾患群と重複するものが多い。
しかし、いまや学童にまでこれらの疾患が見いだされ、「子供の成人病」などという矛盾が生まれるようになりました。
「成人病」は、高血圧や肥満に陥ったらなるべく早く発見し、治療しよう、という考えを促す用語でした。
成人病は英語では老人病を意味するゼリアトリック・ディジーズです。
しかしこれでは、老化に伴って生じる不可避の疾患群という印象を与えてしまい、予防への努力がそがれます。
学童期に生活習慣の偏りがあり、すでに30~40歳で糖尿病や動脈硬化の兆しは実測されている。
また目標とした早期発見、早期治療は経済的に大きな負担がかかるだけでなく、一定の段階を過ぎれば治療が困難となります。
やはりそのような病態になる以前に予防しなければなりません。
そこで、予防への個人の生活習慣改善を自覚させるために「成人病」という用語を「生活習慣病」に改めたのです。
●生活習慣病の経過
生活習慣病は疾患群とはいえ、類似した病気である以上、類似の経過を辿ります。
その特徴は生活習慣で誘発されたあと数十年におよぶ軽症で無自覚の病態期があり、やがてさらに進行した疾患確立期となります。
この時点ではすでに、完全な回復は不可能です。風邪のような感染症、指の切り傷のような外傷など日常体験する疾患が、やがて回復するのとは大きな相違です。
感染症など一般の病患では、急性の重い病状から始まり、慢性の軽い症状に移行しますが、生活習慣病では長い慢性期が先行します。
これとは対照的に、生活習慣病では、激しい苦痛を伴う発作が起こり、重要な組織が破壊されます(急性期)。
この時点以後は重大な後遺症のために生活の質は大幅に低下し、長期にわたるリハビリテーションなどを受けることになります。
脳血管の障害による認知症も、やはり多くの生活習慣病の結果によることが多いのです。
やがて、寝たきり状態や認知症で手厚い介護を受けるようになって、終末期を迎えるのです。
●生活習慣病は沈黙の病気
普通の病気は苦痛を伴うので、これを訴えて病院を訪れ、治療を受けることになります。
しかし、生活習慣病は初期から疾患確立期に至る数十年にわたって何の自覚症状もない場合が大部分です。
高血圧も初期癌も動脈硬化も、何も感じないのが普通です。
そこが沈黙の病気(silent disease)と呼ばれる所以でもあります。
糖尿病などでは疲労感を感じることはあります。しかし、糖尿病の潜在患者のなかで治療を受けている人は1/3程度です。
したがって、予防も治療も受けずに、潜在患者として次第に悪化するまで放置されることが多いのです。
これが生活習慣病の予防や治療を困難にする原因なのです。
痛みを感じなくなるという稀な病気がありますが、その患者さんは絶えず外傷や火傷を受けます。
痛みがないことの方が人体には怖いのです。生活習慣病が確立した段階では、もはや健康体への回復は望めません。
●生活習慣病の激痛発作
潜在患者が自覚症状のないまま、高血圧、動脈硬化を放置すると、突然、強い頭痛などを伴う脳卒中が起こります。
これがいつ起こるかを予測することは難しいのですが、血管の病変で脆くなった箇所が、血圧の高くなるトイレや入浴時に破れます。
事実、年間の浴室内の突然死は日本では1万人を超え、交通事故よりも多いのです。
さらに半身不随などの後遺症を伴う患者さんの数は突然死に比べてはるかに多い。
また、高脂血症、高コレステロール血症、動脈硬化を放置すると、激しい胸痛を伴う心筋梗塞が起こります。
水分の不足する脱水症の場合には血液が濃くなって流れが遅れ、心筋や脳の梗塞を誘発します。
さらに、骨粗鬆症が進めば、転倒の際に骨折が起こります。骨折部位からは出血が起こり、全身の震えと局所の激痛を伴います。
癌の進行も末期には急激に進み、転移した癌細胞が神経を侵すようになると、耐え難い激痛が続きます。
突如、激痛が襲った時にはじめて、救命救急医療のために病院に送られて、病気の深刻さを自覚することが多いのです。
この激痛発作の間に出血、梗塞、骨折、壊死などで胸、心臓、四肢の重要な部分が破壊されます。
特に癌細胞が全身に転移すると、神経を侵し、耐え難い疼痛が持続します。
また、脳に転移して、急に意識が喪われることがあります。
癌腫によって急に苦しい消化器の閉塞が起こったり、血管が破れて大出血が起こって、はじめて癌に気付くこともあります。
この発作を境に患者さんの人生は大きな転機を迎えるのです。
しかし、このような経過がわかっていても、人間には不幸な現実から目をそらしたいという本能があり、
医師の脅しではなかなか生活行動を変えることはできないのが実情です。