麻酔

手術のときに欠かせないのが麻酔です。 しかし、麻酔の種類や特徴、リスクなどはあまり知られていません。 麻酔は手術と同様、患者の体に大きな影響を与える可能性があります。 手術を受けるときは、手術の内容だけでなく、麻酔についてもきちんと理解しておくことが大切です。
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■手術時の麻酔の役割

呼吸や血液の循環を安定させたまま、痛みをなくして苦痛を取り除く

『麻酔』は、手術に欠かすことのできないものですが、ほとんどの人は、麻酔についてよく知りませんし、 興味を持つこともほとんどありません。しかし、麻酔も手術と同じように患者の体に大きな影響を与える可能性があります。 手術を受ける際は、麻酔の種類や役割、特徴、リスクなどを正しく理解しておくことが必要です。

麻酔には、大きく分けて「全身麻酔」「局所麻酔」の2種類があります。 局所麻酔は、「区域麻酔」とも呼ばれます。麻酔の役割としては、まず手術による痛みの感覚をなくすことがあげられます。 全身麻酔では、意識もなくします。手術を行いやすいように、手術する部位が動かないようにもします。 さらに、呼吸や血液の循環など、全身の状態を安定させることも麻酔の大事な役割です。


●全身麻酔

脳に作用して意識をなくし、痛みを感じさせないようにする

「全身麻酔」は、中枢神経である脳に作用して意識をなくし、痛みを感じさせないようにします。 麻酔薬を点滴で投与する「静脈麻酔」と、呼吸によって吸入する「吸入麻酔」があります。 どちらも、麻酔薬は血液によって脳に運ばれます。静脈麻酔は麻酔薬の投与後すぐに効果が現れ、 10〜20秒ほどで意識がなくなります。吸入麻酔は、吸入する麻酔薬の濃度を変えることで血中濃度(麻酔の深さ) を容易に調節できます。そのため、麻酔の開始時は静脈麻酔を用い、その後の維持には吸入麻酔を用いるのが 一般的です。最近では、血中濃度を調節できる静脈麻酔薬が開発され、麻酔の維持でも静脈麻酔を行うケースが増えています。

全身麻酔は、呼吸や血液の循環など、体の機能にも影響を与えます。麻酔薬の呼吸中枢への作用や筋肉の弛緩によって 呼吸は抑制されるため、麻酔中は、管を口から気管まで挿入して空気の通り道を確保し、その管から人工呼吸を行います。 血液の循環は、通常、正常な範囲で維持されますが、多少は抑制されるため、手術中は麻酔科医が脈拍や血圧、 血中の酸素濃度などを常にチェックして全身管理に努めます。心臓の病気や高血圧など循環器系の病気があると、 血液の循環が強く抑制される危険があるため、より厳格に管理されます。


●局所麻酔(区域麻酔)

体の一部にのみ作用して、手術による痛みをなくす

脳の中枢神経は「脊髄神経」となって背骨の中を通り、最後尾は馬の尾のように細く別れた「馬尾神経」 となって、背骨の末端まで続きます。痛みを感じる「知覚神経」や体や手足を動かす「運動神経」は、 脊髄神経の途中から細く枝分かれして、体のさまざまな部位に分布しています。 手術を行う区域をつかさどる神経を麻酔するのが、「局所麻酔」です。 局所麻酔では痛みは感じなくなりますが、意識は保たれます。 局所麻酔には、主に、次の3種類があります。

◆脊髄くも膜下麻酔

脊髄神経は、「脳脊髄液」で満たされた硬い「硬膜」の中にあり、薄い「くも膜」に 覆われています。脊髄くも膜下麻酔では、背中から硬膜を通って、くも膜の中にまで針を刺して、 脳脊髄液の中に局所麻酔薬を注入し、局所麻酔薬が拡散した範囲の脊髄神経を麻酔します。 脊髄神経への損傷を極力避けるため、針は、脊髄神経が細かく分かれた馬尾神経が走る、腰から下の部位に刺します。 「帝王切開術」や「虫垂炎」など腹部の手術、下肢など下半身の手術で用いますが、上肢や胸部の手術では行われません。 脊髄神経の脳に近い部分に麻酔が及ぶと呼吸ができなくなるからです。麻酔薬の投与は1回のみのため、 比較的短時間の手術で用いられます。また、運動神経も麻酔するため、麻酔後数時間は下半身を動かせません。

◆硬膜外麻酔

硬膜の外側にある隙間(硬膜外腔)に、カテーテルと呼ばれる細い管を入れて留置し、ここから局所麻酔を注入します。 持続して投与することもできる方法です。脊髄神経が枝分かれした部分を麻酔することで、上肢、胸部、腹部、下肢 といった限られた部分のみを選択して、麻酔することができます。また、運動神経を麻酔しないように麻酔薬の濃度を 調節して、”痛みを感じないで動ける”状態を作り出すことも可能です。

◆伝達麻酔

脊髄神経から枝分かれした神経の中には、一度集まって束になってから体の隅々にまで分布するものがあります。 主に上肢や下肢に分布する神経の束に局所麻酔を投与して、左右どちらか一方の上肢や下肢といった限られた範囲を 麻酔するのが「伝達麻酔」です。脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔よりさらに限られた範囲の麻酔なので、 全身に与える影響もその分少なくなります。

●麻酔の選択

手術の内容や全身の状態、術後の管理などを考慮して選ぶ

全身麻酔は、あらゆる手術に適応されます。ただし、全身に影響するため、呼吸や血液の循環が安全に確保できることが 条件です。局所麻酔は、上肢、胸部、腹部、下肢といった範囲の手術に適しています。 ただし、麻酔薬を注入する針を刺すのが難しい場合、例えば出血しやすい状態の場合は、局所麻酔ではなく 全身麻酔が選択されることがあります。 全身麻酔と局所麻酔を組み合わせて行う場合もあります。全身麻酔と硬膜外麻酔の組み合わせはよく行われており、 硬膜外麻酔を組み合わせることで全身麻酔の投与量を減らすことができると共に、手術後も継続して硬膜外麻酔を 使用することで、手術後の痛みを抑えることもできます。 また、膝の手術のように、全身麻酔でも局所麻酔でも可能な手術もあります。 その場合には患者が麻酔の方法を選択することもできるので、それぞれの特徴を理解しておくことが重要です。 適切な管理の下で行われる麻酔の安全性は大変高いのですが、絶対に安全というわけではありません。 どの麻酔にもリスクがあり、長所や欠点もあります。手術を受ける際には、麻酔科医から、麻酔時に起こりうる問題点、 リスク、選択可能な麻酔の種類などについて説明を受け、十分納得した上で手術に臨んでください。

◆麻酔のリスク

日本麻酔科学会の調査では、麻酔が原因の死亡は手術約10万件に1件と高くはありません。 ただ、まれではありますが、麻酔は次のようなリスクを伴うことを知っておく必要があります。
全身麻酔に伴うリスクには、低酸素症に陥る「呼吸や気道の障害」、ショックや心停止などを起こす「血液の循環の障害」、 高熱や筋肉の硬直が起こる「悪性高熱症」などがあります。局所麻酔では、麻酔薬の量が多すぎて、 痙攣や意識消失、不整脈などを起こす「局所麻酔薬中毒」、針を刺すことで起こる「神経障害や感染」などがあります。 どの麻酔薬でも、気道閉塞や急激な血圧低下などが「アンフィラキシーショック」がまれに現れます。 麻酔科医は問診や手術前のデータなどから、事前に患者の状態やリスクなどを把握して麻酔に望みます。