脂質異常症
『脂質異常症』は、従来「高脂血症」と呼ばれていましたが、
この高脂血症の中にはHDLコレステロール血が低すぎる場合、すなわち「低脂血症」も含まれていました。
そこで日本動脈硬化学会では、2007年の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」の改訂に当たり、「脂質異常症」へと名称を変更しました。
また、基準値の項目も、一部変更されました。
脂質異常症とは、血液中の脂質に異常が生じた状態をいいます。
脂質異常症は「LDLコレステロール値が高すぎる」「HDLコレステロールが低すぎる」
「中性脂肪値が高すぎる」状態です。
脂質異常症があると「動脈硬化」が進み、
「心筋梗塞」などを起こしやすくなります。
脂質異常症と診断された場合は、脂質の値を適切に管理することが大切で、リスク別に「管理目標」が設定され、その値を目指して治療が行われます。
脂質異常症は、まったくといっていいほど自覚症状がなく、脂質異常症かどうかは血液検査で調べるほかありません。
もし検査によって異常が見つかっても、自覚症状がないために、治療をせずにそのまま放置する人もいます。
しかし、その間に動脈硬化が進行し、ある日突然、心臓病や
脳卒中などを発病するため、
「沈黙の病気(サイレントキラー)」とも呼ばれています。
遺伝性の場合は、皮膚や手足の関節、アキレス腱などに、黄色腫と呼ばれる瘤状の脂肪の塊ができることもあります。
■脂質異常症とは?
血液中のコレステロール値や中性脂肪値が異常になる状態
血清脂質には、コレステロール、トリグリセライド(中性脂肪)、リン脂質、遊離脂肪酸(FFA)などがあります。 また血清脂質はリポ蛋白として存在しているので、リポ蛋白の異常も脂質異常症に入ります。 血清脂質値が異常に高値の場合に「高脂血症」、異常に低下した場合は「低脂血症」といい、 高脂血症と低脂血症およびリポ蛋白の質的異常などを包含して「脂質異常症」といいます。 また、脂質代謝異常には、多くの種類が見出されており、そのなかで、コレステロールエステルが肝臓などに蓄積してくる病気がありますが、 それは「リピドーシス(脂質異常蓄積症)」として区別されます。 特殊な脂質の異常は、β-シトステロール血症など異常になった脂質の名前、あるいは病因となった遺伝子異常で命名されることもあります。
2007年4月に発表された「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2007年版」では、 従来の「高脂血症」の表現が『脂質異常症』と変更されました。 従来のガイドラインで用いられてきた「高脂血症」という記載では、 重要な脂質異常症である「低HDLコレステロール[HDL-C]血症」を含む表現として適切ではないこと、 および諸外国の記載と統一するために脂質異常症に記載を変更したと述べられています。 ただし、高LDLコレステロール[LDL-C]血症、高トリグリセライド[TG]血症を一括して「高脂血症」と呼ぶことを排除するものではないとしています。 つまり、高LDLコレステロール血症、高トリグリセライド血症などの「高脂血症」と低HDL-C血症とを合わせて「脂質異常症」と呼ぶことにしたのです。
脂質異常症は、血液中に含まれるコレステロールや中性脂肪などの脂質(あぶら)の量が多くなり過ぎたり、バランスが悪くなる病気です。 コレステロールや中性脂肪は体にとって必要な物質ですが、血液中のそれらの量に異常があると、 動脈硬化に大きく影響します。 脂質異常症になっても、通常、自覚症状はありませんが、放置すると動脈硬化を進行させて、 「狭心症」 「心筋梗塞」 「脳梗塞」 などの命に関わる病気を招く危険性が高くなります。 現在、日本の死亡原因の第1位は「癌」ですが、 冠動脈疾患と脳卒中を合せると全体の約30%を占め、癌に匹敵します。 そうした背景には、食生活の欧米化が進み、脂質異常症が増え、 日本における「総コレステロール値」の平均がアメリカと同程度にまで高くなったことがあります。 体内のコレステロールは食物からも摂取されますが、多くは肝臓で作られて、血流に乗って全身に運ばれます。 脂質はそのままでは血液に溶け込めないため、水になじみやすい粒子に含まれて、血液中を流れていきます。 様々な粒子のうち、主にコレステロールを運んでいるのが肝臓で作られたコレステロールを全身に届ける「LDL」と、 余分なコレステロールを肝臓へ戻す「HDL」です。 LDLに含まれているのがLDLコレステロールで、血液中に多くなり過ぎると、 血管壁に入り込んで動脈硬化を引き起こすため”悪玉コレステロール”と呼ばれています。 また、HDLに含まれているのがHDLコレステロールで、HDLは血管壁に溜まったコレステロールを回収して、動脈硬化の進行を抑えるように働くことから、 ”善玉コレステロール”と呼ばれています。 一方、中性脂肪は、細胞が活動するための燃料になりますが、血液中に増えすぎると、LDLに悪影響を与えて、動脈硬化が進みやすくなります。 また、血液中に極端に多くなると、「急性膵炎」を引き起こすこともあります。
血液中のコレステロールや中性脂肪の値は、健康診断などで受ける血液検査で知ることができます。 LDLコレステロールや中性脂肪の値は高すぎる場合に、HDLコレステロールのの値は低すぎる場合に、動脈硬化が進みやすく、注意が必要とされます。 下の表の診断基準の値に1つでも該当すると、脂質異常症と診断されます。 なかでも最も問題になるのがLDLコレステロールの値が高い「高LDLコレステロール血症」です。
■脂質異常症の発症機序
脂質異常症の診断基準に取り上げられているのは、高LDLコレステロール血症[高LDL-C血症]、 高トリグリセライド血症[高TG血症]、低HDLコレステロール血症[低HDL-C血症]の3つです。 この3つが、動脈硬化性疾患のリスクの高い主要な脂質異常症だからです。 脂質異常症発症機序を知ることは、その予防と治療にとって大切なことです。 なぜなら、発症機序によって対策が異なるからです。 続発性脂質異常症では、まず原疾患の治療を優先的に進めることが必要です。 甲状腺機能低下症では高脂血症が、甲状腺機能亢進症では低脂血症が認められます。 肝疾患、腎疾患などではさまざまなタイプの脂質異常症が合併してきます。 糖尿病では高トリグリセラド血症に低HDL-C血症を伴うことも少なくありません。 脂質代謝に関係する酵素、受容体、アポたんぱく、転送たんぱくなどの機能異常に、食事、運動、薬物、ホルモンなどが影響し、脂質異常症が発症してきます。
●高LDL-Cコレステロール血症の発症機序
高LDL-C血症の発症機序として、大きくLDLの産生増加と、LDLの血中からのクリアランスの低下に分けられます。 また、遺伝子異常などに伴って発症した原発性と、内臓機能障害の結果発症してきた続発性(二次性)に分けることができます。 LDL(低比重リポたんぱく)の構成アポたんぱくは、アポB100です。アポB100は肝臓で生成され、VLDL(超低比重リポたんぱく)として分泌されます。 血中でVLDLは、リポたんぱくリパーゼ(LPL)の作用でトリグリセライドが分解されて、次第にコレステロール含有量の割合が増加し、 VLDLレムナントあるいはIDL(中間比重リポたんぱく)に変化します。 この間、VLDLのトリグリセライドの一部と、HDL(高比重リポたんぱく)のコレステロールエステルは CETP(コレステロールエステル転送たんぱく)により交換反応をします。 VLDLレムナントあるいはLDLは、肝臓に存在する肝性リパーゼおよびLPLの作用によりLDLに変化します。 肝臓におけるアポB100の産生量が亢進しているとLDLが高値となります。 肝臓のコレステロール量の増加はアポB100の生成量を増加させます。
血中のLDLは、LDL受容体により細胞内に取り込まれ、血中から取り除かれます。 肝臓のLDL受容体から取り除かれる割合が大きいのですが、副腎、性腺、その他の臓器にあるLDL受容体からも取り込まれています。 LDLはコレステロールの供給をしていることになります。 LDLが酸化され、酸化変性LDLとなると、LDL受容体に結合できなくなり、スカベンジャー受容体などの酸化LDL受容体から取り込まれるようになります。
LDL受容体の活性が低下すると、血中にLDLが停滞し、高LDL-C血症が引き起こされます。 LDL受容体の遺伝子異常で先天的にLDL受容体が低下し、 高LDL-C血症が認められる病気が家族性コレステロール血症です。 LDL受容体活性は、細胞内のコレステロール濃度によって調節されています。 肝臓の細胞でコレステロール量が増加すると、LDL受容体活性を抑えて、血中からのLDL-Cの取り込みを抑制します。 一方、肝細胞内のコレステロール量が少なくなると、LDL受容体の活性を高めて、LDL-Cの取り込みを増加させます。 腸管における胆汁酸の再吸収を抑制すると、肝臓でコレステロールから胆汁酸への変換が促進され、 肝細胞内のコレステロール量が減少してLDL受容体活性を高めることがわかっています。 細胞内では、コレステロールが生合成されていますが、コレステロール生合成系の律速酵素であるHMGCoA還元酵素を阻害すると、 細胞内のコレステロール濃度が低下し、LDL受容体活性が亢進することが見出されています。 エストロゲンもLDL受容体活性を高める働きがあります。
また、小腸におけるコレステロール吸収機序が新しく解明されました。 小腸でNPC1L1(ニーマンピックC1様L1たんぱく)と呼ばれる装置がコレステロールの吸収に関与しています。 最近、このNPC1L1を抑制する薬物が発見されました。 この薬物を人に投与したところ、コレステロールの吸収が50%ほど抑制され、LDL-Cの血中濃度が低下することが観察されました。 コレステロールの吸収を抑えて、LDL-C濃度を低下させる食事因子として、 水溶性食物繊維、植物ステロールなどが挙げられます。 肝臓でのアポB100の合成が亢進し、高LDL-C血症を引き起こしていると考えられている病気が、家族性複合型高脂血症です。
●高トリグリセライド血症の発症機序
空腹時の高TG血症は主にVLDLが増加し、食後の高TG血症は主にカイロミクロン(CM)の増加によるものです。 VLDLとCMの両方が増加しているタイプもあります。 VLDLレムナントあるいはLDLが増加して、高TG血症に高コレステロール血症を伴ってくるタイプもあります。 このタイプには家族性Ⅲ型高脂血症と呼ばれる疾患があり、アポE欠損症やアポE2/2遺伝子型を基盤に発症してくることがあります。
VLDLの産生増加は肝臓での脂質合成が亢進したときに見られます。 肝臓へのFFAの取り込み増加、高炭水化物食で脂肪合成亢進が原因となります。 VLDLの異化障害によるVLDLの増加は、LPL活性の低下、アポCⅡの不足、アポCⅢの増加などで起こります。 インスリン作用の低下でLPL活性が低下します。したがって、インスリン抵抗性のときに高TG血症を伴うことが多く見られます。 メタボリックシンドロームの高TG血症は、 VLDLの産生増加と異化の低下の両者が関与していると考えられます。
CMの産生増加は、高脂肪食により、小腸でアポB48の生成が増加して起こります。 また、CMの異化障害は、LPL活性の低下、アポCⅡの不足などで見られます。 原発性高CM血症では、LPL遺伝子、あるいはアポCⅡ遺伝子異常が原因となる場合があります。 食後高TG血症も動脈硬化性疾患のリスクとなる病態であり、予防管理が必要です。 メタボリックシンドロームに伴って認められることもあります。
●低HDL-コレステロール血症の発症機序
HDLを構成するアポAIは小腸と肝臓で作られます。 初めに、アポAIにリン脂質を結合した未成熟HDL(mascent HDL)がつくられ、これが細胞表面に存在するABCA1からコレステロールを引き抜きます。 HDLに取り込まれたコレステロールはLCAT(レシチン-コレステロール アシルトランスフェラーゼ)によりエステル化され、成熟したHDLができます。 HDLのコレステロールエステルは、CETPによりLDLなどに転送されます。 HDLは肝臓や副腎にあるSR-B1(Scavenger recepter class B type 1)に結合してコレステロールエステルを供給します。 SR-B1はHDL受容体の一つと考えられています。VLDLやCMのリパーゼによる異化が障害されると、HDLの生成が低下します。
低HDL-C血症は、アポAIの合成低下、ABCA1活性の低下、LCAT活性の低下、CETP活性の亢進などでみられます。 これらの因子に関与する遺伝子変異も見出されています。 二次的要因では、 運動不足、 肥満、 メタボリックシンドローム、 高TG血症、高炭水化物食、トランス酸摂取、薬物ではプロブコールなどが挙げられます。
●リスクファクターについて
動脈硬化性疾患のリスクファクターとして、下記に示す因子が挙げられます。
リスクファクターの中でも高LDL-C血症、低HDL-C血症、高TG血症のほか、高Lp(a)血症、
高レムナントリポたんぱく血症、small dense LDLの増加は脂質異常症に入ると考えられます。
リスクファクターは、それぞれが1つあってもリスクになりますが、2つ、3つと複数重なるほどリスクが高くなります。
さらに肥満もリスクファクターになります。
下記では肥満がリスクファクターに入れられていませんが、肥満の中でも
内臓脂肪型肥満は、
メタボリックシンドロームのもとになる状態として予防的管理が必要であると考えられます。
内臓脂肪型肥満に脂質異常症、高血糖、高血圧などが合併してくると、動脈硬化性疾患が高リスクになることにも注意が必要だと考えられます。
- ▼主要なリスクファクター
- ・高LDLコレステロール血症
- ・低HDLコレステロール血症
- ・高トリグリセライド血症
- ・加齢(男性>=45歳、女性>=55歳)
- ・糖尿病(耐糖能異常を含む)
- ・高血圧
- ・喫煙
- ・冠動脈疾患の家族歴
- ▼その他の考慮すべきリスクファクター
- ・Lp(a)
- ・レムナントリポたんぱく
- ・酸化LDL
- ・ホモシステイン
- ・small dense LDL
- ・急性期反応たんぱく(C反応たんぱく、血清アミロイドたんぱくなど)
- ・催凝固因子(組織プラスミノーゲン活性化因子<t-PA>、プラスミノーゲン活性化因子インヒビター、フィブリノーゲンなど)
●冠動脈疾患予防のために脂質を管理する
冠動脈疾患の発症に血液中の脂質が異常に関わっていることは、すでに多くの研究で証明されており、 日本における冠動脈疾患は今後もさらに増加することが予想されています。 冠動脈疾患の発症を防ぐためには、血液中の脂質の状態を適切にコントロールすることが大切です。
■脂質異常症の治療
脂質異常症の治療は、動脈硬化による病気の予防を主な目的として行われます。 そのため、動脈硬化による病気の危険度に応じて、血液中の脂質の管理目標値が決められます。 脂質異常の多くは食事や運動などの生活習慣との関わりが深いので、 まずは、食事や運動などの生活習慣の改善を行って脂質異常症の管理目標値を目指すのが基本です。 それだけでは目標値に達しない場合に薬物療法を加えます。 スタチンなど主にLDLコレステロール値を下げる薬と、主に中性脂肪を下げる薬があります。 ただし、脂質異常症の中には遺伝的な体質によって起こるものがあります。 代表的なのが「家族性高コレステロール血症」で、 生まれつきLDLコレステロール値が高い状態が続き、若いうちから心筋梗塞などが起こりやすいため、強力な治療が必要です。 薬でLDLコレステロール値が十分に下がらない場合には、機械によって血液中のLDLを除去する「LDLアフェレシス」という治療が行われることもあります。
【関連項目】:『脂質異常症の治療』