ストレス
『ストレス』とはもともと物理学の用語で、物体に圧力をかけた時に生じる歪みのことです。 これが元となり、外から受けた刺激によって心身に歪み、つまり悪い影響を受けることをストレスと呼ぶようになりました。 ストレスを受けると、まずそれを脳の視床下部が感知します。 そのストレスに抵抗するために、脳は自律神経系と内分泌系に、血圧や心拍数を上昇させたり、 心身の働きを活発にするホルモンを分泌させたりするなどの指令を出します。 しかし、強いストレス受け続けると、能力の限界を超え、これらの機能が正常に働かなくなってしまうことがあります。 そうなると、心身にさまざまな悪影響が出てくるようになるのです。 ストレスは 「高血圧」を初めとするあらゆる病気の発症に関与しているといわれています。 人間が精神的なストレスにさらされると、 自律神経やホルモンが失調して「免疫力」が低下し、 免疫力が低下すると、高血圧をはじめとするさまざまな生活習慣病の種が勢力を拡大することになります。 なかでも、 「胃潰瘍」 「十二指腸潰瘍」などは精神的、 肉体的ストレスにより誘発されることが知られており、 「ストレス潰瘍」と呼ばれています。 ストレスにより自律神経が強い刺激を受け、胃液分泌亢進、蠕動運動亢進などにより消化器系潰瘍が誘発されるためです。
■ストレスと社会
ストレスを抱えている人の数は年々増加している
長時間労働や強いストレスが原因で鬱病などの精神疾患を発症し、 精神疾患による労災を申請する人の数は増え続けています。2016年度には1500人以上が労災の申請をし、過去最多で498人が認定を受けています。 2001年度が265人でしたから、15年ほどの間に約6倍にも増えていることになります。 ストレスの影響を受けているのは、仕事をしている人だけではありません。 これだけ忙しくて複雑な社会になると、学生、主婦、高齢者など、誰もがストレスを抱えています。 スマートフォンは便利ですが、ちょっとした時間にいつも画面をのぞき込んでいると、作られた世界の中でアップダウンを感じ続けることになってしまいます。 人がリフレッシュできるのは、自然と触れ合ったり、お風呂に入ったりするなど、画面上ではないリアルな現実と接した時だと考えられています。 それが失われると、ストレスによる悪影響がどんどん大きくなっていってしまう可能性があるのです。
■ストレスの原因
環境の変化や日々の積み重ねによってストレスが生じる
ストレスの原因は実にさまざまですが「人生の節目に経験する人生を左右するような大きな出来事」と
「小さくても日々重なる日常の出来事」の2つに大きく分けられます。
人生の節目に経験する出来事としては、家族の死や災害などの辛い出来事だけでなく、
進学・就職、転居・転勤、結婚、出産、別離・離婚、転職・昇進などがあります(下図参照)。
例えば、希望する学校や会社に入ることができても、生活が急変すると、新しい環境に適応していかなければなりません。
その負担が大きくて適応できなくなってしまったり、あるいは逆に、環境に適応しようと無理に頑張り過ぎる過剰適応になってしまったりすると、
どちらもストレスになってしまいます。
一方、日常の出来事では、一つ一つはストレスが小さくても、日々積み重なるものが、いつの間にか大きなストレスになってしまうことがあります(下図参照)。
大きな出来事に比べると、すぐには気付きにくいのですが、積み重なると心と体に様々な問題が生じてきます。
仕事での悩み、いら立ち、気持ちの落ち込みや嘆き、人間関係のトラブル、家庭内のトラブルなど、さまざまなことが原因になります。
一般的には、結婚や昇進は喜ばしい出来事として受け止められます。
しかし、それらに伴う新しい環境を、本人が”喜ばしい”と受け止めるかどうかは、その時の状況にも大きく影響されるのです。
もし、不安や重い責任を感じている場合は、おおらかな気持ちで、ゆっくりとストレスに対処するのが望ましい姿勢だといえるでしょう。
それにより、目の前の出来事や課題が解決しやすくなることもあります。
そのためには、まず「自分にストレスがどれぐらい溜まっているのか」を把握することが大切です。
それによって、「今は少し休んだ方がよい」「このまま活動し続けて大丈夫」などの判断を、適切に行うことが可能になります。
具体的な方法としては、「体調や行動に、いつもと違うところがないかどうか」をチェックします(下図参照)。
そして、「いつもと違う」と気付いたら、早目に対処しましょう。
自分だけで考えるのではなく、周りの人に話を聞いてもらったり、解決策などを具体的に相談するのもよいでしょう。
■ストレスの影響
溜まっていくと心身に不調を来す
ストレスが溜まると、イライラしてつい食べ過ぎたり、飲酒量が増えたりすることがあります。 便秘や下痢など、体の不調が現れてくることもあります。 心身の不調の現れ方は人それぞれですが、これらは、ストレスが溜まっていることを示す大切なサインがあります。 ストレスの蓄積が関係する病気の種類は多く、ストレスはまさに「万病の元」であるといえます。 ストレスが病気を引き起こすのには、次のような3つのルート(経路)があると考えられます。
- ▼生理的ルート
- ストレスがかかると自律神経のうちの交感神経が緊張した状態になり、血圧が上昇します。 また、ストレスホルモンが分泌され、その状態が続くと、血圧や血糖値などが上昇し、血管にも影響を及ぼします。 胃酸の分泌が増えて胃や十二指腸に潰瘍ができることもあります (⇒胃潰瘍、 十二指腸潰瘍)。 さらに長期化すると、体を守っている免疫の働きが低下し、 様々な病気になりやすくなってしまいます。
- ▼行動的ルート
- 飲酒量が増える、やけ食いする、といった行動が現れます。 過度の飲酒は肝臓に悪影響を及ぼし、 食べ過ぎると体重が増えるなどして、生活習慣の心配が出てきます。
- ▼情動的ルート
- ストレスが溜まると、気分が落ち込んだり、イライラしたり、不安になったりします。 脳の深いところには大脳辺縁系という感情や記憶を司る部分があります。 ストレスが溜まると、この部分が影響を受け、感情のコントロールがうまくいかなくなり、 抑うつ気分や 不安を引き起こしやすくなります。 これらのルートは、お互いに複雑に絡み合っているため、ストレスが溜まると、さまざまな病気にかかる可能性が高くなります。
■深刻な心身の病気に繋がることもある「ストレス」
ストレスは、これまでも漠然と”体に悪い”というイメージがありましたが、 実際に私たちの心身の健康をむしばむ可能性があることがわかってきました。 ストレスがかかると、副腎という臓器から「ストレスホルモン」と呼ばれるホルモンが分泌され、血流に乗ってさまざまな臓器に運ばれます。 ストレスホルモンが心臓に運ばれると、心拍数が増加します。 またストレスホルモンは、「自律神経」のうちの、「交感神経」の活動も活発にします。 自律神経には、活動的に過ごしているときに優位になる交感神経と、リラックスしているときに優位になる副交感神経があります。 そして、自律神経は全身に張り巡らされ、末梢の血管まで伸びています。 交感神経の活動が活発になると、末梢の血管が収縮し、血液が流れにくくなって血圧が上昇します。 このように、ストレスを受けることによって起こるさまざまな体の反応を「ストレス反応」といい、非常に複雑な働きをしています。 たとえストレスがかかっていても、その原因が1つだけなら、ストレス反応は比較的治まりやすいものです。 しかし、複数の原因が重なってしまうと、ストレスホルモンが大量に分泌されて、体の中で過剰に増えてしまいます。 その結果、心拍数が増加し、血圧が異常に高い状態になって、 脳卒中や 心筋梗塞などを引き起こすことがあります。 また、ストレスホルモンが増えると、肝臓に蓄えられている糖分が血液中に放出されるため、 糖尿病が起こりやすい状態になることもあります。 その他にも、 蕁麻疹(じんましん)、 アレルギー、胃炎、 胃潰瘍、十二指腸潰瘍、 頭痛、 腰痛など、さまざまな病気や症状とストレスは関わっており、 癌と関連があることもわかってきました。 ストレスは”万病の元”と呼ばれているのです。
■ストレスへの反応
生まれつきの体質や生育環境、行動や考え方が影響する
同じ様にストレスを受けていても、あまり変わらない人もいれば、すぐに心身の不調が現れる人もいます。 こうした反応の違いの要因として、1つには生まれつきの体質があると考えられています。 脳の中の不安や緊張に関係している物質のもともとの量の違いにより、鬱病 の発症率に差があるとする報告もあります。 生まれつきの体質以外に、生育環境も関係します。幼いころに虐待やネグレクト(育児放棄)、いじめなどの辛い体験があると、 鬱病を発症しやすい傾向があることがわかっています。反対に、適度な愛情を受けながら育った人は、ストレスに対して強い傾向があります。 生まれつきの体質や生育環境は大きな要因ではありますが、すべてではありません。 日頃の行動の仕方や考え方も大きく関係しています。日頃の行動パターンや思考パターンは、自分で変えることができます。
■適切に対処するためには
自分のストレスの程度を把握することが大切
どのくらいストレスが溜まっているかを自分でチェックする簡単な方法があります。 1日の終わりに、自分の余力がどの程度残っているかを、0~100%で表し、それを手帳やカレンダーなどに記入していくのです。 例えば、「化粧を落とす気力すらない→0%」「録画したドラマを見る余力がある→60%」といった具合です。 あまり深く考えず、直感で記入するようにしましょう。また、その日の出来事や感想などを書き添えておくと、後で振り返る際に役立ちます。 数字で記入することにより、ストレスが溜まっている度合いを「可視化」することができます。 自分のストレスの程度を把握することで、休息をとるか何かするかを決めるなど、適切に対処することも可能になります。 頑張り過ぎてストレスで心身に支障を来すことのないように、自分でストレスを調整していくことができるようになるのです。
■ストレスと免疫疾患の関係
「なるべくストレスのない生活を送りましょう」などとよくいわれますが、そもそもストレスとは何でしょう?
- ▼ストレス反応
- 医学上は、ストレスは「さまざまな外的刺激によって生じる生体内の歪みの状態」とされています。 身体は外的刺激にさらされると、一旦体温や血圧、血糖値が低下するなどのショック状態を起こします。 これに対して生体防御システムが働くと、多量の副腎皮質ホルモンが分泌されます。 副腎皮質ホルモンは、T細胞やマクロファージといった免疫に関係する細胞の働きを抑える性質を持っています。 つまり、外的刺激に対して身体がストレス反応を起こすと、免疫機能の低下を招くという仕組みになっているわけです。
- ▼免疫疾患との関係
- 免疫疾患がなぜ起こるかは、今だ研究途上にあり、さまざまな要因が指摘されますが、ストレスが関与していることは確かだといえそうです。