腰痛とストレス

近年、長引く腰痛ストレスが深く関わっている可能性が明らかになってきました。 腰や骨に特に異変がないのに腰痛に悩まされているのなら、それはもしかすると、ストレスが原因かもしれません。


■ストレスが腰痛の原因?

腰痛で医療機関を受診する人は多くいます。しかし、 椎間板ヘルニア脊柱管狭窄症などの腰椎の病気や骨折による脊椎の病気など、 原因が特定できるものは決して多くはなく、腰痛のある人の約85%は、検査をしても痛みの原因を特定することができません。 このような腰痛は非特異的腰痛と呼ばれています。 原因が特定できないため、さまざまな治療を行っても思うような効果が得られず、いくつもの医療機関を渡り歩くことになる患者さんも少なくありません。 また、画像検査で腰椎、椎間板、神経などに異変が見られる場合は手術が行われることもありますが、手術でそれらの異変を取り除いても、 必ずしも腰痛が改善されるわけでもないのです。 専門医の間では、以前から「腰痛と画像診断との間に”関連性がない”場合がある」ことは知られていましたが、実際に何が痛みの原因であるのかについては、 よくわかっていませんでした。ところが1995年にスイスの研究者によって、 腰痛にストレスや不安などの心理・社会的要因が大きく影響していることが明らかにされ、 これを機に腰痛に対する考え方が大きく見直されたのです。 現在、腰痛の診断の際には、画像診断などだけでなく、ストレスの有無など、 目には見えない心理的な面からのアプローチも重要であると認識されるようになっています。


●ストレスで腰痛が起こる仕組み

私たちの脳には、もともと痛みを抑える仕組みが備わっています。 これは私たちが生きていくうえで必要な、脳の本能的な機能で、心身ともに健康であれば、基本的には、耐えられないほどのつらい痛みが長く続くことはありません。 ところが、現代社会の生活では、知らず知らずのうちにさまざまなストレスにさらされ、 心理的な面で”不健康な状態に陥っていることがある、と考えられます。 すると、脳内で痛みの抑制に関わるドーパミンという神経伝達物質の放出が少なくなり、その結果、痛みを感じやすくなってしまいます。 つまり、非特異的腰痛の原因は、腰ではなく、実は脳にあるのです。 ただ、痛みの抑制に関わる仕組みがうまく働かなくなることで、どうして腰の部分に痛みが出るのかについては、まだよくわかっていません。


●ストレスの存在に気付くことが腰痛改善の第一歩

腰痛がある場合に、まず最初に確認しなくてはならないのは、癌や感染症、骨折などの重篤な病気が隠れていないかということです。 また診察や画像検査などを通して、神経を傷害するような腰椎の異変などがないかも詳しく確認します。 検査を通してこうした病気がないことが確かめられたら、「腰痛を深刻に考え過ぎないこと」も大切になります。 続いて、痛みの原因を探っていきます。ここで重要なのは、ストレスや不安などの心理・社会的要因の有無を見極めることです。 私たちは、日々の生活の中でストレスや不安にさらされていても、その存在を自覚していないことが少なくないからです。 そして、それに気づくことが腰痛治療の第一歩になります。 医療機関では、腰痛に心理的な要因が関わっているかどうかを、BS-POPという質問票などを用いて調べます。 心理的な要因がある可能性が明らかになったら、次は何がストレスの原因になっているのかを探ります。 ストレスの原因を特定するには、精神科医が行うような専門的アプローチが有効ですが、一般に腰痛を診察する整形外科の場合は、 担当医が問診やカウンセリングを重ねることで、患者さんと共に原因と考えられる要素を見つけていきます。 仕事や家庭生活の状況を詳しく聞き、何か心当たりになることはないか、それがいつから始まったのか、といったことを丁寧に調べていきます。 「腰痛はストレスが原因でも起こる」ということをよく理解したうえで、改めて自分の生活を見直してみることが大切です。


●ストレスや不安を軽減する方法

ストレスや不安の背景には、その人特有のこだわりや思い込み、否定的な考え方にとらわれてしまうことなどがある場合も少なくありません。 こうした考え方の特徴や”癖”自体がよくない、ということではありません。 「それが腰痛の原因になっているということを、まずは患者さん自身がしっかりと受け止めることが大切なのです。 固まった思考パターンを変えていく方法としては、精神科などで行われている認知行動療法が参考になります。 例えば、「腰痛がつらくて、何もできない」と否定的に考えている人には、まずは「1日10分だけ散歩をする」ことを目標にして、実行してもらいます。 これが達成できたら、次は15分、20分・・・・・と、目標のレベルを少しずつ上げていきます。 こうして小さな達成感や満足感を積み重ねていくと、やがて「腰痛があっても、ちゃんとできることはあるんだ」と、肯定的に捉えられるようになっていきます。 決して無理はせずに、立てた目標を達成できなかった時は、できなかった事実をありのままに認めるようにすることも大切です。 心理的な要因には、「完璧を求めすぎる」傾向が影響していることも多いので、そうした思考パターン自体をほぐしていきましょう。 目標に向かって少しずつ行動を続けるうちに、「次は旅行に行こう」「ゴルフができるようになりたい」など、 いろいろなことに意欲が出てきたら、心理的なストレスはかなり軽くなっているはずです。 そして気付いたら腰痛が改善している、というのがこの治療の目指すところです。


●周囲の理解やサポートも大切

家族など周囲の人は、患者さんが前述のような目標達成のための努力をしていることを認め、達成できたら、褒めて励ますようにしてください。 それがまた患者さんの肯定的な思考に繋がっていきます。 また、家庭や仕事での人間関係が何らかのストレスの原因になっているケースも少なくありません。 身近で腰痛に悩んでいる人がいたら、それが当人だけの問題ではない可能性があることを理解して、問題の解決にぜひ協力してほしいと思います。 ストレスや不安の解消には、周囲の理解やサポートが得られるかどうかが非常に大切なポイントになります。 なお、これらの対策を通じて「腰痛が改善した」と効果を実感できるには、数か月単位の時間がかかることも少なくありません。 今感じている腰痛がどうしてもつらかったり、それによって不安、不眠などの問題を抱えている場合は、医師に相談して、 薬物療法も並行して行いましょう。痛みは我慢せず、適切な治療で抑えることが大切です。


●腰痛を改善する日常生活の工夫

楽しい、気持ちがいいと感じることをしているときには、脳内で痛みの抑制に関係するドパミンの放出が活発になります。 そこで普段の生活に、ドパミンを増やすような工夫を積極的に取り入れましょう。 「美味しいものを食べる」「好きな音楽を聴く」といった心地よい経験をすることには、痛みを抑制する効果があることが認められています。 また、楽しく取り組める運動を習慣にすることも痛みの軽減に効果的です。体を動かすことが気分に良い効果をもたらします。 それによってストレスや不安が軽減する、体力がついて自信や意欲が出るなど、複合的に心身の健康に良い影響を与え、腰痛の改善に繋がるのだと考えられます。 大切なのは、”続ける”ことです。