フレイルの診療ガイドライン

高齢者の健康を考えるうえで重要として注目されているフレイル。 初の診療ガイドも登場し、健康長寿に向けた対策が急がれています。


■フレイルとは?

「フレイル」という言葉にはなじみのない人が多いかもしれません。 もともと「虚弱」を意味する言葉で、医学的には、加齢に伴って体のさまざまな機能が低下したために、脆弱になった状態を指します。 自立した生活を送ってはいるものの、介護を要する「要介護」の状態に至る前段階と位置付けられています。 具体的には、筋肉の衰えにより、疲れやすくなったり、転倒しやすくなったりするのが代表的です。 加齢に伴って筋肉の量が減り、筋力・身体機能が低下する状態を「サルコペニア」といいますが、それがフレイルの大きな要因となっています。 フレイルになると、いろいろな病気が起こりやすく、重症化しやすくなります。 身体的な問題にとどまらず、認知症も起こりやすく、 家に閉じこもりがちになると、社会性にまで影響します。 例えば転倒して骨折すると、安静が必要になって、さらに筋肉が衰えてしまいます。 家に閉じこもっていると、人との付き合いも減ってますます出歩かなくなり、運動量が減って食欲も低下するという、悪循環に陥りがちです。 また、フレイルでは体の予備能力が低下しているため、感染症や手術など、急に大きなストレスがかかる出来事があると、なかなか回復せず、 それを機に一気に体の機能が低下して、要介護状態に至ってしまうこともあります。 加齢に伴う機能低下には避けられない面もありますが、フレイルは早期に対処することで改善しうると考えられています。 例えば筋肉の衰えは、運動によってある程度回復する可能性があります。 筋肉が回復すれば、より病気が起こりにくい、要介護状態にも陥りにくい体になります。 筋肉などの衰えを自覚したときに”年だから”と思って見過ごさないことが大切です。 糖尿病のコントロールがよくない人や、心臓・肺・腎臓などの持病がある人は、特にフレイルに注意が必要です。 そのほか、偏った食事や運動不足などの生活習慣がある人、 難聴などの感覚器の障害や慢性的な痛みがある人、多くの種類の薬を使っている人なども、 フレイルになりやすいと考えられます。

フレイルの多面性


■どう対応するか?

一口に高齢者といっても、加齢変化の現れ方は個人差が大きいものです。 日本では、介護や支援が必要な人を見つけるスクリーニング(ふるい分け)のために、「基本チェックリスト」という質問票が広く使われています。 25項目で25点のうち、8点以上の場合は介護が必要な可能性が高いとされていますが、4点以上ならフレイルを疑ってみることが勧められます。 診断は、体重減少、筋力低下、疲労感、歩行速度、身体活動をみて行う方法が代表的です(下図参照)。 今のところ、虚弱な状態に対して一部の漢方薬が使われるほかには、フレイルそのものに対する治療薬はありません。 フレイルの予防や進行予防には、持病のコントロールとともに、適正な量のエネルギーやたんぱく質などを摂る「栄養療法」、 筋力を保つための「運動療法」、ワクチンによる「感染症の予防」などが基本になります。 フレイルは進行するほど回復が難しくなるので、早めに予防対策を始めることが大切です。 日常生活では、きちんと食事を摂って、積極的に歩いたり、人と話をしたりすることを心がけましょう。 外出の機会を増やすと、身体活動もコミュニケーションも増えます。体を動かせば食欲も出て、夜もよく眠れるようになります。 住んでいる地域の”通いの場”などを上手に活用するのも、社会や人との繋がりを増やすのに役立つでしょう。

日本版CHS基準


■診療ガイドのポイントは?

2018年に、フレイルの診療に関する日本初の診療ガイドが登場しました。 この診療ガイドでは、フレイルを「加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態」と定義しています。 診断法にはまだ統一された基準がありませんが、身体的フレイルの代表的な診断法として「日本版CHS基準」が示されています(上図参照)。 フレイルの発症・進行予防のためには、次のような点を知っておきましょう。


●高齢者の栄養不足はフレイルに繋がりやすい

栄養状態はフレイルと関係すると考えられています。 高度な肥満がフレイルに関係するという海外の報告もありますが、 より大きな問題と考えられているのが「低栄養」です。 ビタミンミネラルなどの微量栄養素の摂り方も関係し、 特にビタミンDの不足は、フレイルのリスクになると考えられます。 日本では、肥満が関わる生活習慣病が広く知られ、 ”健康のためには痩せるのはとにかくよいこと”のようなイメージがあります。 確かに若い世代では肥満が健康によくないのは明らかですが、高齢者ではむしろ栄養不足からフレイルが生じるケースが多いと考えられます。 ところが、70歳代、80歳代でも、健康のためには痩せなくてはならないと思い込んでいる人が少なくありません。 BMIが30を超えるような肥満がある場合は別として、一般には、高齢になったら「過栄養対策」から「低栄養対策」への移行が勧められます。 食事では、特に筋肉や骨を作るのに重要なたんぱく質やビタミンDを十分に摂ることがポイントです。 肉や魚を積極的に摂りましょう。日光浴も、皮膚でビタミンDを合成するのに役立ちます。 腎臓病などでたんぱく制限を指示されている人は、医師と相談してください。


●フレイルとの関連が考えられる病気も多くある

ふらついて転倒を起こしやすい病気や、運動が制限されたり動きに支障が出たりする病気、体に大きなストレスのかかる出来事を引き起こしやすい病気など、 フレイルと関連すると考えられている病気は多くあります。 こうした病気があるとフレイルになりやすく、またフレイルがあると病気の経過に悪影響が及びます。 老化は避けられませんが、病気の多くは、適切な治療によって改善を図ることができます。


●多すぎる薬がフレイルの誘因となることもある

高血圧の治療のための降圧薬も、 効き過ぎて血圧が下がり過ぎると、ふらついて転倒しやすく、高齢者では骨折にも繋がりかねません。 糖尿病のある人は、薬で血糖値が下がり過ぎて 低血糖が起こると、フレイルのリスクがさらに高くなります。 また、高齢者の多剤併用は、フレイルの危険因子とされています。 一般に、6~7種類以上の薬を使っている場合は、減らせる薬がないかを検討することが勧められます。 特に、抗うつ薬、 抗コリン薬、睡眠薬や抗不安薬として使われているベンゾジアゼピン関連薬などは、なるべく使用を避けることが望ましいとされています。 複数の医療機関から薬を処方されている場合は、薬の重複や飲み合わせによる問題も生じやすいので、かかりつけの薬局を決めて、 チェックしてもらうのが望ましいでしょう。 患者さん自身も、生活の中に症状を招く要因があるならまずはそれを避けるなど、薬以外の対処法に取り組むことが、必要以上に薬を増やさないことに繋がります。


●フレイル予防のためには口腔機能も大切

高齢者が食事で十分に栄養を摂るためには、きちんと食べられる状態にあることが重要です。 咀嚼、嚥下などの口腔機能もフレイルに関係すると考えられ、その機能が低下した状態を特に「オーラルフレイル」といいます。 口腔機能は話すことにも関わってくるので、広くは滑舌の衰えを含めてオーラルフレイルと捉えられています。 人と話すのが億劫になると、社会に出て人と接する場からも遠のきがちになり、ますますフレイルが進みかねません。 歯の健康管理にも留意して、オーラルフレイルを予防しましょう。


■対応はどう変わる

現在のところ、一部の専門的な医療機関を除き、フレイルと診断されて治療をしている患者さんは稀でしょう。 しかし、このような診療ガイドが登場したことで、より多くの医師が、高齢者の病気の治療ではフレイルに配慮した指導を行っていくことが期待されます。 具体的な栄養・運動療法を紹介したパンフレットなどの拡充も進められています。 また、介護保険で「要支援」と認定された人は、フレイルの中でも要介護に近づいた状態と考えられます。 デイケアなどのサービスも積極的に活用して、フレイルの進行予防に努めてください。