食道癌

食道癌』は、のどと胃をつなぐ「食道」にできる癌です。 飲酒や喫煙、刺激の強い食品の摂取との関係が深く、高齢の男性に多く見られます。

■「食道癌」とは?

50~70歳代の高齢の男性に多い癌
早期のうちから転移しやすく、治療の難しい癌の一つ

「食道」は、のどと胃をつなぐ筒状の臓器です。 食道の全長は成人で約25cm、直径は2~3cm、壁の厚さは約4cmです。 『食道癌』は、のどと胃をつなぐ食道壁の内側の粘膜の表面に発生し、外側に向かって広がっていきます。 食道癌は、性質や組織構造の違いなどから、「扁平上皮癌」「腺癌」の2種類に分けられます。 日本人の食道癌では、「扁平上皮癌」が9割以上を占めます。 飲酒や喫煙、刺激の強い食品の摂取との関係が深く、 50~70歳代の高齢の男性に多く見られます。 男性の割合は女性の5倍以上に上ります。

食道の周辺には、気管、大動脈、肺、心臓といった重要な臓器が集まっているため、食道の手術には 高度な技術が必要とされます。さらに、食道の外壁やその周囲には、細い血管やリンパ節が密集しており、 比較的早い段階からリンパ節や他の臓器などに癌が転移します。 こうした点から、食道癌は悪性度が高く、治療の難しい癌といわれています。 食道癌は、早期であれば、身体的な負担の軽い「内視鏡的切除術」が受けられますが、それ以外は「外科手術」 が一般的です。手術が難しい場合や、手術を希望しない場合などには、「放射線療法」「化学療法」、 あるいはこれらを併用するという選択もあります。 内視鏡で治療が可能な、早期の食道癌の「5年生存率」は、97%を超えており、ほぼ完治するといえます。 ただし、外科手術が必要な段階に癌が進行している場合、5年生存率は40~60%と低くなります。


■食道癌の主な原因

飲酒や喫煙、加齢など

食道癌は、飲酒や喫煙とのかかわりが深く、特に飲酒と喫煙が重なると、発生の危険性が増すと考えられています。 また、食生活との関係も指摘されており、例えば、熱い飲食物は、食道壁の粘膜を傷めて、 発生の危険を高めるといわれています。 加齢も大きな要因です。一般に、癌患者は高齢になるほど増えます。食道癌も例外ではなく、 患者の多くは50~70歳代です。 この他、精神的ストレスや性ホルモン、遺伝などとの関係も考えられています。


■食道癌の症状

進行するまで症状は現れない

早期のうちは、自覚症状はほとんどありません。酸味の強いものやひと口目のお酒を飲み込むときに しみるように感じることがありますが、癌が大きくなると、この間隔はなくなってしまいます。 大きくなった癌が食道の内腔を狭めてしまうと、飲食物を飲み込むときにつかえるような感じがするようになります。 また、癌が外側に広がって気管や肺に及んでくると、背中や胸の奥が痛んだり、むせるような咳が出ます。 こうした症状は、他の食道の病気でも起こりますが、食道癌は命に関わる病気です。 必ず、検査を受けましょう。


■食道癌の検査と診断

ヨード染色による「内視鏡検査」が有効

食道癌の診断の際には、次のような検査が行なわれます。

▼内視鏡検査
口から食道に「内視鏡」を送り込み、食道の粘膜の状態を調べます。 粘膜にヨードを散布する「ヨード染色」という方法を行なうと、癌の部分だけが染まらずに白く残るので、 肉眼ではわからないような小さな癌も見つけることができます。

▼エックス線検査
バリウムを飲み、そのバリウムが食道を流れる様子をエックス線で連続撮影します。 早期の癌だと診断は難しいのですが、ある程度進行している場合は、癌の大きさや位置などが確認できます。

▼生検
疑わしい組織の一部を採取し、顕微鏡で組織を調べます。癌の確定診断には重要な検査ですが、 最近はヨード染色による内視鏡検査でも、確定診断が可能になりました。

●診断後に行なわれる検査

食道癌の広がりを調べるため、次のような画像検査が行なわれます。

▼超音波内視鏡検査
特殊な内視鏡で食道の内側から超音波を発し、癌の深さや食道周辺のリンパ節への転移を調べます。

▼超音波検査
頚部や腹部のリンパ節、他の臓器などへの転移を調べます。

▼CT、MRI
食道の周りの臓器に癌が広がっていないか、リンパ節や肺、肝臓などへの転移がないか などをチェックします。

これらの検査に加えて、「PET(陽電子放出断層撮影)」や「骨シンチグラフィー」などが 行なわれる場合があります。 さらに、心臓や肺、肝臓、腎臓などの機能や栄養状態、免疫機能など、全身の状態を調べる検査も行なわれます。


■食道癌の進行度と治療法の選択

癌の部位や「深達度」「リンパ節転移」の有無などを考慮する

食道癌の主な治療法は、内視鏡的切除術、外科手術、放射線療法、化学療法の4つです。 どの治療法が適しているかは、癌の状態や患者の全身の状態、年齢、希望などによって変わってきます。

●癌の状態を見極める

食道は、上から「頚部食道」「胸部食道」「腹部食道」の3つの部位に分けられます。 どこに癌ができたかにより、手術の難度も異なります。 癌の進行度は、さまざまな要因から判断されます。食道壁の厚さは約4mmで、内側から「粘膜上皮」 「粘膜固有層」「粘膜筋板」「粘膜下層」「固有筋層」「外膜」の6層に分かれます。 食道癌の大半は、粘膜から発生して外側に広がっていくため、癌の深さを表す「深達度」は、 治療法を選ぶ重要な要素になります。 リンパ節への転移の有無や転移の数も重要です。また、転移しているのが近くのリンパ節か、遠くのリンパ節か によっても治療法は違ってきます。

●食道癌の治療の目的

食道癌の治療は、その目的によって2つに分けられます。1つは、癌の完治を目的とした「根治治療」です。 一方、根治治療を行なうのが難しい場合には、癌に伴って起こる症状を和らげて、生活の質の低下を防ぐ 治療が選択されます。

●治療法を選ぶときは

癌の状態のほかに、全身状態や患者の年齢なども考慮します。例えば、癌の状態からすれば手術が可能だったとしても、 全身状態が悪かったり、高齢のために手術に耐えられないと予測される場合は、他の治療法を考えなくては なりません。 治療に先立って、担当の医師から、治療法や合併症、副作用、治癒の可能性など、あらゆる情報が提示されます。 それらをよく吟味した上で、患者自身が、最終的に治療法を決定するのです。 治療法を選ぶ上で疑問や不安などがあれば、どんなことでも担当医に質問してください。 もし担当医の説明だけでは判断しづらい場合は、別の医師の意見(セカンドオピニオン)を 聞くのもよいでしょう。


■食道癌の完治を目指す治療

早期なら内視鏡的切除術、早期以外なら外科手術が中心

●内視鏡的切除術

一般に、癌が食道の粘膜上皮~粘膜固有層にとどまっており、リンパ節や他の臓器に転移していない場合は、 「内視鏡的切除術」が行なわれます。「内視鏡的切除術」は、口から内視鏡を送り込み、病巣を観察しながら 癌を切除します。内視鏡的切除術には、次のような方法があります。

▼EEMRチューブ法
透明なチューブで癌を含む粘膜を吸引し、粘膜ごと癌を焼き切ります。 2チャンネル法やキャップ法よりも、組織を大きく切ることができます。

▼2チャンネル法
癌の下の粘膜下層に生理食塩水を注入し、隆起させます。隆起部の中心を鉗子でつかみ、 「スネア」と呼ばれるループ状のワイヤーをかけて締め上げ、電流を通して、粘膜ごと癌を焼き切ります。

▼キャップ法
鉗子を使わずに、内視鏡の先端に装着した透明なキャップの中に、隆起させた粘膜を吸引して焼き切ります。

▼内視鏡的粘膜下層剥離術
前述の3つの方法とは異なり、電気メスを使って粘膜の下の粘膜下層ごと剥ぎ取る方法です。 スネアをかけられない大きな癌にも対応できますが、治療時間は長くなります。

早期であれば、内視鏡的切除術でほぼ治ります。早期発見のためには、自治体や職場の定期健診を受けることが 大切です。現在は、胃の内視鏡検査やエックス線検査の際に、食道も調べるのが一般的になっています。

●外科手術

癌が粘膜を超えて広がっていたり、リンパ節転移がある場合は、一般に外科手術が行なわれます。 食道癌の手術は他の癌と比べても難しく、また発生部位によって手術の仕方が大きく異なります。

◆頚部食道癌の場合

頚部を切開して、頚部食道とリンパ節を切除します。一般に、頚部食道癌は胸部や腹部のリンパ節に転移することは少ないので、 通常は頚部のリンパ節だけを切除します。切除後は、飲食物の新しい通り道をつくるために、 食道の再建が行なわれます。癌が頚部食道に限られている場合は、小腸を10cmほど切除し、 「咽頭(のど)」と胸部食道の間に挟んでつなぎ合わせます。

頚部食道癌の手術では、再発を防ぐために、下部咽頭や気管の入り口にある「喉頭」も切除することが多くなります。 喉頭には声帯があるため、喉頭を切除すると声が出せなくなってしまいます。 最近は、手術後の生活の質を維持するため、できるだけ喉頭を残すような手術が行なわれています。 しかし、喉頭に近い食道の前壁側に癌があったり、背中側にある場合でも癌が大きければ、喉頭も一緒に切除することになります。

◆胸部食道癌の場合

日本人の食道癌の過半数を占めているのが「胸部食道癌」です。 頚部や腹部のリンパ節にも転移しやすいため、頚部、胸部、腹部の3つの領域のリンパ節を切除する大がかりな手術が必要になります。 手術は、患者の体の左側を下にして横になった体勢で始めます。背中の右側から斜め前方に向けて切開し、 肋骨を2本ほど切断して胸を開きます。肺や心臓、大動脈などを避けながら、胸部食道と胸部のリンパ節を切除します。 次に胸を閉じて、患者を仰向けにして頚部を切り開き、頚部のリンパ節を切除します。 さらに、みぞおちからへその辺りまでを切開し、腹部のリンパ節を切除します。

リンパ節を切除したら、胃を使って食道を再建します。胃の一部を切除して細長い形にし、うえに吊り上げて、頚部食道につなぎます。 再建した食道を通す経路には、胸骨の前を通す「胸壁前経路」、胸骨と心臓の間を通す「胸骨後経路」、 心臓と背骨の間を通す「後縦隔経路」の3つがあります。 胸壁前経路は、最も確実で安全な反面、食後に、吊り上げた胃が膨らんで、胸の一部が突き出たようになります。 胸骨後経路や後縦隔経路は、美容上は優れていますが、食後に膨らんだ胃が心臓を圧迫しやすく、 また、再発時には手術がしにくくなるなどの問題があります。

◆腹部食道癌の場合

左下の肋骨を切断して胸を開きます。腹部食道と、胃の入り口である「噴門部」を切除します。 併せて、腹部食道と胸部食道下部の周りのリンパ節を切除します。 その後、胃を吊り上げて、胸部食道につなげて食道を再建します。 小腸の一部を切除し、胸部食道と胃の間に挟んでつなぎ合わせる方法もあります。

◆「内視鏡下手術」も行なわれている

内視鏡の一種である「胸腔鏡」「腹腔鏡」を使って、癌を切除する方法も行なわれています。 胸やお腹を大きくきらずに済むので、患者の体の負担が軽く、傷跡も小さくて済みます。 ただし、胸腔鏡や腹腔鏡を通して観察できる範囲は狭いため、リンパ節に転移した癌を十分にとれると限りません。は また、内視鏡下手術に熟練した医師の数も十分とはいえません。 このように、現段階ではまだ課題も多いのですが、将来的には期待の持てる治療法です。

●放射線療法・化学療法など

癌が進行していて手術が難しい場合や、本人が手術を希望しない場合などには、 「放射線療法や化学療法」が 行なわれます。 放射線療法と化学療法は、単独で行なわれることもありますが、組み合わせた方が治療成績が良いことから、 最近は併用療法が盛んに行なわれています。 また、手術の前後に放射線療法や化学療法を行い、手術の効果を高めたり、転移や再発を防ぐ「補助療法」 も広く行なわれています。この補助療法の普及によって、かなり進行した癌や、リンパ節転移が多い場合でも、 根治を目指した手術を受けられるケースが増えてきています。

一部の医療機関では、比較的早期の食道癌に対し、特殊な薬剤とレーザーを使った「光線力学療法」 も試みられています。