癲癇(てんかん)のガイドライン

癲癇は誰にでも起こりうる病気ですが、成人、特に高齢者の場合、気付かれていないことが少なくありません。 診断がついて適切な治療を行えば、多くの場合、発作を抑えられます。


■癲癇(てんかん)とは?

「癲癇」とは、一言でいえば”癲癇発作を起こしやすい状態”がある慢性の脳の病気です。 癲癇発作は突然起こり、平常とは異なる身体症状や、意識・感覚の変化などが現れます。 発作が起こっていない時には特に症状はなく、脳の働きにも異常は見られません。 脳の大脳皮質では約150億個の神経細胞が複雑に繋がりあっていて、全身に指令を伝える際には、その間で電気信号がやり取りされています。 しかし、何らかの原因で過剰な電流が流れ、神経細胞に過剰な興奮が生じることがあります。 これが「癲癇発作」を引き起こします。 癲癇発作には、大きく分けて「全般発作」「焦点発作(部分発作)」の2つのタイプがあります。 全般発作では脳の過剰な興奮が広範囲で同時に生じ、焦点発作では脳の特定の領域だけに過剰な興奮が生じます。 なかには、どちらとも分類できないものもあります。 癲癇の症状として多くの人がイメージする「全身痙攣」は、全般発作の代表的な症状で、通常、発作中は意識がなくなります。 突然倒れて、全身痙攣が起こることもあります。 それに対し、焦点発作の場合は、発作中にも意識がある場合とない場合があり、過剰な興奮が生じた脳の部位によってさまざまな”小さな発作”が現れます。 例えば、脳の運動に関わる部位で生じると口をモゴモゴさせたり、感覚や意識に関わる部位で生じるとボーっとしたりするなどの症状が現れます。 記憶がなくなったり、聴覚や視覚の症状、手足のしびれなどが起こることもあります。
”癲癇は子供に多い病気”というイメージがあるかもしれませんが、実は患者数が多いのは高齢者です。 高齢者の癲癇では焦点発作が多く、その症状が癲癇発作によるものとあまり知られていないため、気付かれにくいのです。 記憶がなくなるという症状は、認知症の記憶障害と誤解されることもあります。 成人の癲癇の原因としては、頭部の怪我や、脳炎、脳梗塞や脳出血などの脳卒中、 脳腫瘍といった脳の病気を始め、遺伝子の異常に起因するものなど、さまざまなものがあります。 高齢者の原因で一番多いのは脳卒中で、アルツハイマー型レビー小体型の認知症でも、癲癇発作が起こることがあります。 ただし、実際には、原因が特定できないことも少なくありません。 また、意識を失う発作には、血圧調節障害や心臓病などによる脳の血流障害、心理的なストレスが原因のものもあります。

癲癇の主な症状


■癲癇の治療

癲癇を診断するためには、まず「問診」で発作時の様子や病歴などを詳しく聞き「脳波検査」で癲癇に特徴的な、脳の過剰な興奮を示す脳波の有無を調べます。 癲癇の原因を調べるにはMRIなどの「画像検査」も行われます。 成人の癲癇の治療法としては、主に薬物療法と手術があります。

▼薬物療法
基本は「抗癲癇薬」の服用です。抗癲癇薬は、脳の神経細胞の過剰な興奮を抑えることで、発作を起こりにくくします。 服薬と併せて、日常生活では、睡眠不足、過労、二日酔い、ストレスなど、自分の発作の誘因となりやすいものを避けることも大切です。

▼手術
焦点発作が起こる場合に行われるのは「癲癇焦点切除術」で、開頭して、過剰な興奮が生じる脳の部位だけを切除します。 そのほか、開頭手術の適応とならない場合や手術の効果が十分に得られない場合に、発作を軽減する治療として 「迷走神経刺激療法」(VNS)」が行われることがあります。

■ガイドライン改訂のポイント

2018年、癲癇の診療ガイドラインが8年ぶりに改訂されました。ここでは成人の癲癇について、患者さんや家族にも知っておいてほしいポイントを紹介します。


ポイント①新しい抗癲癇薬の登場で薬物療法も変わった

薬物療法の中心となる抗癲癇薬は、発作のタイプを始め、副作用や患者さんの条件を考慮して選択されます。 新たに発症した癲癇では、通常、1種類の抗癲癇薬で治療を開始します。 焦点発作の場合、以前のガイドラインでは、最初に使う薬(第一選択薬)とされていたのはカルバマゼピンという薬だけでした。 しかし近年、相次いで新しい抗癲癇薬が登場し、その効果が確かめられてきました。 新しいガイドラインでは、第一選択薬として、カルバマゼピン、ラモトリギン、レベチラセタム、次いでゾニサミド、トピラマートの計5種類が推奨されています。 発作を抑える効果はいずれもほぼ同等とされています。 副作用のためにカルバマゼピンを使いにくかった人は、治療を始めやすくなりました。 ガイドラインで同等に推奨されたことで、医師も新しい薬を選択しやすくなるでしょう。 副作用の心配が少ない薬が増えたことで、発作が再発するリスクが高い場合には、発症後、より早期に薬物療法を検討するようになっています。 特に高齢者は最初の発作の後の再発率が高いため、すぐに薬を使い始めることが増えています。 ただし、どの患者さんにも新しい薬が合うとは限りません。例えば、レベチラセタムは一般には副作用の少ない薬とされていますが、 なかには、イライラしやすくなるなど、カルバマゼピンでは起こりにくい副作用のために使いにくい患者さんもいます。 また、薬価は、新しい薬のほうがカルバマゼピンより高くなります。


ポイント②痙攣発作が5分以上続けば「癲癇重積状態」と診断

成人の癲癇では、全身痙攣が現れる全般発作は、起こる頻度としては高くないものの、癲癇がある人の多くが経験しています。 全身痙攣が起こったときは、患者さん自身は対応できないので、周囲の人が対応の仕方を知っておく必要があります。 下図の「周囲の対応のポイント」のような点に注意してください。

周囲の対応のポイント

癲癇発作は基本的に30秒~3分程度で治まるので、すでに癲癇と診断され、全身痙攣を経験している場合は、必ずしもすぐに救急車を呼ぶ必要はありません。 ただし、全身痙攣が長くなる場合は、「癲癇重積状態」を疑う必要があります。 これは、癲癇発作が止まる仕組みが働かなくなって発作が長引く状態のことで、30分以上続くと、脳に後遺症が残る危険性があります。 従来の癲癇重積状態の定義では、痙攣の持続時間は定められていませんでしたが、新しいガイドラインでは、 「痙攣発作が5分以上続けば、重積状態と診断する」とされています。直ちに治療を開始すべき状態です。 このような場面に居合わせたら、すぐに救急車を呼んでください。


ポイント③2種類の薬で発作が止まらなければ「薬剤抵抗性癲癇」を疑う

癲癇と診断されたら、通常、第一選択薬とされている抗癲癇薬のどれか一つを使って治療を始めます。 最初の薬で発作を抑えられなければ2種類目の薬に替えるか、最初の薬に追加して併用します。 最初の抗癲癇薬で約5割、2種類目の薬まで使えば全体で約6~7割の患者さんは発作がなくなりますが、それでも発作が抑えられない人もいます。 新しいガイドラインでは、適切とされる抗癲癇薬を副作用がない範囲の十分な血中濃度で、2種類使っても一定期間発作を抑えられない場合は、 薬の効きにくい「薬剤抵抗性癲癇」を考えるとされています。 3種類目以降の薬で発作が抑えられる可能性は低いため、使える薬を順に試していくより、手術の適応を含めて治療法を再検討した方がよい場合があるからです。 焦点発作が起こる場合に行われる癲癇焦点切除術では、手術を受けた人の75%で発作がなくなるとされています。 ただし、脳の手術なので、稀ながら命に関わったり、重大な後遺症が残るリスクを伴います。 医師から十分な説明を受けたうえで、判断することが大切です。


ポイント④薬の効果が得られない時は他の病気の可能性なども疑う

抗癲癇薬を使っても発作が抑えられない患者さんの中には、「実は癲癇以外の原因で発作が起こっている」「自分の癲癇に合わない薬を使っていた」 「薬の種類や量が適切ではなかった」という人が含まれている可能性があります。 処方は適切でも、「患者さんが薬を飲んでいなかった、飲み方を間違えていた」といったケースも見られます。 抗癲癇薬の薬の効果が得られないからといって”難治”とは限りません。 そのような可能性も考えると、抗癲癇薬を2種類使っても発作が抑えられず、薬剤抵抗性癲癇が疑われたら、 癲癇専門医の受診を考えるタイミングといえるでしょう。 癲癇専門医を探すには「日本癲癇学会」のホームページを参照したり、「日本癲癇協会」に相談するなどの方法があります。


成人の癲癇の治療の流れ


■治療はどう変わる?

癲癇は、原因もさまざまで、脳のどこで過剰な興奮が生じるかによって症状の現れ方も実に多様です。 高齢の患者さんが増えていますが、「高齢者に癲癇が起こり、その発作には全身痙攣が現れないことが多い」ことは、 一般に知られている癲癇のイメージと異なるため、受診や診断が遅れがちです。 癲癇という病気に関しては、患者さんだけでなく、医師にも十分理解されていない点が多いので、ガイドラインでは、そうした点を含めて新しい情報を紹介しています。 患者さんを最初にみることが多い、専門医以外の医師にも広く情報が共有されることで、癲癇を疑うタイミングを逃さず、 正しい診断・適切な治療により早く繋がることが期待されます。