アルツハイマー型認知症

認知症の原因として最も多いアルツハイマー型認知症。 アルツハイマー型認知症とは、βアミロイド蛋白と呼ばれる異常な蛋白質が脳全般に蓄積するために、脳の神経細胞が変性・脱落する病気です。 脳を構成している神経細胞が通常の老化よりも急速に、いわば病的に減ってしまうこと(変性)によって、 正常な働きを徐々に失っていき、認知症になっていきます。 出来事自体を忘れてしまうような「もの忘れ」から始まるのが特徴です。 原因はまだわかっていませんが、最近では、遺伝的な要因に加えて発症に生活習慣が関係するのではないか、と考えられています。


■アルツハイマー型認知症とは?

脳に”ゴミ”が溜まって発症する

認知症はいくつかの種類に分けられますが、その中で最も多いのがアルツハイマー型認知症で認知症全体の約6割を占めています。 アルツハイマー型認知症のある人の脳には、健康な人の脳にはない”しみ”や”ゴミ”のようなものが、たくさんできています。 これは脳に不要なたんぱく質「アミロイドβ」や「リン酸化タウ」が溜まってできたものです。 先に溜まり始めるのはアミロイドβで、脳の神経細胞の外側に溜まります。 アミロイドβが溜まると、それに誘発されて、神経細胞の中にリン酸化タウが溜まるようになります。 こうなると、神経細胞の壊死が起こり、脳が次第に萎縮していきます。 こうして起こるのがアルツハイマー型認知症です。
脳の萎縮は、海馬という記憶を司る部位の周辺から始まります。 そのため、最初に記憶障害などの症状が現れます。進行すると脳全体が委縮して、認知機能が低下し、日常生活を送るのに支障を来すようになります。 重度になると運動機能の障害も起こってきます。

【脳に起こる変化】

アミロイドβは脳の神経細胞の外側に溜まり、「老人班」を形成する(写真上)。 リン酸化タウは神経細胞の中に溜まり、「神経原線維変化」を形成する(写真下)。 どちらも、健康な脳にはわずかしか溜まらない。
脳に起こる変化


【脳の萎縮】

脳に起こる変化


■アルツハイマー型認知症の症状

初期には、少し前の記憶がなくなる物忘れが現れる

「アルツハイマー型認知症」では、「物忘れ」が特徴的な症状として現れます。 アルツハイマー型認知症は認知症の原因となる病気の中で最も多く、約半分を占めているともいわれています。 日本では、アルツハイマー型認知症の患者数は増加傾向にあります。現在、65歳以上の人の約3.4%がアルツハイマー型認知症で、 患者数は約120万人と推計されます。症状は「記憶障害」から始まりますが、次第に日常的な動作ができなくなり、 進行すると話すことも歩くことも困難になります。寝たきりになって、「肺炎」などの合併症を起こして命にかかわることもあります。 発病からの生存期間は、多くの場合、3~5年ほどです。

”親がアルツハイマー型認知症だと自分もなりやすいのではないか”と考える人がいます。 確かに遺伝が関与するタイプのアルツハイマー型認知症もありますが、全体のわずか1%ほどです。 アルツハイマー型認知症は、基本的に遺伝性の病気ではありません。 ただ、遺伝子の研究が進むことで、アルツハイマー型認知症に関係する遺伝子の存在が次々と明らかになってきています。


■アルツハイマー型認知症の症状の進行

記憶障害や遂行機能障害などが徐々に進んでいく

アルツハイマー型認知症は徐々に進行していく病気です。そのため、進行の段階によって、異なる症状が現れます。 進行段階は、「軽度」「中等度」「高度」の3段階に分けられます。 「認知機能テスト」である「MMSE」の点数で見ると、30点満点中、軽度では23~17点、中等度は19~10点、高度は13点以下程度です。


●軽度の認知段階の主な症状

少し前の出来事を脳にメモしておくような機能が損なわれ、記憶障害が現れるようになります。 そのため、同じ質問を何度も繰り返したり、物をどこかに置き忘れたり、約束したこと自体を忘れたりします。 また、年月日があやふやになってきます。このような症状のため、働いている人では、失敗を繰り返して仕事に支障を来すようになります。 主婦では、同じものをいくつも買ってしまったり、毎日同じ料理を作り続けたり、 火の不始末を起こしたりするなど、買い物や食事の準備での失敗が多くなります。

●中等度の段階の主な症状

自分のいる場所がわからなくなるため、初めは家から遠い場所で道に迷うようになり、次第に近所でも迷うようになります。 また、1人での買い物や、季節に合った衣類を選ぶことができなくなります。 入浴することを忘れ、何日も入浴しないというようなことも起こります。 自動車の運転も危なくなります。感情の起伏が激しくなって、大声を出したり、睡眠障害が起こったりします。

●高度の段階の主な症状

人物がわからなくなって、夫や妻、自分の子供もわからなくなります。目的を持った行動が取れなくなるため、 衣類をきちんと着たり、入浴時に体を洗ったり、排便後にきちんと拭いたりすることができなくなります。 トイレの場所もわからなくなり、尿や便の失禁が生じます。言葉が失われていき、使える言葉が減ってきます。 歩行能力も低下して、寝たきりになることもあります。


■アルツハイマー型認知症の脳の変化

アミロイドβが蓄積し、タウたんぱくが凝集する

アルツハイマー型認知症は脳が委縮する病気で、萎縮は記憶を司る「海馬」から始まります。 その後、脳の委縮は側頭葉、頭頂葉にも広がっていき、記憶障害以外の症状も出るようになります。 アルツハイマー型認知症のある人の脳の神経細胞は、働きが弱まったり死滅したりしています。 脳が委縮するのも、神経細胞の死滅の結果として現れる現象なのです。 神経細胞が弱ったり死滅する原因は、主に次の2つだと考えられます。


●老人班の形成

アルツハイマー型認知症のある人の脳には、「老人班」と呼ばれる斑点状の病変が現れます。 これは「アミロイドβ」というたんぱくが凝集したものです。 アミロイドβは神経細胞の細胞膜にある「APF(アミロイド前駆たんぱく)」が2ヶ所で切断することで作られます。 アミロイドβはいわば老廃物なので、通常は脳から排出されます。 このアミロイドβが脳から排出されず、神経細胞の外側に蓄積することが、アルツハイマー型認知症の発症に関与しているとされます。 最近では、老人班ができると、神経細胞の突起同士の接合部である「シナプス」のおける情報伝達が弱まり、記憶障害が起こると考えられています。


●神経原線維変化

アルツハイマー型認知症のある人の脳に現れる特徴的なもう1つの病変が、「神経原線維変化」というももので、 神経細胞の中に糸くず状の物質が形成されます。この糸くず状のものは「タウたんぱく」の凝集体で、 リン酸化したタウたんぱくが、線維のような形に固まることで糸くず状に見えるのです。 タウたんぱくは、神経細胞の骨格を担っている重要な物質です。 神経原線維変化は、アミロイドβが蓄積し始めた後に現れます。アミロイドβは記憶障害に関係し、 リン酸化したタウたんぱくによる神経原線維変化は、神経細胞の死滅や、記憶障害以外の症状に関係していると考えられています。

以上のように、アルツハイマー型認知症のある人の脳で、どのようなことが起こっているのかが明らかになってきました。 それに伴い、原因に対して直接的に働きかける、根本的な治療法の研究と開発が進められています。 現在、アミロイドβが凝集することを阻害する薬や、アミロイドβの凝集体やその蓄積を取り除く薬の登場が期待されています。


【アルツハイマー型認知症の危険因子】
まず挙げられる危険因子は「加齢」です。65歳以降になると、年齢が5歳上るごとに有病率が2倍になると言われています。 また、危険因子となる特定の遺伝子もいくつかわかっています。「ADoE」という「アポたんぱく」を作る遺伝子は、 2つの因子の組み合わせでできています。この因子の一方が「ε4」というタイプだとアルツハイマー型認知症が起こりやすくなり、 両方がそうである場合には、さらに起こりやすくなるのです。
一方、疫学調査の結果から、危険因子になるかもしれなとされるものもあります。 「糖尿病」「高血圧」、不整脈の一種である「心房細動」などは、 アルツハイマー型認知症との関連を示唆するデータが報告されています。 その他、家族の中に認知症の人がいる、「意識障害」を伴う頭部外傷を受けたことがある、 「甲状腺機能低下症」や「うつ病」になったことがある、喫煙している、といったことも危険因子になると言われています。


■アルツハイマー型認知症の治療

リハビリや適切な介護の他、症状を遅らせる薬を使う

アルツハイマー型認知症の治療の基本は薬物療法です。 現在、アルツハイマー型認知症の薬物治療では、ドネペジル、ガランタミン、リパスチグミン、メマンチンという4つの薬が主に使われています。 これらの薬は、アルツハイマー型認知症を根本的に治す効果はありませんが、早期から使い始めることで、 症状を改善させたり遅らせたりすることができることが明らかになっています。
また、アルツハイマー型認知症の治療では、認知機能障害に対する薬で症状の進行を遅らせながら、「認知機能刺激療法」「回想法」などの「リハビリテーション」などを行って、認知機能を刺激します。 また、「BPSD」が現れている場合は、適切な「介護」を行い、対処していきます。 BPSDが悪化した場合などには、必要に応じて「非定型抗精神薬」や漢方薬の「抑肝散」などが用いられます。 「抑鬱」があったり、「睡眠障害」があれば、「抗鬱薬」「睡眠薬」も使います。 さらに、アルツハイマー型認知症では、認知機能障害のほか、「意欲や自発性の低下、感情障害、幻覚、妄想」など、 認知機能の低下に伴って現れる「周辺症状」と呼ばれる症状が起こります。 周辺症状が起こった場合は、症状に応じて「抗精神病薬」などが使われることもあります。 環境を整備したり、周囲の人が患者に接するときの「ケア」や「リハビリテーション」も、気持ちを安定させたりする効果があるとされています。


■注目されている生活習慣病との関係

高血圧糖尿病脂質異常症などの生活習慣病があると、アルツハイマー型認知症が起こりやすいことが知られています。 特に糖尿病のある人ではリスクが2倍以上になるという研究結果が報告されています。 糖尿病のある人でアルツハイマー型認知症が起こりやすいのには、血糖をコントロールしているホルモンであるインスリンの働きが関係しています。 インスリンは、血糖値を下げるだけでなく、脳ではアミロイドβを除去する働きもしているのです。 ところが糖尿病があると、脳の中でインスリンがうまく働きにくい状態になってしまいます。 そのため、アミロイドβの除去が滞り、脳内に徐々に増えてしまうのです。 たとえ、アルツハイマー型認知症を発症したとしても、血糖、血圧、血中脂質などを適正にコントロールしていくことが大切です。 しっかりコントロールできていれば、認知機能の低下が抑えられることが明らかになっています。 また、今はまだ発症していなくても、生活習慣病の治療にしっかり取り込むことが、アルツハイマー型認知症の予防に繋がります。

【生活習慣病の治療の効果】

アルツハイマー型認知症のある人の中で、生活習慣病の治療を受けているかどうかと、認知機能の関係を調べた研究の結果。 30ヵ月後のMMSEの点数は19点と13点で、治療を受けている方が認知機能の低下が抑えられています。
生活習慣病の治療の効果