難聴対策に『接着法』

近年、風邪を引いた後に、聴力の低下が起こる中高年が増えています。この原因は、慢性中耳炎かもしれません。 慢性中耳炎の症状は、耳だれと、鼓膜に孔が開いたことで生じる難聴で、痛みは全くありません。 耳だれは、急性中耳炎と同様に薬物療法で治りますが、鼓膜の穴を塞ぐには「鼓膜形成術」という手術が必要です。 鼓膜形成術は、かつてはサンドイッチ法が主流でしたが、 近年、「フィブリン糊を用いた接着法」が考案されました。 接着法は、従来のサンドイッチ法と比べると、手術が極めて低侵襲性で、患者さんの負担が少なくて済むのが最大利点です。


■鼓膜の穴を放置すれば難聴の悪化を招く

以下は健康雑誌に掲載された某病院長の寄稿を転載したものです。

近年、風邪を引いた後に、聴力の低下が起こる中高年が増えています。この原因は、慢性中耳炎かもしれません。 風邪を引いて鼻をかむと、鼻の奥にある細菌が耳管(鼻と耳をつなぐ管)を通って耳の内部の中耳に感染し、炎症を起こします。 これが急性中耳炎で、悪化すると中耳に膿が溜まり、中耳の内圧が上昇して激しい耳の痛みを感じ、 さらに悪化すると鼓膜が破れて膿が流出して耳だれが起こります。 急性中耳炎は、抗生物質や消炎鎮痛薬を服用すれば治ります。しかし、途中で使用をやめたり、中耳炎を何度も繰り返したりすると、 鼓膜の穴が開いたままになり、そこから耳だれが続くことになります。この状態を「慢性中耳炎」といいます。 鼓膜は、外から入ってきた音の振動を耳の最も奥の内耳に伝える約1平方㌢の膜です。 したがって、穴が開いていると音の伝わり方が悪くなり、難聴になります。 また、この状態を放置すると、中耳内の病変が進み、内耳にも悪影響が及び難聴がさらに悪化する場合もあります。 慢性中耳炎の症状は、耳だれと、鼓膜に孔が開いたことで生じる難聴で、痛みは全くありません。 耳だれは、急性中耳炎と同様に薬物療法で治りますが、鼓膜の穴を塞ぐには「鼓膜形成術」という手術が必要です。


◆全身麻酔が必要で体への負担も大きい

鼓膜形成術は、かつてはサンドイッチ法が主流でした。これは、耳の後ろを大きく開放して筋肉を包んでいる膜(筋膜)を取り出し、 それを外耳道(鼓膜より外にある耳の穴)の皮膚を剥がした後に、残った鼓膜の皮膚層と固有層、粘膜層の三層から成り立つ) の間に挟み込んで移植する、という手術です。手術時間は90分以上と長く、全身麻酔を必要とすることも少なくありません。 そのため、心臓病や糖尿病の人は手術を受けられない場合があります。 しかも、術後は形成鼓膜を固定させるために、1~2週間、外耳道にガーゼなどを詰めて包帯を巻き、安静にしなくてはならず、 その間の入院を余儀なくされます。現在も、この方法で鼓膜形成術を行っている耳鼻咽喉科も少なくありません。

これに対して、私は患者さんの負担が少ない「フィブリン糊を用いた接着法」を考案しました。 この接着法は、破れた鼓膜に移植する結合組織を、フィブリン糊で固定して固めるという極めて低侵襲な手術です。 フィブリン糊とは、人間の血液にあるフィブリノーゲンという成分の凝固作用を利用した「生体接着剤」です。 日本では、その安全性が確かめられて、1988年に厚生省(現厚生労働省)から販売の許可が下りました。 これを機に、翌1989年、私が日本で初めてフィブリン糊を用いた「接着法」を学会・専門誌などで発表。 以降、慢性中耳炎による難聴治療にこの接着法を活用してきました。

◆手術時間はわずか40分程度で済む

では、接着法の手術について説明しましょう。
まず、鼓膜に移植する結合組織を得るために、従来法と同じく耳の後ろを切開します。 ただし、従来法で用いる筋膜よりも浅い位置にある皮膚直下の結合組織を採取するため傷は浅く、切開する長さも2cm程度で済みます。 術後の痛みもほとんどなく、切開部位の傷痕も目立ちません。 次に、採取した直径1cm四方の皮膚結合組織をいったん鼓膜内に挿入してから手前に引き上げて、鼓膜の裏側から密着させます。 そして、密着したのを確認できたら、接合部にフィブリン糊を数滴ずつたらし固定したら完了です。 手術時間はわずか30~40分で済みます。

麻酔は従来法とは異なり、破れた鼓膜に麻酔液を湿らせた綿球を置くだけで、ほとんどで手術が行えます。 術後、患者さんには2時間程度安静にしてもらい、異常がなければその日に帰宅が可能になります。 ただし、当院では、遠方から来院した患者さんに対しては、1~2日入院してもらい、経過を観察して問題がなければ退院という形を とっています。ちなみに、接着法を両耳とも行う場合でも、その日のうちに手術が完了します。 現在、接着法は、全国各地の多くの病医院に広く普及しています。なお、手術費用に関しては、健康保険が適用され、 3割負担で片耳10~15万円ほどかかります。また、小児では支援医療の適用も受けられます。

接着法は、従来のサンドイッチ法と比べると、手術が極めて低侵襲性で、患者さんの負担が少なくて済むのが最大利点です。 しかも、小児以外では局所麻酔で行われるため、糖尿病や高血圧、心肺疾患などの全身疾患を抱えている高齢者にも 無理なく安全に行える手術です。慢性中耳炎による難聴に悩む方は、ぜひ接着法による治療をご検討ください。