非小細胞肺癌の薬物治療②分子標的薬

非小細胞肺癌の薬物療法では、手術後の「抗癌剤」の使用や、 癌だけを狙って作用する「分子標的治療薬」を使うなど、新しい治療法が出てきています。 特に「分子標的治療薬」では、効き目の現れやすいタイプの人がいることがわかりました。


■肺癌のタイプも薬の選択に関わる

肺癌は、「非扁平上皮癌」「扁平上皮癌」「小細胞肺癌」に大別され、非扁平上皮癌はさらに「腺癌」「大細胞癌」に分けられます。 非扁平上皮癌は喫煙者に多く、腺癌は肺癌全体の約50%、大細胞癌は約5%を占めています。 扁平上皮癌と小細胞癌は喫煙者に多く、扁平上皮癌が全体の30%、小細胞肺癌は約15%を占めます。 こうした肺癌のタイプによっても、抗癌剤の選択は異なります。


■非小細胞肺癌の薬物療法②

癌細胞を選択して攻撃する「分子標的療法」

「分子標的療法」は薬物療法の一つで「分子標的薬」と呼ばれる新しい薬を使うものです。 現在、肺癌の治療で分子標的薬が用いられるのは、非小細胞癌に限られています。 従来の抗癌剤は、細胞の増殖を全般的に抑制するように働きます。 抗癌剤を使用すると、癌細胞だけでなく、正常な細胞もダメージを受けるため、「吐き気、脱毛、白血球減少」 などの副作用が起こりやすい傾向があります。
一方、分子標的薬は、癌細胞だけを”狙い撃ち”にしようとする薬です。 癌細胞に関する研究が進み、癌細胞に特有な分子の一部が特定できるようになったことから、 その分子を標的として作用する薬の開発が進んでいます。 分子標的薬はピンポイントで作用するため、全体としては従来の抗癌剤より副作用が少ないのですが、 これまでの抗癌剤では見られなかったような種類の副作用が起こることがあります。


●肺癌の治療で用いられる分子標的薬

分子標的薬の標的として、さまざまな分子が特定されていますが、現在、肺癌の治療で用いられる分子標的薬は、 癌細胞の表面にある「EGFR(上皮増殖因子受容体)」を標的にしたものです。 EGFRは、癌細胞が増殖に必要な増殖因子などを取り込むための受容体の一つです。 特定のたんぱく質などの増殖因子がEGFRに結合すると、”細胞を増やせ”という信号が癌細胞の核に伝えられ、 癌細胞の増殖が促されます。 肺癌の治療で用いられる分子標的薬は、EGFRを標的にして攻撃し、信号を遮断することによって、 癌細胞の増殖を抑制して、癌細胞を死滅させようとするものです。

●分子標的薬の適応

肺癌のうち、分子標的薬の適応となるのは、非小細胞癌で、「進行して手術ができず、標準的な抗癌剤の効果がなかった場合」と 「標準的な抗癌剤の治療の後に再発した場合」です。 日本では、肺癌に対する分子標的薬として、2002年に「ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)」、 2007年に「エルロチニブ(商品名:タルセバ)」が承認されています。 どちらも内服薬として用います。 ゲフィチニブとエルロチニブは、化学構造が類似しており、癌細胞に対する作用も同様です。 作用の詳しい違いや、どちらの方が治療効果が高いかなどの点については、まだよくわかっていません。 しかし、エルロチニブはゲフィチニブの3倍量を使用するので、その効果や副作用に関する情報量の蓄積や検討が待たれるところです。


●治療効果

ゲフィチニブやエルロチニブに関しては、これまでに各国で多くの臨床試験が行われています。 ゲフィチニブと、標準的な抗癌剤である「ドセタキセル」の効果を比較した試験では、 2007年に次のような結果が報告されています。

  • 日本で行われた臨床試験では、ドセタキセルと同程度の延命効果は実証されなかった(第Ⅲ相臨床試験Ⅴ15-32)。
  • 欧米で行われた臨床試験では、同程度の延命効果が実証された(第Ⅲ相臨床試験INTEREST)。

また、エルロチニブについては、2007年に以下のことが報告されています。

  • エルロチニブを使った場合、使わなかった場合に比べて約2ヶ月の延命効果があった(大規模臨床試験TRUST)。

ゲフィニチブに関する試験結果は、日本と欧米で分かれていますが、日本の医療現場からは、 一部の患者さんに目立った効果が現れたという報告も少なくありません。

●分子標的薬の重大な副作用

ゲフィチニブやエルロチニブには、従来の抗癌剤で一般に起こるような副作用は少ない一方、 間質性肺炎や急性肺障害など、生命に関わる重大な副作用が起こることがあります。 日本では、ゲフィニチブを服用した人の4%に起こり、1.6%が死亡したというデータがあります。 これらの重大な副作用は「肺線維症がある」「喫煙歴がある」「体力が低下している」などの場合に起こりやすいことが わかっています。エルロチニブについては、副作用を防ぐために、次のような対策が講じられています。

  • 処方を受けた患者には、注意事項や緊急連絡先などを記載した「治療確認シート」が医療機関から渡され、 薬局ではこのシートを提示した人だけに薬を渡す。
  • 医師や医療機関には、症状や緊急時の対策などにおける適正な基準が求められる。
  • エルロチニブを使用した全ての患者の副作用の調査を行う。

●分子標的薬の効果が出やすいタイプ

これまでの調査では、「EGFRに変異がある」「喫煙歴がない」「女性」「東アジアの人」「腺癌」などに該当する場合は、 肺癌の分子標的薬の効果が出やすいとされています。これらの項目の中でも特に注目されるのがEGFRの変異です。 EGFRの変異は、癌が増殖する過程で重大な役割を果たしていることがわかっています。 変異によりEGFRが活性化されると、”細胞を増やせ”という信号が常に癌細胞の核に送られ、 癌細胞の増殖がいっそう促進されます。 分子標的薬には、この信号を遮断する作用があります。 そのため、この変異がある場合には、分子標的薬の効果が現れやすいと考えられています。 実際、EGFRに変異がある場合とない場合で、ゲフィチニブの効果を比較した調査では、 変異がある場合は77%の人で肺癌が縮小したのに対し、変異がない場合、縮小した人の割合は12%にとどまりました。 EGFRの変異は、前記の「喫煙歴がない」「女性」「東アジアの人」「腺癌」などに該当する人に比較的多いとされています。 EGFRに変異があるかどうかは、遺伝子を調べることでわかります。 この検査には健康保険が適用されますが、検査には検体が必要です。 希望する場合には、病理学的に癌細胞を調べたときの検体があるかどうかなどの点を、担当医に相談してください。