アルコール依存症の専門治療と周囲の理解

アルコール依存症』は、飲酒をコントロールできなくなる病気です。 アルコール依存症の患者さんは、断酒が必須。飲酒を続ければ、心身ともに深く傷つき、寿命さえ短くなります。 家族は、アルコール依存症がどのような病気かを正しく知り、患者さんに適切に対応することが、治療の第一歩につながります。


■治療の基本

飲酒量を減らすのではなく、生涯、断酒を続ける

『アルコール依存症』の治療の基本は、「断酒」です。一旦アルコール依存症になると、 適度な飲み方ができなくなり、命に関わることもあるので、生涯にわたって断酒を続ける必要があります。 20年間断酒していたにもかかわらず、飲み始めたら、数日で泥酔するまで飲み、元の状態に戻ってしまったという患者さんもいます。 このように、どんなに長期間断酒を続けても、飲酒を再開すれば短期間で元の飲み方に戻ってしまうのがアルコール依存症の特徴です。 これを「再発準備性」と呼びます。再発準備性の詳しい仕組みは解明されていませんが、 飲酒への強い欲求や飲酒習慣に関する記憶が、いつまでも脳に残り続けるためではないかと考えられています。

●専門治療を受け、断酒する

患者さんにとって、一人で断酒し、それを継続することは、容易なことではありません。専門治療を受けることが必要です。 専門治療は、アルコール依存症の専門の医療機関(精神科あるいは内科)に入院して受けます。 一般的な入院期間は2~3か月間で、退院後もしばらくの間は通院します。最近では、最初から通院して治療を受ける場合も 増えています。専門の医療機関は全国に300ヶ所ほどあります。どこで治療を受けられるかがわからない時は、 地域の精神保健福祉センターや保健所に問い合わせて、通院に便利な医療機関を選ぶようにします。 また、患者さんが受診したがらない時は、家族が精神保健福祉センターや保健所に相談するとよいでしょう。


■治療Ⅰ

体の病気の治療と離脱症状への対処

アルコール依存症の専門治療では、最初に、体の治療と、「離脱症状」への対処が行われます。 アルコールの影響で、患者さんは多くの臓器に障害を受けています。心臓や肝臓、脳などの検査を行ったうえで、 必要な治療が行われます。 また、入院して飲酒をやめると、多くの場合、離脱症状が起こります。離脱症状の発症予防や治療には「抗不安薬」 が使われます。また、眠れない時には「睡眠導入薬」が処方されます。食事を摂れない時には、栄養や水分を点滴で 補給します。ビタミン不足が脳の働きに影響していることもあるため、大量のビタミン剤が投与されることもあります。 症状がある程度落ち着いてきたら、「薬物療法」「心理社会的治療」へ進みます。


■治療Ⅱ

薬物療法では「抗菌薬」を使い、「飲めない」という認識を持つ

薬物治療は、断酒を継続するための補助的な治療法で、「抗酒薬」が使われます。 抗酒薬には「ジスルフィラム」「シアナマイド」の2種類があります。 抗酒薬には、アルコールの代謝に関係する酵素の働きを阻害する作用があり、服用すると、体が一時的にお酒を飲めない体質の人と 同様の状態になります。この薬を服用していて、実際に飲酒してしまうと、「吐き気」「動悸」「顔が赤くなる」「呼吸困難」など、 お酒を飲めない体質の人が飲んだ時のような症状が起こります。 患者さんは、抗酒薬を服用することで「私は飲酒できないんだ」と認識します。その認識によって飲酒欲求や飲酒行動が抑えられ、 断酒の継続に役立ちます。いずれは抗酒薬の助けを借りなくても、断酒を継続できるようになる必要があります。 自力で断酒継続ができる期間や、副作用を最小限に抑えることも考慮して、多くの場合、抗酒薬の使用は6ヶ月~1年程度にとどめます。

●アカンプロサート

2013年から使えるようになった薬で、抗酒薬とは違い、中枢神経に作用して飲みたいという欲求そのものを抑える。 抗酒薬の副作用には、肝障害があるため、肝機能をチェックししながら使います。 アカンプロサートに重い副作用はありませんが、比較的起きやすいのが下痢です。 これらの薬物が果たす役割はあくまでも補助的なもので、最も大切なのは、本人の断酒の決意です。


■治療Ⅲ

心理社会的治療の中心は、グループで話し合う集団精神療法

アルコール依存症の根幹となる治療が心理社会的治療です。直接患者さんに対して行われるのが次の3つです。 これらは、薬物治療とほぼ同時、またはその前から開始されます。

▼教育
飲酒が引き起こす問題やアルコール依存症について学びます。

▼個人精神療法
個別に行われるカウンセリングです。治療者と話し合い、回復の方法を見出していきます。

▼集団精神療法
心理社会的治療の中心となる治療です。治療者が1人ついて、数名の患者さんがさまざまな問題について話し合います。 他の患者さんの話を聞いたり、自分について話すことで、これまでの自分を見直し、断酒や回復について考えていきます。

●認知の偏りと認知行動療法

最近では、個人精神療法や集団精神療法に「認知行動療法」が取り入れられるようになってきました。 認知行動療法とは、自分の認知や行動のパターンを見直し、修正していく治療法です。 アルコール依存症の患者さんは、「仕事をしない」「健康を害する」など、飲酒によるさまざまな問題を起こします。 ところが、患者さん自身は、問題があることを認めず、過小評価をします。また、自分の飲酒を正当化して、 自己中心的な考えに陥っており、例えば「自分には飲酒問題はない」「酒を飲むからうまくいく」などと考えています。 患者さんのこのような傾向は、「否認」または「認知の偏り」と呼ばれますが、否認が強いうちは、「断酒しよう」 という意欲は出てきません。そこで、「飲酒でどんな問題を起こしたか」「問題を起こしたのになぜ飲み続けたか」 などについて考えたり、グループで話し合ったりします。その中で自分の認知の偏りに気付くと、「断酒しよう」 という意欲がわいてきます。気持ちが断酒へと向いてきたら、例えば「再び家族と暮らしたい」など、断酒をする目的や、 飲酒を防ぐ方法などを考えます。このような認知行動療法を通じて、患者さんの断酒への意欲が高まり、断酒の継続が可能になります。


■周囲のサポート

家族や仲間の支えで断酒を継続する

●家族療法

心理社会的治療には、家族に対する治療プログラムがあり、患者さんの入院中に家族が治療を受けることができます。 家族は多くの場合、患者さんから「私が飲むのはあなたが悪いからだ」「職場に欠勤の連絡を入れてくれ」などと言われ、 患者さんの飲酒の問題に巻き込まれて、疲れ切っています。 また、「問題の後始末をしなくては」「私が世話をしなければ」など、家族の善意の行動や思い込みが、 患者さんを飲酒へ向かわせていることもあります。そこで、家族もアルコール依存症について理解し、 患者さんと密着しすぎない関係を作ることを学んでいます。また、再飲酒してしまいそうな時の対応方法など、 さまざまな心配や悩みについてアドバイスを受けるようにします。 家族が、飲酒の問題とは距離を置きつつ、患者さんが主体的に断酒できるように励ましたり支えたりすることが、 患者さんの回復に役立ちます。

●自助グループへの橋渡し

「自助グループ」とは、励ましあって断酒を続けるために、患者さんたちが運営する組織です。 日本には、「断酒会」や「AA」などの自助グループが地域ごとにあります。 患者さんや家族は例会やミーティングなどに参加し、自分の体験談を語ったり、人の体験談を聞いたりします。 同様の問題を抱える仲間ができ、仲間が断酒の継続の支えとなります。
自助グループへ橋渡しすることも、心理社会的治療の一つです。 医療機関では機会を設けて、患者さんに自助グループのメンバーの話を聞いてもらったり、 実際の集まりに参加してもらったりして、退院後に患者さんが自発的に自助グループに参加できるようにします。