アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチド
アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチド」は、食品中に含まれる血圧低下作用を示す物質として、 特定保健用食品に用いられています。現在においてもさまざまな食品に広く分布しており、 今後も研究が進むにつれて、新たな食品にその成分が発見されるようです。
■はじめに
『アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチド』は、 「血圧が高めの方の食品」として厚生労働省が許可している特定保健用食品の関与成分の一つとして、 その名称をよく耳にするようになりました。 これらを用いたトクホも定番商品として定着してきた感があります。 ここでは、アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドについて述べようと思いますが、 アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドの機能を説明する前に、まず、アンジオテンシン変換酵素が関与する 生体の血圧上昇機構である「レニン-アンジオテンシン-アルドテロン系」についての説明をしたいと思います。
血圧は、心拍出量と抹消血管における血流に対する抵抗性によって生じます。 健康な体では、何らかの影響により心拍出量が増加しても、抹消血管を弛緩させることにより血管抵抗を低下させ、 血圧を一定に保とうとする働きがあります。本態性高血圧という症状は、この心拍出量と抹消血管抵抗の調節機構が乱れて、 正常な血圧コントロールがうまくいかない状態と考えられます。 レニン-アンジオテンシン-アルドテロン系も、血液量の保持と血圧を上げる働きにより血液の循環を正常に保とうとする 生体調節機構の一つです。腎臓の糸球体に流れ込む動脈の壁には傍糸球体装置と呼ばれる組織があり、血圧を感知して、 「レニン」と呼ばれる物質を分泌します。血圧が低下するとレニンの分泌量は増加し、上昇すれば分泌量は低下します。 しかし、レニンそのものには血圧を上げる作用はありません。レニンは肝臓で合成され血中へ放出される アンジオテンシノーゲンに作用し、アンジオテンシンⅠを遊離させます。 アンジオテンシンⅠは、血管内皮細胞膜にあるアンジオテンシン変換酵素(ACEと略されることもあります)により アンジオテンシンⅡに変換されます。アンジオテンシンⅡは強力な血管収縮作用があり、血圧を上昇させます。 また同時に、アンジオテンシンⅡは副腎にも作用してアルドステロンの生成ならびに分泌を促進させ、 これによって腎臓でのナトリウムの再吸収が高まり、血圧を上昇させます。
食塩の過剰摂取は、食塩に含まれるナトリウムが水分と一緒に吸収され、細胞外液を増加させることによる血流量の増加が 原因で血圧上昇を招き、交換神経活動の亢進はレニン分泌量の増加を招きます。 また、腎動脈の硬化により傍糸球体装置の血圧感知能の低下など、さまざまな要因によって レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の正常なコントロールが難しくなり、本態性高血圧の症状を悪化させます。 アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドは、アンジオテンシン変換酵素によるアンジオテンシンⅠから アンジオテンシンⅡへの変換を阻害する作用を持つペプチドで、強い血圧上昇作用を持つアンジオテンシンⅡの 生成を抑えることにより血圧を低下させます。
■アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドの構造と食品での分布
アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドの特徴は、変換酵素の基質でポリペプチドであるアンジオテンシンⅠの作用部位と、 類似の立体構造もしくは類似のアミノ酸配列を持つということにあります。 構造としては、比較的長いアミノ酸配列のものもありますが、特定保健用食品の関与成分となっているものは、 トリペプチドなど配列が比較的短いものが多く、阻害作用の本体が、むしろオリゴペプチドなどの構造をとっていることが 推察できます。従来、たんぱく質やペプチドは、消化酵素の作用によりアミノ酸まで消化されないと吸収されないものと 考えられていましたが、最近になり、アミノ酸までに分解されなくともジペプチドやトリペプチドなどは 小腸粘膜上に存在するペプチドトランスポーターによって吸収を受けることが明確になってきました。 アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドもこれらの消化吸収機構によって吸収を受けた後、一部は循環血流中に到達して 機能を発揮しているものと考えられます。
アンジオテンシン変換酵素阻害ペプチドは、比較的アミノ酸配列が短いペプチドですので、同じようなペプチド配列は、 たんぱく質を含んだ食品に広く分布しているものと考えられます。発酵乳をはじめとする発酵食品は、微生物の作用により、 たんぱく質の一部がペプチド体にまで分解を受け、さまざまな配列のペプチドが多く見られます。 比較的初期から開発されている「血圧の高めの方に適する食品」を標榜する特定保健用食品が、 発酵乳や鰹節などの発酵食品を原料として利用していることもうなずけます。 現在、特定保健用食品として開発されたもの、食品中にその存在が認められるものについては発酵乳などの乳製品、 かつお、いわしなどの魚介類、豚、鶏などの蓄肉類、ごま、小麦、大麦、米(酒粕)、大豆などの植物製品、 のり、ひじきなどの海藻類といったように広く分布しており、今後も研究の進展により新たな原料食品の発見が 続くものと考えられます。