乳癌の治療
「乳房再建」「センチネルリンパ節生検」「術後の放射線治療」など、乳がん治療は進歩しています。 「乳がんの手術も進歩しており、傷痕の目立たない手術や自然な形の乳房を再建する手術なども可能になってきました。 手術後の放射線治療にも新たな方法が登場しています。 年齢や乳房の状態、遺伝子なども考慮して、自分に合った検査を受け、早期発見に努めましょう。
■乳がんの手術
乳房を温存する手術と切除する手術がある
『乳がん』の手術には、乳房を部分的に切除する「乳房温存術」と、乳房をすべて切除する「乳房切除術」があります。 乳房切除術を受けた場合は、乳房の再建が可能です。以前は温存術を希望する患者さんが多かったのですが、再建の技術が進み、 健康保険の適用範囲が広がったことなどから、2014年になると、患者さんの手術に対する考え方に変化が見られるようになりました。 乳房の大きさなどによっては、温存手術を受けても、乳房の形が損なわれることもあります。 温存を希望するあまり、局所の再発リスクを高めたり、左右の乳房がアンバランスになるよりは、再発リスクも少なく、美容にもよいという理由で、 切除と再建を選択する患者さんも増加しています。乳房の再建には、用いる素材によって、 自家組織、あるいはインプラントを使う方法があります。
●大きく分けて2つの方法がある
手術には、「乳房温存手術」と「乳房切除術」の2つの方法があります。
- ▼乳房温存術
- がんを周囲の乳腺と共に切除する手術です。乳房の一部分だけを切除するので、自分の乳房を残すことができます。 乳房温存手術を行うことができるのは、がんを完全に切除したうえで、乳房の変形が少ない状態で残せると判断された場合です。 ただし、がんが大きい場合でも、手術前に薬物療法を行ってがんを縮小した場合は、乳房温存手術を行えることもあります。 手術後は原則として放射線治療を行います。手術の傷痕は、がんの位置や大きさによって異なります。 乳房のたわみや乳輪で隠れる位置を切開して、傷痕が目立たないようにする方法が行われることもあります。
- ▼乳房切除術
- がんのある側の乳房をすべて切除する手術です。一つの乳房に複数のがんができている場合や、がんを取り切ろうとすると乳房の変形が大きい場合に、 乳房切除術が行われます。
これまでは、自分の乳房をできるだけ残したいという患者さんが多かったのですが、保険適用で乳房再建ができるようになったため、 乳房切除術を選択する人も少なくありません。 また、遺伝性乳がんの患者さんは、温存した乳房にがんが再発する可能性が高いため、リスクを減らすために乳房切除術を行うことが多くあります。
●腋窩リンパ節を切除することも
乳がんの手術では、わきの下のリンパ節(腋窩リンパ節)を切除することもあります。 腋窩リンパ節の切除を行うと、わきのへこみや感覚異常、腕のむくみといった後遺症が現れることがあります。 切除するかどうかは、乳房内のがん細胞を含むリンパ液が最初に流れ着くリンパ節(センチネルリンパ節)を手術中に調べる「センチネルリンパ節生検」 を行って決められます。センチネルリンパ節にがん細胞が見つかれば、腋窩リンパ節を切除します。 一方、がん細胞が見つからなかった場合には、他のリンパ節への転移がないと判断できることから、腋窩リンパ節の切除は行いません。 最近の研究では、腋窩リンパ節への転移があっても、転移が2ヵ所以内なら乳房温存術を行い、手術後に放射線治療と薬物治療を行えば、 腋窩リンパ節を切除しなくても生存率や再発率に差がないことがわかってきました。
■乳房再建術
自家組織を使った再建と、インプラントを使った再建がある
乳房切除術を行った場合、乳房再建術を受けることができます。方法は、自家組織による再建とインプラント(人工乳房)を使った再建の2つがあります。 2013年にインプラントによる再建の一部が保険適用になったことから、乳房切除術を選択して、インプラントによる乳房再建術を受ける患者さんが増えています。
●自家組織を使った再建
自分のおなかや背中の皮膚、脂肪、筋肉、血管などの組織を切り取り、胸に移植する方法で、軟らかく温かい、自然な形の乳房を作ることができます。 痩せたり太ったりしたときや、加齢によって健常な側の乳房が下垂したときには、再建した側の乳房や大きさも健常な側と同じように変化します。 手術後は、原則として、メンテナンスの必要がありません。 デメリットとしては、移植する組織を切り取るときに新たな傷ができること、手術時間や入院期間が比較的長くなることが挙げられます。 また、腹筋の一部や神経を切ると、手術後しばらくはおなかに力が入らなかったり、痛みが出るなどの身体的な負担があります。 最近、筋肉は残し、皮膚、脂肪、血管のみを切り取って移植するDIEP法が可能になりました。 筋肉から血管を外す作業には高度な技術が要求され、手術時間も長くなりますが、身体的な負担は小さくなります。
●インプラントを使った再建
インプラントと呼ばれるシリコン製の人工物を挿入し、胸のふくらみを作る方法です。 大きさや形の異なる200種類以上のインプラントがあり、その中から、患者さんの乳房の形や大きさにあったインプラントを選びます。 手術直後は、胸の皮膚にインプラントを挿入するゆとりがないため、エキスパンダーという器具を大胸筋の下に挿入し、そこに生理食塩水を注入して、 半年ほどかけてゆっくり皮膚を伸ばしていきます。皮膚が十分に伸びたところで、エキスパンダーを取り出し、インプラントを挿入します。 まれに、乳房切除術のすぐ後にインプラントを挿入することもありますが、主流はエキスパンダーを入れるときと、 後日、インプラントに入れ換えるときの2回、手術を行います。 インプラントを使う方法は、自家組織を使う方法に比べて、1回あたりの手術時間や入院期間が短くて済み、おなかなどの組織を切る必要がないので、 身体的な負担が小さいというメリットがあります。 デメリットとしては、再建までに半年から1年という長い時間がかかること、複数回の手術が必要になることです。 また、インプラントは永久的なものではなく、10~20年たてば、新しいものに交換する必要があることもあります。
最近では、乳房切除術を選択した場合でも、手術前にMRI(磁気共鳴画像)検査でがんの位置を確認し、乳頭、乳輪と十分に離れていることがわかれば、 自家組織でもインプラントでも自分の乳房の皮膚や乳頭、乳輪を残すことが可能です。これによって、より自然に近い乳房を再建することができます。 ただし、乳頭を残す場合、がんの再発リスクがわずかに上がります。 この手術は、認定を受けている形成外科医と連携して手術を行うことができる施設で可能です。 希望する場合は担当医に相談してください。
■乳房手術後の放射線治療
取り残したがん細胞を死滅させ、再発を予防する
乳癌の手術後は、放射線治療法が必要になることがあります。放射線療法は、取り残した可能性のあるがん細胞を死滅させるためと、 再発予防のために行われます。対象となるのは、乳房温存術を受けた患者さん全員と、乳房切除術を受けた患者さんのうち、 腋窩リンパ節への転移が4個以上あった人やしこりが5cm以上と大きかった人です。 放射線治療の標準治療では、外来で、5日間照射を受けて2日休む、というサイクルを5週間続けます。 最近では、患者さんの通院の負担を減らすための新たな方法が普及しつつあります。 一つは、1回の放射線量を増やしてほぼ3週間で終える短期照射です。 もう一つは、体の内側から直接組織に放射線を当てる組織内照射です。 朝晩2回の照射を5日間、計10回の照射で終えるものもあります。
●再建のタイミング
乳房切除と同時に再建する方法(同時再建)と、手術後しばらくしてから再建する方法(二期再建)があります。 同時再建は、手術の回数が1回で済み、麻酔から覚めた時に、乳房を失ったという喪失感を体験せずに済むメリットがあるため、希望する人が増えています。 一方、まずは乳癌の治療に専念し、一定期間たってから二期再建を行うケースもあります。 手術の回数や費用は増えますが、じっくりと再建手術について考えたり、情報を集める時間があります。 また、乳癌の手術とは別の医療機関で、再建手術を受けることもできます。
◆遺伝子と手術
「遺伝性乳癌」の手術では、温存術を行うと再発リスクが高くなるため、通常なら温存術が可能な場合でも、一般に切除・再建が選択されます。 欧米では、乳癌のある側を手術した後、健常な側の乳房も予防的に切除して再建したり、乳癌を発症する前に、「遺伝子検査」を受け、 リスクがある場合には予防切除を受けることがあります。予防切除については、これまで日本では健康保険の適用もなく、 一般的ではありませんでしたが、今後は選択肢に加わると考えられます。
●医師とよく相談して治療法を決める
乳癌の手術と乳房再建には、多くの選択肢があります。乳癌の状態によってできるものとできないものがありますが、 その後の生活のことも考えて、医師とよく相談して治療法を決めましょう。
■再発した乳癌の治療
局所再発か遠隔転移化により治療方針が異なる
再発したときの治療は、局所再発か遠隔転移化によって方針が異なります。
●局所再発
局所再発の場合は、最初に発症した乳癌の治療と同様に、治癒を目指します。具体的には、癌を手術で切除し、必要に応じて薬物療法や放射線療法を追加します。 乳房温存術を行った部位の近くに発症したり、反対側の乳房に新たに癌ができた場合には、早めに適切な治療を行うことで治癒を目指します。 早期発見のためにも、年に1回のマンモグラフィ検査と定期的な診察を欠かさず受けてください。
●遠隔転移
遠隔転移の場合は、画像検査で確認できた癌だけでなく、体のどこかに癌細胞が潜んでいる可能性がありますが、 現在の治療法では、全身のすべての癌細胞を見つけて死滅させることは困難です。 したがって、癌の治療を目指すのではなく、癌と共存していくための治療が行われます。 具体的には、薬物療法を中心に、癌の進行を抑え、痛みなどの症状を緩和しながら、生活の質を保つ治療を続けていきます。 治療が難しいとはいえ、”遠隔転移”=”死”と思い込まないことが大切です。 治療によって進行を抑えながら癌と共存することが可能になってきています。 局所再発の場合も遠隔転移の場合も、再発を見逃さないために、体調の変化などがあれば、担当医に相談をして、適切な検査を受けるようにしてください。
●再発の場合もタイプ別に薬が異なる
乳癌の薬物療法は、乳癌のタイプによって効果的な薬が異なります。局所再発の場合は、最初に発症した乳癌と同様の薬の使い方をしますが、 遠隔転移の場合は使い方が異なるものもあります。遠隔転移した乳癌の治療方針は、癌と共存し、できる限り長期間、薬を使っていくことになります。 しかし、同じ薬を長く使っていると効かなくなってくることがあるため、別の薬に切り替えていきます。 例えば、エストロゲンによって増殖するタイプの癌に対しては、まずホルモン剤を使い、効果が現れなくなったら、抗癌剤などに切り替えます。 ルミナルHER2では分子標的治療薬と抗癌剤が使われます。ただし、HER2陽性とトリプルネガティブでは、最初に発症した癌と同じ治療薬が使われます。 近年では、再発性の乳癌に効果が期待される薬が開発されたり、再発のリスクを調べる検査もあり、治療の選択肢は広がってきています。 癌と共存しながら、長い間、生活の質を保っている患者さんも多くいます。 不安なことがあれば担当医に相談しながら、最適な治療法を考えていきましょう。
【再発性の乳癌に効果が期待される”CDK4/6阻害薬】
再発性の乳癌に効果が期待される分子標的薬が、現在(2017.6)、国内での製造販売の申請を行っており、今後日本での使用も期待されています。
エストロゲンによって増殖するタイプの乳癌で、初めての再発時や、初回のホルモン剤が効かなくなった人が対象です。
抗癌剤に比べると副作用が少ないことが特徴で、白血球の減少や疲労感が現れることはありますが、
抗癌剤に比べ、髪の毛が抜けることも少なく、内服薬なので、抗癌剤のように通院して点滴する必要はありません。
【再発のリスクを知ることができる”多重遺伝子検査”とは?】
「多重遺伝子検査」は、手術の際に採取した癌組織から、遺伝子レベルで、癌のタイプをより正確に分類したり、
10年以内に乳癌が再発する可能性などを調べる検査です。
再発する可能性が高ければ抗癌剤治療の必要性も高く、再発する危険性が低ければ抗癌剤治療の必要性が低いことがわかっています。
検査の結果、再発の可能性が低いことがわかれば安心でき、不要な抗癌剤治療は受けずに済みます。
再発の可能性が高い場合でも、納得して抗癌剤治療を受けることができます。
検査費用は、今ところ(2017.8)まだ保険が適用されていないため、自己負担で30~50万円ほどかかります。