良性健忘と認知症(ボケ)との違い
【認知症度チェック】
「物忘れ」は、誰にでも起こる老化現象ですが、物忘れの内容によっては「認知症」が疑われる場合もあります。 「物忘れ」の内容が「良性健忘」か「認知症(ボケ)」かをチェックして見分け、 認知症が疑われる場合には早めに受診した方がよいでしょう。
■物忘れの自覚がない場合は認知症の疑い大
加齢による物忘れ(良性健忘)と認知症による物忘れの最大の違いは、物忘れを自覚しているかどうかです。 認知症による物忘れは、忘れていること自体を忘れてしまうのが大きな特徴です。 例えば、昨日の食事で何を食べたのか思い出せないのが良性健忘、食事をしたこと自体を忘れてしまうのが認知症による物忘れです。 また、人の名前をとっさに思い出せなかったり、鍵の置き場所を忘れたりしても、時間が経つと思い出す場合は良性健忘です。 一方、認知症になると、記憶力の衰えに対する自覚が失われてしまいます。 特に最近の出来事の記憶が失われ、「置いてあったはずのお金がなくなった」「そんな約束をした覚えはない」 などと言い張ったりするようになり、周囲とのトラブルも多発します。
良性健忘は、脳の働きが加齢によって徐々に低下し、記憶がうまく再生されないために起こります。 一方、認知症、なかでもアルツハイマー病の場合は、 脳に140億個以上あるといわれる神経細胞がどんどん壊れて減少し、脳そのものも萎縮することで起こります。 その結果、記憶力・思考力・判断力・学習能力など脳のさまざまな機能が失われていくのです。 アルツハイマー病は、ある日突然、発病する病気ではなく、脳の機能が徐々に失われていき、症状の出方も段階を追って重症化します。 そうなると、アルツハイマー病に特有の中核症状と随伴症状が現れ始めます。
中核症状とは、アルツハイマー病に必ず現れる症状で、記銘力(物事を覚える能力)障害、記憶力障害、 見当識(時・場所・人物の見当をつける能力)障害などがあります。 随伴症状とは、中核症状に伴って現れる症状で、症状の有無や出方に個人差があります。 例えば、鬱状態・意欲の減退・情緒障害・不安・焦燥・発語減少・妄想・幻覚・徘徊などの異常行動があります。 こうしたアルツハイマー病の進行は通常、三つの段階(忘却期・混乱期・臥床期)に分けられ、 忘却期から臥床期まで進行するには、通常7~8年かかります。 そのため、なるべく忘却期の早い段階で認知症の治療と共に、認知症の危険要因になる生活習慣病の治療を受ければ、 進行にある程度ブレーキをかけることができます(→アルツハイマー病と生活習慣病)。 ただし、混乱期まで進行してしまうと、アリセプトなどの治療薬を用いても症状を抑えることは困難です。 そのため、日頃の行動に少しでも異常な行動が見られたら、まずはアルツハイマー病を疑ってみる必要があるでしょう。
■良性健忘と認知症の見分けをチェック①
まず最初に、下記のチェックリストの「15の質問」に答えてみてください。 下記の質問は、すべて、現代人が仕事や日常生活などで経験するさまざまな物忘れのパターンを示したものです。
(1)人と話をしている途中で何を話していたかを忘れる
(2)前月のカレンダーなのに気づかずに見ている
(前に、自分がメモをしておいた日もあるのに忘れていて気付かない)
(3)仕事の相手先に送るファックスについて、送信したか送信していないかを思い出せない。
(4)自分が部屋の電気を消し忘れたのに、人のせいだと思う。
(5)昼食のときにどんなおかずを食べたのか思い出せない。
(6)昼食をすでに食べ終わっているのに、食べたこと自体をまるで思い出せない。
(7)急な打ち合わせが入ったため、自宅へ留守番電話を入れたかどうかを忘れている。
(8)怒っている途中で、何について怒っていたのかを忘れることがしばしばある。
(9)洗濯物をクリーニング店に頼んだが、どの店だったのかをどうしても思い出せない。
(10)前にも買ったことがあるのに、また同じものを買う。
(11)名刺交換した1分後には、相手の名前を忘れている。
(12)予定を忘れるので、手帳を頻繁に見返さなければならない。
(13)予定を忘れ、その予定を手帳に書き込んだことも忘れるので、重要な会議を欠席することがある。
(14)財布や鍵を忘れて出かけることが多くなった。
(15)行きなれた道のはずが、行き方を思い出せない。
■食べたこと自体を忘れるのは危険
今、中高年から若い世代の人たちまで、最も心配されている脳の病気といえば、「認知症」ではないでしょうか。 人は誰しも年を取るとともに、物忘れが多くなってきます。 そうなると、自分の物忘れが単なる加齢によるものか(良性健忘)、 それとも、アルツハイマー型などの認知症によるものなのか、と不安に思っている人も多いことと思います。 実は、上記の質問中、(4、6、7、10、13、15)の6つの項目にチェックをつけた人は、認知症が疑われます。 他の項目に関してはどうかというと、誰にでも起こる加齢による物忘れ(良性健忘)なので、認知症の心配はまずありません。
では、その違いは何処にあるのでしょうか。
まず、大きな違いとして挙げられるのは、良性健忘は、体験したことの一部を忘れるのに対して、認知症の場合は、体験のすべてを忘れてしまうこと。
最もわかりやすい(5)の「昼食のときにどんなおかずを食べたのか思い出せない」と
(6)の「昼食をすでに食べ終わっているのに、食べたこと自体を思い出せない」を例にとって説明しましょう。
食事で何を食べたのかを忘れることは、健康な人でもよくあること(したがって、(5)は心配の要らない物忘れということになります)。
しかし、食べたこと自体を忘れる場合は、認知症が疑われるのです(つまり、(6)はボケの前触れということになります)。
次に、良性健忘によって起こる物忘れは、「知っていても思い出せない」だけのことが多いため、別の機会にひょっこりと思い出すことができます。 しかし、認知症による物忘れは、自覚がなく、思い出せない部分に作り話が混じったり、人のせいにしたりするようになります。 例えば、(4)の「自分が部屋の電気を消し忘れたのに人のせいだと思う」に関しては、事情はやや深刻です。 電気の消し忘れは、年齢に関係なく、健康な人でもたまにはあるでしょう。 ところが、「電気はついていた」「今はついていない」の間の、「自分が消し忘れた」が抜けて「誰かのせいだ」と思うようなら、それが問題です。 この場合、人に「あなたが消し忘れたのでしょう」と指摘されて、「ああ、そうだった」と思い出すようなら大丈夫。認知症ではありません。 ただし、同様のことがしょっちゅうあるようなら、認知症の恐れがあります(思い出せない上に人のせいにするようなら、ボケの前触れと考えられます)。
さらに、仕事などで時間に追われていると、いろいろな物忘れが多くなります。
(3)の「仕事の相手先に送るファックスについて、送信したか送信していないかを思い出せない」も、それほど心配ありません。
日々同じことを繰り返していると、記憶があいまいになり、つい忘れてしまうからと考えられます。
(7)の「急な打ち合わせが入ったため、自宅へ留守電を入れたかどうかを忘れている」場合は、
意識して電話で話すという行為をしているのに、そのこと自体をすっかり忘れてしまうことが問題です。
しかし、後で留守電を入れたことを思い出すようなら、まだ認知症ではないと考えていいでしょう。
■日付・曜日などがあいまいな初期症状
(1)の「人と話している途中で何を話していたかを忘れる」と(8)の「怒っている途中で何について怒っていたのかを忘れることがしばしばある」は、 話す、怒るという行為の最中に他の事を考えたり、興奮しすぎたりして思考が混乱しているだけで、認知症ではありません。 (2)の「前月のカレンダーなのに気づかずに見ている」と(12)の「予定を忘れるので、手帳を頻繁にチェックしなければならない」は、 一見、認知症のようですが、そうではありません。 カレンダーやスケジュール帳にメモするのはその人にとって情報量が多すぎるため、書くことで忘れることを避けようとする動作。 書いた時点で忘れてしまっても問題はなく、書いたこと自体が記憶にあれば、いいのです。 一方、(13)の「予定を忘れ、その予定を手帳に書き込んだことも忘れるので、重要な会議を欠席することがある」のように、 予定表に書き込んだこと自体を忘れるのは、認知症が疑われます。 さらに、日付や時間、曜日の感覚があいまいになり、人と会う約束や日時を忘れるようになれば、認知症の初期症状です。
(9)の「洗濯物をクリーニング店に頼んだが、どの店だったかどうしても思い出せない」については、 程度しだいですが、店でもらった預り証やクリーニングした現物を見て思い出せれば、単なる物忘れと考えていいでしょう。 (10)の「前にも買ったことがあるのに、また同じものを買う」については、本や食料品などでよくあること。 本を数ページ読んでからやっと、前に同じものを読んだことに気づく場合もあるでしょう。 また、何度も同じ食料品を買い込むのは、年配の女性に多く見られます。 どちらも程度問題ですが、あまり頻繁に起こるようなら、認知症の前触れとも考えられます。
(11)の「名刺を交換した1分後には、相手の名前を忘れてしまう」のは、よくある記憶障害です。 名前(言葉)と顔(画像)は、脳内で処理される領域が異なるため、これがうまく合致してファイル(記憶)されないことがあるのです。 これも後で思い出せるようなら問題ありません。 (14)の「財布や鍵を忘れて出かけることが多くなった」は、典型的な加齢による物忘れ・置き忘れです。 若いときでも時間に追われてつい、ということもあるでしょうが、年とともにこうしたケースが増えてくるのは誰にもあることです。 認知症の心配はまずないといっていいでしょう。
(15)の「行きなれた道のはずが、行き方を思い出せない」は、認知症の前触れ、あるいは初期症状と考えられます。 つまり、方向感覚が鈍くなり、慣れている道の運転中に迷ったり、車線の変更がうまくできなかったりするのです。 こうした症状が進むと、自分が何処にいるのかわからなくなったり、電車に乗っていて目的地を忘れたりします。 さらには、徘徊(歩き回ること)などの問題行動へと発展すれば、中等度の認知症と診断されます。
そのほか、認知症の初期症状としては
「新しいことが覚えられない」
「料理の手順を忘れる。味付けも奇妙になる。」
「同じようなおかずばかり作る」
「冷蔵庫に自分の好きなものばかりがたまる。」
「意欲が低下する」
「出かけるのが億劫になる」
「自己顕示欲が低下し、化粧や着るものに興味がなくなる」
「おどおどした自身のない態度になる」
「同じことを何度も言う(会話の中で、本人は初めて言っているつもりで、同じことを繰り返し言う。)」
「言葉の意味がわからなくなる(例えば、「お茶を入れて」と言ったら「カーテンを閉めた」など言葉の意味とそれに対応する行動との対応関係がわからなくなる。)
といった症状があらわれたら良性健忘ではなく認知症の疑いがあります。
さらに、
「自分の年齢がわからない」
「身近な人の人間関係がわからない」
といった症状がでたら、認知症がかなり進行していると考えられます。
●良性健忘と認知症(ボケ)との違いの目安
良性健忘と認知症(ボケ)との違いのおおよその目安は以下のようなものです。
良性健忘(老化に伴う物忘れ) | 認知症による物忘れ |
・体験したことの一部を忘れる ・大きく進行することはない ・判断力の低下は起こらない ・忘れやすいことを自覚している ・日常生活にほぼ差し支えない |
・体験したこと全体を忘れる ・だんだん進行する ・判断力の低下が加わる ・忘れたことを自覚しなくなる ・日常生活に支障をきたす |
■認知症度チェック②
本人または家族がチェックします。
- 今日の日付や曜日がわからないことがよくある。
- 自分の住所や電話番号を忘れしまうことがある。
- 何度も同じことを言ったり、聞いたりする。
- 買い物でお金を払おうとして、計算できないことがある。
- 身近なものの名前が出てこないことがある。
- 慣れた道で迷ってしまうことがある。
- 置き忘れ、しまい忘れが多くなった。
- 些細なことで怒りっぽくなった。
- ガスの火の消し忘れなど、火の始末ができなくなった。
- 今まで使っていた家電を使いこなせなくなった。
- 本の内容やテレビドラマの筋がわからないことがある。
- 財布や時計などを盗まれたと思うことがよくある。
- 会話の中で言いたいことを忘れることがある。
- だらしなくなった。
- 体の具合が悪いわけでもないのに、何もやる気がしない。
6項目以上に「心当たりがある」場合は、専門医に相談した方がよいでしょう。
■生活の改善がボケない秘訣
最後にもう一度、認知症と良性健忘(加齢による物忘れ)の違いについてまとめておきましょう。
この2つの最も大きな違いは、一口で言えば、認知症では日常生活に支障があり、良性健忘ではほぼ支障がないことです。
ただ、良性健忘にしては程度が重いものの、日常生活には支障がない場合があります。
これを「軽度認知障害」といい、その一部の人は後にアルツハイマーに進行します。
上記の物忘れの質問項目で、認知症の心配が出てきた人は、MRI(磁気共鳴断層撮影)やMRA(磁気共鳴血管造影)、
CT(コンピュータ断層撮影)などの画像検査や、血液検査、認知症のテストなどを総合的に行う
「物忘れ外来」「認知症疾患センター」などを受診することをお勧めします。
最近では、認知症も初期の段階で発症の可能性を見極め、進行を抑える治療を始めることが大切だと考えられるようになっています。
心配な人は、迷わず専門医を受診しましょう。
また、認知症の心配がないとわかった人も、老後に備えて生活習慣に注意し、全身の血流を促すことや、
運動や趣味などをもって意欲的な生活を心がけてください。