生活習慣・生活習慣病と認知症予防
アルツハイマー病をはじめとする高齢者の認知症を予防する1つの方法として、 『生活習慣改善』が最近注目を集めています。 また、認知症になる前の段階で異常を見付け、認知症への移行を防ぐことも重要だと考えられるようになってきました。
■生活習慣の改善や早期発見によって、認知症の進行を予防できる可能性がある
社会の高齢化に伴い、認知症を発症する人が増えています。 認知症患者の増加は世界的な傾向で、日本でも2025年には患者数が300万人を突破すると予測されています。 認知症の原因になる病気はいろいろありますが、最も多いのは アルツハイマー病です。 この病気は、例えば食事をしたことなどの出来事自体を忘れる「病的な物忘れ」から始まり、ゆっくりと進行していきます。 病気が進行するにつれ、多くの面で介護が必要になり、寝たきりになることもあります。 アルツハイマー病の発症には、「加齢」が深く関わっています。 さらに近年では、さまざまな調査により、「生活習慣」や「生活習慣病」もアルツハイマー病と関係していることがわかってきました。 生活習慣との関わりを示す一例として、島根県立大学短期大学の山下一也教授らが、主に高齢者を対象に2004年から進めている調査があります。 その調査では、「食事内容と認知機能との関連」が指摘されています。 また最近、アルツハイマー病を予防するには、その前段階で気付いて、アルツハイマー病に移行するのを食い止める対処が重要だと考えられるようになってきました。 この点に着目し、成果を上げているのが、福岡大学医学部神経内科の山田達夫教授らが取り組んでいる、認知症予防活動「安心院プロジェクト」です。
■アルツハイマー病と生活習慣病
「アルツハイマー病」の背景には 「 高血圧症・ 高血糖症・ 脂質異常症・ メタボリックシンドローム」などの 「生活習慣病」が関係していると考えられています。 高血圧・高血糖・脂質異常症などによって脳血管に動脈硬化が起こると血流が悪くなり、脳に新鮮な酸素や栄養が供給されません。 その結果、大脳白質という線維連絡網が損傷し、これがアルツハイマー病を招く原因になるのです。
●アルツハイマー病
認知症の8割以上がアルツハイマー病
高齢化に伴い、近年急増著しい脳の病気が「認知症」です。 認知症とは、脳の知的機能のうち、まず記憶力が極端に低下し、日常生活が困難になる病気です。 一般に「ボケ」といわれる状態で、徐々に学習能力や思考力、判断力も失われていきます。 認知症は、発病の原因によってさまざまなタイプがありますが、主に「脳血管性認知症」と「アルツハイマー型認知症」に分けられます。 脳血管性認知症は、 脳梗塞や 脳出血 などの脳血管障害によって脳の組織が破壊され、それが原因で発病します。
一方のアルツハイマー病は、現在まで原因が詳しく解明されていませんが、発病の仕組みの一部は明らかになっています。 一つは、脳の大脳皮質の中に老人班と呼ばれるシミができること。 老人班は、βアミロイドと呼ばれるたんぱく質が、脳を構成する神経細胞の外側に蓄積したもので、アルツハイマー病の脳により多く現れます。 もう一つは、別のたんぱく質によって、神経線維という塊が神経細胞の中に蓄積することです。 こうした現象が大脳に起こると、神経細胞が死滅してその部位の機能も失われ、アルツハイマー病を引き起こします。
日本における認知症の発病傾向は、1980年代まで脳血管性とアルツハイマーの割合は、ほぼ6:3で、残りは両者の混合型とそのほかのタイプでした。 ところが、現在では認知症の患者さんのうちアルツハイマーが約8割、脳血管性が2割弱を占め、 しかも最近では、65歳未満の若年性アルツハイマー病が増えていることも見逃せません。 中には40代や50代で発病する例もあり、新たな問題として注目されています。
■アルツハイマー病と生活習慣病の関係
生活習慣病やメタボの人に発病が目立つ
これまで国内外で行われたさまざまな研究によって、アルツハイマー病の背景には「生活習慣病」が関係していると考えられています。 つまり、生活習慣病の患者数に比例して、アルツハイマー病も増加の一途をたどってきたというわけです。 生活習慣病の中でも、とりわけ認知症と深い関係にあるのが「高血圧・高血糖・脂質異常症」などの病気です。 高齢になると老人班や神経原線維の蓄積といった脳の老化と共に、脳血管の動脈硬化も現れます。 脳血管に動脈硬化が起こると血流が悪くなり、脳に新鮮な酸素や栄養が供給されません。 その結果、大脳白質という線維連絡網が損傷し、これがアルツハイマー病を招く原因になるのです。 実際に、日本医科大学の研究では、アルツハイマー病の人の77%に、脳血管障害が確認されました。
高血圧も血管の老化を促しやすい生活習慣病です。 最近の米国における研究では、高血圧の患者さんの多くにアルツハイマー病が確認されると共に、降圧治療薬によって発病を50%も抑制できたそうです。 つまり、アルツハイマー病の予防には、高血圧の治療が重要であると指摘されています。 また、血液中のコレステロールが過剰に増える脂質異常症も脳血管障害を招く危険要因です。 アルツハイマー病を引き起こす老人班や神経原線維の蓄積には、コレステロールの過剰摂取が関係していることも突き止められています。 国内外の調査の結果、糖尿病もアルツハイマー病を招きやすく、その危険度は、糖尿病でない人の約2倍に上ることがわかりました。 これは、インスリン(血糖を調節するホルモン)が大量に分泌されることで、βアミロイドが脳内に増加するためだと考えられています。 さらに、オーストラリアの研究グループの調査によれば、メタボリックシンドロームの人も、 そうでない人に比べてアルツハイマー病の危険度が3.2倍に高まると報告しています。
このようにアルツハイマー病は、生活習慣病による脳血管障害が関与していることは明らかです。 突き詰めれば、「アルツハイマー病は生活習慣病である」と考えられます。
- 【関連項目】
- 『高血圧症』
- 『高血糖症(糖尿病)』
- 『高脂血症・脂質異常症』
- 『高脂肪症(肥満症・メタボリックシンドローム)』
■2つの調査
●島根県立大学短期大学の山下一也教授らの調査
青背の魚の摂取量と認知機能に関連が見られた
調査は島根県の海岸部(平田地区)、中山間部(川本地区)、離島(隠岐諸島の知夫地区)の3地区で、53~90歳の286人を対象に行われました。 2004年、2005年の検診に参加してもらい、個別面接で「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」と「ミニメンタルテスト」で認知機能を測定し、 「自記式食事歴法質問表」で食事の品目や量などを調べました。 2年続けて参加した95人を、1年で改訂長谷川式簡易知能評価スケールの点数が上がった、 つまり、認知機能が改善した群(29人)と、変わらなかった群(47人)、悪化した群(19人)の3つに分け、食事内容を比較しました。
◆認知機能の改善群と悪化群では、魚介類やDHAなどの摂取量に差
1日の魚介類の摂取量を調べると、認知機能が改善した群は悪化群の約1.7倍で、青背の魚などに多く含まれる 「n-3系多価不飽和脂肪酸(EPA・DHAなど)」の摂取量が、悪化群より明らかに多いことがわかりました。 さらに調べると、魚も緑黄色野菜も多く食べている人には、悪化した人が一人もいませんでした。 つまり、魚と野菜を組み合わせて食べることが、認知機能の低下を遅らせることに繋がっているといえます。 また、ドレッシングなどの調味料については、改善群が1日に合計12.2gと、悪化群の2倍近く摂取していました。 調味料の使用は料理の幅を広げます。料理という行為は脳の実行機能と関連しますが、認知症ではこの機能が早期に落ちてきます。 「料理の味が急に変わった」「味が薄くなった」などの変化が、認知症の早期発見のきっかけになる可能性があります。
このほか、アルツハイマー病の危険因子の1つとされるアミノ酸の一種「ホモシステイン」の血中濃度を調べると、 認知機能の改善群では1年後も濃度に変化はありませんでしたが、不変群と悪化群では明らかに濃度が上昇していました。 ホモシステインは、野菜に多く含まれる 「葉酸」 などの摂取不足で増えてくるとされています。 また、緑茶を1日2杯以上飲む人たちは、 飲まない人たちに比べて、認知機能が明らかに高いこともわかりました。
●「安心院プロジェクト」
自分たちで計画し実行することが発症予防に
「安心院プロジェクト」は、大分県安心院町の65歳以上の人を対象に、2003年に始まりました。 まず、地区の公民館に高齢者に集まってもらい、5つの認知機能を調べる「ファイブ・コグ」を実施して、 軽度認知障害の有無を調べました。 軽度認知障害は多くがアルツハイマー病の前の段階とされ、日常生活に支障はないものの、病的な物忘れが目立つ状態を指します。 軽度認知障害と判定されたのは、参加者1251人中64人で、さらに医師の診察、詳細な心理検査、頭部CT、脳血流SPECTなどの検査を受けてもらいました。 すると、脳血流SPECTの画像に、初期のアルツハイマー病に典型的な変化が全員に認められました。 そして、軽度認知障害と判定された人のうちの18人(介入群)の同意を得て、2004年4月、生活作業療法や運動療法などの認知症を予防する活動を開始しました。 「安心院けんこうクラブ」の誕生です。一方、追跡調査や認知症に関する講演会への参加のみに同意した14人を「非介入群」として、調査を引き続き行いました。
◆皆で集まって話し合い、実行する
安心院けんこうクラブの活動は週1回で、午前中は生活作業療法を行い、昼食を作って食べ、 午後は健康運動指導士の指導のもと、 踏み台昇降などの有酸素運動を行います。 作業療法として最初に行ったのは、クラブの活動拠点の整備でした。
「話し合いで活動拠点が必要だということになり、使われていない古い家をリフォームしたんです。 大工さんだった人や電気の配線が得意な人もいて、一人ひとりが知恵を出し合い、廃材を持ってきたり、 引越しをするお宅から畳を持ってきたりして、お金をかけずに作りました。」(杉村さん)
昼食も皆で献立を考え、食材を調達し、手順などを自分たちで考えて、全員で調理します。
「看護師などが1人、見守り役でつきますが、基本的には、お年寄りが家族以外の人と集まり、皆でやりたいことを話し合い、計画を立てて実行し、結果を出す。 このプロセスをクラブでは大事にしています。」(杉村さん)
◆記憶力と言葉の流暢さ、注意力に差が現れた
安心院けんこうクラブの活動開始から1年後、活動に参加した介入群は、非介入群に比べ、 ファイブ・コグの「記憶力」と「言葉の流暢さ」の得点が明らかに上昇していました。 2年後になると、「記憶力」と「言葉の流暢さ」に加え、「注意力」においても、介入群と非介入群で明らかな差が現れました。
脳血流SPECTで調べた脳血流量については、1年後、介入群では血流が低下している部分が縮小し、2年後も1年後とあまり変化はありませんでした。 しかし非介入群では、1年後に血流が低下している部分の広がりが認められ、2年後には徐々にその広がりが増していました。 また、3年後に介入群で軽度認知障害と判定されたのは2人のみで、残り16人は認知機能が正常に推移していました。 一方、非介入群では、軽度認知障害が5人、正常が2人で、認知症を発症した人が7人いました。
「活動にどれだけ意味があったかは、3年後の経過を見れば明らかです。18人は皆さん活動日が来るのをとても楽しみにしていて、 今でも積極的に活動を続けています。」(杉村さん)
「安心院けんこうクラブ」は、現在も週1回、地域の保健センターで開催され、みんなで買い物や料理、体操、レクリエーションを楽しみ、 たくさんお喋りをして過ごしています。
■認知症を防ぐためにできること
青背の魚と緑黄色野菜を多めに摂って、前向きに過ごす
2つの調査結果から認知症を防ぐための心得をまとめてみましょう。
まず、家族以外の人と接し、話をすることが大切といえます。
1人暮らしの高齢者も多いため、近所の人など、周りの高齢者への積極的な声かけも重要です。
「安心院けんこう倶楽部の活動を始めたころは”自分は役に立たない”などともらす人もいました。 でも、皆さんがお互いを尊重し、それぞれが人生で培った得意分野を活かしながら、 皆で家のリフォームをはじめいろいろな活動をするうちに、前向きな発言や動作が目立つようになりました。」(杉村さん)
島根県の調査では、趣味の有無と認知機能との関連についてついても明らかになっています。
「趣味を持っている人は、持たない人よりも認知機能が明らかに高かったんです。 認知症予防では、楽しんで続けられる趣味を持つことも重要です。」(山下さん)
食生活では、島根県の調査からわかるとおり、青背の魚をはじめとする魚介類、そして緑黄色野菜を多めに摂ることが大切になります。
「毎日、魚と野菜を中心にいろいろな食品を組み合わせて食べることが大事。それと料理の味が変わってきたら、 作った人の認知機能が低下している可能性もあるので、周りの人は注意してください。」(山下さん)
運動については、「皆で楽しめる有酸素運動を習慣付けるとよい」と杉村さんは話します。 短時間の昼寝の習慣もよいとされています。 また近年、アルツハイマー病と生活習慣病との関連も指摘されているので、糖尿病や高血圧などの生活習慣病があれば、しっかり管理することも必要です。
今のところ、残念ながら認知症を完全には防ぐことはできませんが、認知機能を保つには、以上に挙げたような生活を心掛けるとよいでしょう。
■認知症予防のための心得
- ▼家族以外の人とも積極的に話そう
- 家の中に閉じこもらず、積極的に外に出かけ、家族以外の人とコミュニケーションをとろう。 1人暮らしの人も外に出て人と交流しよう。
- ▼「自分は役に立たない」などと思わず、前向きに生きよう。
- 今までやってきた仕事などを生かして、趣味を楽しんだり、社会的な活動をしたりする。
- ▼青背の魚、緑黄色野菜は多めに摂ろう
- 青背の魚や緑黄色野菜を多めに、栄養バランスのよい食事を摂ることが大切。 島根県の調査では、摂取する食品の種類が多いほど、高い幸福感を感じているということがわかっている。
- ▼何か楽しめる趣味を持とう
- 趣味を持っている人の方が、認知症発症のリスクが低くなるという報告がある。 読書や手芸、旅行、ダンスなど、何でもよいので、楽しめる趣味を持とう。
- ▼楽しくできる有酸素運動を習慣にしよう
- ウォーキングなどの有酸素運動を習慣にしよう。 頑張り過ぎることなく、楽しんでできる程度に行うとよい。 一緒に運動を楽しむ仲間を作るのもお勧め。
- ▼1日30分以内の昼寝を習慣にしよう
- 短時間昼寝をすると、夜の睡眠の質が高まり、昼間に積極的に活動できる。 若いころから30分以内の昼寝の習慣がある人は、アルツハイマー病の発症が減少するという報告もある。
- ▼生活習慣病があれば、きちんと治療しておこう
- 糖尿病や高血圧、高脂血症(脂質異常症)など、 さまざまな生活習慣病が、アルツハイマー病の危険因子だと報告されている。 病気があれば、必ず治療しておこう。