風邪のタイプ別漢方治療

一般に、「漢方薬」は、長く使い、ゆっくり効くというイメージがありますが、中には即効性のあるものもあります。 特に、身近な「風邪」には速効性のある漢方薬もあります。 漢方での風邪の診断には、陰陽や虚実などによる「証」が用いられ、風邪の引き始めと長引いた風邪では、処方される漢方薬が異なります。


■風邪と漢方

風邪を引いた場合にも漢方薬を使うことができる

風邪(かぜ症候群)を引いて熱が出た人を対象に、漢方薬と西洋薬の効果を比較したところ、 漢方薬を飲んだ人のほうが西洋薬を飲んだ人より早く熱が下がったというデータがあります。 漢方薬は慢性疾患を治療するのに用いられるケースが多く、長く使い、ゆっくり効くというイメージを持たれがちです。 しかし、漢方薬の中には即効性を期待できるものも多く、風邪のような急性疾患にもよく使われています。 例えば、葛根湯は、風邪に使われる漢方薬としてよく知られています。 また、他にも麻黄湯、小青竜湯、桂枝湯など、風邪に対して、昔から日常的に用いられてきた漢方薬が多数あります。 近年、風邪などの呼吸器系の病気に限らず、消化器系や神経系などの病気の診療ガイドラインにも漢方薬の使用が記載されるようになってきています。 医療機関で漢方薬が処方されるケースは、以前より増えているといえます。


■風邪の治療

陰陽や虚実などの「証」を診断し、漢方薬を処方する

風邪の治療法は、漢方(漢方医学)と西洋医学では異なります。 西洋医学では、対症療法が主体で、風邪を引くと、発熱、鼻水、咳、頭痛など、それぞれの症状を緩和する薬が使われます。 また、細菌による二次感染が疑われる場合には、抗菌剤が短期間使われることがあります。 漢方では、四診と呼ばれる漢方独特の診察法により、患者さん一人一人のを診断して、それに基づく漢方薬を選択します。 四診とは、患者さんの顔色や舌の状態などを診る望診、咳や体臭などを診る聞診、自覚症状や病歴などを詳しく聞く問診、 脈やおなかなどを診る切診からなります。
証とは、西洋医学の診断名に相当し、漢方治療の指針となるものです。証を決定するための物差しには、さまざまなものがありますが、 陰陽虚実という考え方はその代表的なものといえます。漢方では、これらを基に、証を診断して、患者さんの状態を表します。 例えば、陰の状態を「陰証」、虚の状態を「虚証」というように呼びます。 急性疾患と慢性疾患では、陰陽、虚実の意味合いが多少異なりますが、ここでは、風邪のような急性疾患を治療する場合について解説します。

●陰陽

陰証とは、体が寒さに支配されている状態を指し、主に寒気を感じる場合で、「寒証」と呼ぶこともあります。 陰証とは、体が熱に支配されている状態を指し、主に熱っぽさを感じる場合で、「熱証」と呼ぶこともあります。 風邪の引き始めには、悪寒や寒気を感じる場合もありますが、ほとんどの場合、熱っぽさを主体に感じます。 実際には体温が上がるケースが多く、顔色が赤く、熱が高い場合には、陰証と診断されます。通常の風邪では、このような状態が一般的です。 一方、寒気が主体で、熱っぽさはあまり感じず、顔色が青白く、体温が上がっても微熱程度の場合には、陰証と診断されます。

●虚実

虚実は、慢性疾患の場合、いわゆる”体力”の指標として考えられることが多いのですが、風邪のような急性疾患では、病気に対する反応、 すなわち症状の強さを表すものとして捉えます。反応が強い場合を実証、あまり強くない場合を虚証といいます。 患者さんの手首当たりの動脈の拍動や緊張が強く、皮膚を触ってみると乾いているなどの場合は実証、 脈の拍動や緊張が弱く、皮膚が汗ばんでいる場合は虚証と診断されます。

■風邪の漢方薬

風邪の症状により、適切な薬が異なる

風邪に対する漢方薬は、風邪の引き始めと長引いた場合で使い分けられます。


●風邪の引き始め

風邪の引き始めには、証に基づき、次のような漢方薬が主に使われます。

▼陽証で実証
「発熱」「頭痛」の他に、「咳」や「関節痛」などがあり、症状が比較的激しい場合には、麻黄湯が使われます。 葛根湯は風邪に幅広く使われる薬ですが、「発熱」「頭痛」「咳」などの他、「首や肩にこわばりが目立つ」ような場合によく使われます。

▼陽証で虚証
「水のような鼻汁」「くしゃみ」「咳」などが見られ、症状があまり激しくない場合には、小青竜湯がよく使われます。 「鼻炎」程度の軽い症状で、「皮膚が汗ばんでいる」場合には、桂枝湯が使われます。

▼陰証で虚証
「悪寒や寒気が目立つ」だけで、熱はそれほど上がらず、のどが痛みというような場合には、魔黄附子細辛湯が使われます。 それほど多いケースではありませんが、高齢者や、疲労が溜まって体力が低下した若い人が風邪を引くと、 このような証として診断される場合があります。


●風邪が長引いた場合

多くの場合、風邪は1週間程度でよくなります。しかし、咳や微熱などの症状が長く続く場合があります。 漢方では、症状に変化が見られた場合、処方も変更していくため、風邪が長引いている場合には、次のような漢方薬が主に使われます。

▼陰証で実証
「吐き気」や「食欲不振」など消化器系の症状が目立ってきた場合には、小柴胡湯が使われます。

▼陰証で虚証
「汗ばみ」や「のぼせ感」を伴っている場合には、柴胡桂枝湯、「痰が切れにくい咳」が続いたり、「喉の乾燥感」が目立ってきた場合には、 麦門冬湯が使われます。「食欲不振」や、「疲労感」「倦怠感」が目立ってきた場合には、補中益気湯が使われます。

●副作用

風邪の漢方薬には、麻黄という生薬を含むものがあります。前記した漢方薬の中では、麻黄湯、葛根湯、小青竜湯、魔黄附子細辛湯が該当します。 麻黄には、エフェドリンという交感神経を刺激する成分が含まれており、鼻水や咳を鎮めたり、気管支を拡張したりする働きがありますが、 一方で「頻脈」「動悸」「血圧上昇」などの副作用が起こる場合があります。 風邪で短期間服用するくらいなら、ほとんど問題はありませんが、高血圧や心臓病などの持病がある人、 高齢者には、この副作用が起こりやすいので、注意が必要です。 また、西洋医学の風邪薬には、眠くなる成分が含まれているものもありますが、漢方の風邪薬を使って眠くなる場合は、ほとんどないといえます。 眠くなりにくい風邪薬を希望する場合には、漢方薬を選択することも、一つの方法でしょう。


●インフルエンザと漢方

インフルエンザと診断された場合には、西洋薬である抗インフルエンザ薬が使われることが原則となります。 しかし、何らかの理由で、抗インフルエンザ薬を使用しにくい場合は、麻黄湯などの漢方薬がよい選択肢になります。 また、抗インフルエンザ薬と漢方薬を併用するのもよいと思われます。 風邪やインフルエンザなどで漢方薬を使いたい場合には、担当医に相談したり、漢方専門医を受診して、 その時の症状に最もふさわしい漢方薬を上手に利用してください。