漢方医学

最近、医療機関を受診したときに、漢方薬が処方されるケースが増えてきました。 漢方(漢方医学)は、中国から伝わり、日本で独自に発展した伝統医学です。 明治時代に西洋医学が主流になるまで、日本の医療を主に担ってきました。 広義には鍼灸治療なども含まれますが、一般に漢方といえば、漢方薬による薬物治療を指します。


■漢方薬とは?

漢方薬は、植物や鉱物などの天然成分から作られた薬

漢方医学(以下、漢方)は、中国から伝わった伝統医学を基に、日本で独自に発展した医学です。 その中心となるのが、「漢方薬」を使った薬物療法です。 漢方薬は、植物や鉱物、動物などの天然成分を加工した生薬を組み合わせたものです。 生薬の成分が体内で複合的に作用することで、さまざまな症状を改善します。 いくつかの症状がある場合も、基本的には1つの漢方薬で治療します。 一方、西洋薬のほとんどは人工的に合成された化学物質を主原料としており、複数の症状がある場合は、それぞれの症状に対して効果のある薬が併用されます。 このように、漢方薬と西洋薬は成分や使用法が異なり、それぞれに得意分野があります。

漢方薬とは、漢方で伝統的に用いられてきた漢方処方と、それを構成する生薬を指します。

▼漢方処方
一定の配合に基づき、複数の生薬を組み合わせた薬のことです。

▼生薬
天然素材を加工・調整した薬物のことで、植物性がほとんどですが、他に動物性、鉱物性のものもあります。 植物性の生薬には大黄、甘草、葛根など多くのものがあり、動物性では牡蠣、鉱物性では石膏などが挙げられます。 西洋医学で用いられる西洋薬は、主に合成薬物で、その多くが単一成分です。 漢方薬は、生薬を複数組み合わせたもので、多数の成分からなっています。 例えば、「風邪(風邪症候群)」に対する漢方薬としてよく知られている葛根湯は、7つの生薬から構成された漢方薬です。

■西洋医学との違い

適切な薬の処方には、適切な診断が欠かせません。その方法も、漢方と西洋医学では大きく異なります。
西洋医学は、一言でいうと、”科学的”で、検査などにより病気を診断したうえで、 臨床試験や作用機序の解明など、根拠(エビデンス)に基づいた治療を基本としています。 西洋医学では、心と体を分けて考え、体を臓器や器官ごとに分けて調べます。 そして、どの部位に原因があるかを特定し、診断を確定させ、その病気ごとに治療を行うのが一般的です。
それに対して、漢方は、一言でいうと”経験的”で、患者さんの状態を「証」という独特の指針を用いて診断し、 長い年月にわたる英知や実績などに基づいた治療を基本としています。 漢方の場合は、心と体を一つの物として捉え、症状や病気は心身の働きのバランスが崩れた時に起こると考えます。 そのため、心身の働きのバランスを整える漢方薬を処方し、自然に治癒する力を高めることで症状の改善を促します。 そのために、まず患者さんの体質と心身の働きのバランスを診ていきます。 体質は「陰・陽・虚・実」、心身の働きのバランスは、「気・血・水」という概念で表し、診断します。
現在、日本や欧米などでは、西洋医学が医療の主役を担っています。 例えば、癌の場合には内視鏡治療や手術など、また、細菌による感染症の場合には抗菌薬などによる治療というように、西洋医学が優先されています。 しかし、西洋医学によって、すべてを解決できるわけではありません。


■漢方の役割

漢方が用いられる場合として、次の3つが考えられます。

▼西洋医学ではよい治療法が見つからない
例えば、「冷え性」「虚弱体質」「疲れが取れない」などの症状の場合、一般の医療機関では特定の病気が診断されず、 よい治療法に巡り合えないことも少なくありません。そのような時に、漢方を用いる医療機関を受診すると、 その人に合った漢方薬が処方され、効果が期待できる場合があります。

▼西洋薬で副作用がある
例えば、抗癌剤 の治療を受けている人が副作用である末梢神経障害による手足の痺れや痛みに悩まされたり、食欲や体力がなくなったりして、 抗癌剤の治療を続けることが困難になることがあります。そのような時に漢方薬を併用すると、副作用が軽減されて、 抗癌剤の治療を続けられる場合があります。

▼未病を治す
未病とは、病気の一歩手前の状態を指します。漢方では、この状態で治療を受けることで、病気を予防したり、 あるいは、持病から合併症を併発しないようにすることを重要視しています。 今日の西洋医学における”予防医学”に相当する考えといえるでしょう。 現代の日本では、生活習慣病、 メタボリックシンドローム糖尿病の合併症などが当てはまるように思われます。 これらにより動脈硬化が進むと、 心筋梗塞脳梗塞など重大な病気が起こるリスクが高まります。 このような場合の治療は、食事や運動など生活習慣の改善と、必要があれば西洋薬の服用が基本になりますが、 最近では、漢方薬も血管障害の予防に有用性が期待できることがわかってきています。


■漢方の診断方法

漢方では、次のような方法で診察が行われ、体の状態が診断されます。

▼望診
顔色、表情、皮膚・唇・歯茎などの色つや、体つき、爪、歩き方などを目で見て診察します。 特に舌の状態を重視します(舌診)
【舌診】
舌の色や形などを診ます。例えば、舌の先が紫色になっている場合は血液の巡りが悪い「お血」、 舌に歯形がくっきりついている場合は水分の流れが滞る「水滞」と考えます。

▼聞診
声の大きさや張り、話し方、呼吸音、咳の音などを聞いたり、体臭や口臭も判断します。

▼問診
自覚症状などの全身の状態について、医師が患者さんに質問をします。 具体的には、冷え、のぼせ、のどや口の渇き、汗のかき方、めまい、便通や排尿の状態、だるさなどの、 診察だけではわからない自覚症状の訴えが重要視しています。

▼切診
手で体に触れて調べます。特に、手首の脈を診る「脈診」と、おなかを触る「腹診」が重要です。
【脈診】
脈の打ち方がしっかりしているか、弱々しくないかなどを診ます。 例えば、脈が遅ければ寒がりな「陰」、脈を触って反発力が感じられるなら体力のある「実」と考えます。
【腹診】
腹部の弾力や緊張感、押したときに痛みを感じるかなどを診ます。 例えば、おなかを触るとチャポ、チャポと音がする場合は水分の流れが滞る「水滞」と考えます。

■診断でわかった症状や体質など合わせて薬が選ばれる

診断された体質や心身の働きのバランスに合う漢方薬が処方されます。 西洋医学では、ガイドラインなどで示された第一選択薬(その病気に対して統計的にみて効く確率が最も高い薬)を処方するのが一般的ですが、 漢方では患者さんの体質や心身の状態に合う薬が選ばれます。西洋医学の処方に比べ、よりオーダーメイド的な処方といえます。 そのため、漢方薬を使うことで、患者さんが受診するきっかけとなった症状だけでなく、 原因と考えられる体質や心身の状態から起こっている他の症状が改善されるケースも多くあります。 一般的には、組み合わせた生薬を煎じて飲む「煎じ薬」や、粉末などに加工した「エキス剤」が処方されます。 慢性的な症状に対しては、多くの場合、処方された漢方薬をまず2週間ほど服用します。 症状が改善に向かっているならそのまま服用を続けますが、症状に変化がなかったり、悪化した場合には、別の薬に切り替えます。

●副作用はゼロではない

漢方薬にも副作用がないわけではありません。例えば、「葛根湯」などに含まれる「甘草」という生薬には、むくみや血圧上昇などの副作用があり、 合わない人が使い続けると心臓に悪影響を及ぼすことがあります。 漢方薬の服用を始めたら、どのように体調が変化したのかを患者さん自身もよく観察し、医師に伝えることが大切です。 その情報によって、医師はより効果的で安全な漢方薬を処方することができるからです。