ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)

日本では約4000万人が高血圧といわれ、血圧の高い人は高齢になるほど多くなります。 高血圧の治療で「降圧薬」を使っている高齢者も多くいますが、 降圧薬の中でも、近年、使用が増えているという 『ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)』について説明いたします。


■「ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)」とは?

血圧は、最も高いときの「収縮期血圧」と最も低いときの「拡張期血圧」で表され、 収縮期血圧が140mmHg以上か拡張期血圧が90mmHgであれば、高血圧と診断されます。
治療では、高血圧の重症度と併せ持つリスクに応じて降圧目標が決められます。 まずは、食塩の摂りすぎや肥満、運動不足、過度の飲酒、喫煙など、血圧を上げるような生活習慣の修正を図るのが基本ですが、 それだけでは降圧目標まで血圧が下がらない場合や、合併症のリスクが高い場合には、降圧薬の治療が行われます。 現在、高血圧の治療に使われている主な降圧薬は、血圧を下げる作用の仕組みから 5種類(カルシウム拮抗薬・ARB・ACE阻害薬・利尿薬・β遮断薬)に大きく分類されます。 ARBは、日本では1998年から使われ始めた、最も新しいタイプの降圧薬です。 日本では従来カルシウム拮抗薬が最も広く使われてきましたが、近年、ARBが用いられることが急速に増え、 降圧薬の中心的な存在になりつつあります。高齢者にも向く薬とされています。
ARBとはどのような降圧薬なのか、どう使っていけばよいのかを説明いたします。



■ARBとはどんな薬か?

なぜこの薬が広く使われるようになったか?
ARBにはどのような特徴があるのか?

ARBは、血圧を調整する仕組みの1つ「レニンアンジオテンシン系」に作用する薬です。 血圧を上げるホルモンである「アンジオテンシンⅡ」の刺激を受け取る受容体に結合することで、 アンジオテンシンⅡの作用を遮断し、血圧を下げます。 アンジオテンシンⅡには、血管を直接収縮させる作用と、交感神経の刺激を介して血管を収縮させる作用があります。 また、腎臓の血管や尿細管に作用して、体内のナトリウムや水分の量を増やし、血液の量を増加させます。 これらの作用は、いずれも血圧を上昇させます。 さらに、「アルドステロン」という、血圧を上げるホルモンの分泌も増やします。 そのほかにも、心臓を肥大させたり、血管壁を厚くしたりします。また、腎臓の糸球体の血圧を高め、 たんぱく尿を出しやすくして、腎機能を低下させます。 ARBは、このアンジオテンシンⅡの刺激を全身の細胞が受け取る側の”窓口”となる「受容体」という部位の働きを遮断して、 血圧を下げます。

高血圧のほとんどは、原因のはっきりしない「本態性高血圧」です。 最近では、遺伝的な因子と環境的な因子が複合的に働いて血圧を上げると考えられています。 その遺伝的な因子の中で重要なものの1つが、血圧を調節する仕組みのレニン・アンジオテンシン系です。 古くからの降圧薬が、、血管を広げたり体内の水分を減らしてとにかく血圧を下げようとするのに対して、 ARBは高血圧という病気の根本により近いところに働きかける薬といえるでしょう。
実際の降圧効果はどうかというと、アンジオテンシンⅡは強力に血管を収縮させ、血液量を増やすようにも働くので、 その働きを抑えるARBにも、血管を広げたり体液量を減らす作用があります。 使い始めはカルシウム拮抗薬の方が降圧効果が速く現れますが、3か月ほど飲めば、ARBもほぼ同等の効果を示します。 ARBを使うメリットは、十分な作用がありながら、ほとんど副作用がないことに加え、 臓器を保護するさまざまな作用があるために、単なる降圧薬以上の治療効果が期待できる点です。



■ARBに期待できる臓器保護作用とは?

臓器保護作用とはどのようなことか?
どのような効果が期待できるのか

血圧が高いとなぜよくないのかといえば、臓器が障害されるからです。 脳卒中、心筋梗塞や心不全、慢性腎臓病や腎不全などが高血圧によって起こったり悪化することは明らかですが、 さらに各臓器でレニン・アンジオテンシン系が働き、アンジオテンシンⅡが直接その臓器の障害を起こすことがわかってきました。 アンジオテンシンⅡの働きを抑えると、降圧による効果に加え、臓器障害を直接抑える効果も期待できます。 それぞれの臓器で期待できる主な効果とは次のようなものです。

▼心臓
高血圧に伴って起こる心肥大を抑制し、心不全になりにくくします。 狭心症や心筋梗塞の抑制に役立ち、心筋梗塞が起こった後の心筋の障害の拡大を抑える。 心房細動(重症の脳梗塞の原因になりやすい不整脈の一種)の発症を予防します。

▼腎臓
ARBには、腎臓の中で血液を濾過して尿を作っている「糸球体」の内圧を下げる作用があります。 それによって糸球体が保護され、たんぱく尿が減ったり、長期的には腎機能の低下が抑えられます。

▼脳
脳卒中の予防には降圧が第一で、カルシウム拮抗薬の有効性が確認されていますが、 ARBには脳循環調節・改善作用があり、脳血管障害の慢性期に有用です。

▼血管
アンジオテンシンⅡは血管を収縮させるだけでなく、血管壁の内側を覆っている「内皮細胞」を障害して 動脈硬化をも促進させます。アンジオテンシンⅡを抑えることは、動脈硬化の進行の抑制につながります。 「解離性大動脈瘤」という血管が裂けてしまう病気の予防効果も報告されています。

▼その他
糖尿病では、インスリンというホルモンの効きが悪いために血糖値が高くなる人が多いのですが、 アンジオテンシンⅡはその原因の1つと考えられています。 ARBでアンジオテンシンⅡの働きを抑えると、インスリンが効きやすくなると考えられ、 糖尿病の新規発症を抑えたり、糖尿病のある人の血糖値が下がる効果がみられます。 こうした保護作用があるため、心臓、腎臓、脳などの合併症や糖尿病がある人の降圧治療では、 ARBを第一選択薬にすることが増えています。

■ACE阻害薬との違いは?ARBの種類は?

ARBより古くから用いられている「ACE阻害薬」も、主にレニン・アンジオテンシン系に作用する降圧薬ですが、 どのような違いがあるのでしょうか。 これまでに行われた大規模臨床試験では、ACE阻害薬に多い副作用の「空咳」がARBでは出ないという点しか、 大きな違いは出ていません。ただし、これらの試験のほとんどは欧米で行われたもので、 日本での使用量よりずっと多い量のACE阻害薬との比較でした。 日本での使用量でも同様なのかは、まだ不明です。 日本人にはACE阻害薬の副作用として空咳が出る人が多く、そのために薬を飲み続けられないケースが少なくありません。 その点ARBは、副作用のために使い続けられない人が最も少ない降圧薬といえます。 また、作用の持続時間が長く、24時間安定して降圧効果が続きやすい点も特徴です。 日本で使われているARBは前記のように主に6種類があり、降圧作用の強さや、降圧以外の効果などから使い分けられています。


■ほかの降圧薬との併用はどうして必要なのか?

降圧薬は、何種類かを併用することがよくあります。 なぜ降圧薬を併用するかというと、高齢者の降圧目標は140/90mmHg未満、糖尿病や慢性腎臓病、 心筋梗塞後の人では130/80mmHg未満ですが、それを1つの薬で達成できる人のほうが少ないのです。 一般に、薬の量を2倍に増やしても効果は1.5倍程度にしかならない一方で、副作用は確実に2倍になるといわれています。 それより、異なる作用の薬を組み合わせたほうが高い効果が期待でき、副作用も増えません。 ARBは副作用があまりないとはいえ、通常の量で降圧が不十分なら、やはりほかの薬と併用した方が効果は高いでしょう。 特に利尿薬との併用は、降圧には相乗効果があり、副作用を相殺できるので、大変理にかなった組み合わせといえます。 カルシウム拮抗薬とARBの併用もよく行われています。最近では、ARBと少量の利尿薬を配合した「合剤」もあります。 ARBだけで140/90mmHg未満に達する患者さんは約5割ですが、少量の利尿薬が加わることで8割ほどになります。 1日1回1錠飲むだけで済むのが合剤の利点です。