高血圧症の薬物療法

降圧薬を使い始めるときは、1種類の薬を少量から始めるのが原則です。 ただし、重症高血圧の人などは、1種類の薬では十分に血圧を下げるのが難しいため、2種類以上を併用することもあります。 最近は、1種類の薬を多めに使用するよりも、複数の薬を少量づつ併用する使い方が増えています。 降圧薬の服用は高血圧治療の大切な柱です。 しかし、副作用を心配して服薬をやめてしまうなど、間違った認識を持つ人もいます。 薬を飲む意味を正しく理解して、血圧の管理に努めましょう。



■高血圧の薬物治療

生活習慣を改善しても血圧が下がらない場合に行なう
薬物療法の開始時期は患者さんによって異なる

一般に、高血圧の治療は、食事療法や運動療法などの生活習慣の改善から始めます。 生活習慣の改善を一定期間行っても、十分な降圧効果が得られない場合は、薬物療法が行なわれます。 家庭血圧の平均値で「収縮期血圧140mmHg未満、かつ拡張期血圧90mmHg未満」まで下がらない場合には、 薬物療法が開始されますが、その時期は、個々の患者さんが持っている合併症のリスクによって異なります。 例えば、低リスクの場合は、生活習慣の改善をして3ヶ月間たっても血圧が下がらなければ、薬物療法が行われます。 一方、重症高血圧や合併症を伴っている高リスクの患者さんの場合は、ただちに薬物療法を開始して、 早急に血圧を下げる必要があります。 「糖尿病や腎障害」がある人は、「収縮期血圧130mmHg以上、または拡張期血圧80mmHg以上」から薬物療法が検討されます。

薬物療法を受ける際は、血圧が正常血圧にコントロールできているかどうかを確認することが重要です。 国内の33の医療機関で、高血圧の薬物療法を受けている969人を対象に行なわれた調査では、 約23%の人が、医療機関で測ったとき(外来血圧)はコントロールできていても、自分で測ったとき(家庭血圧) はコントロールできていませんでした。 薬の効果には個人差があります。薬の効果を確認するために、家庭血圧の測定を続け、 高血圧治療の担当医と相談しながら自分にあった薬を適切に使っていくことが大切です。


●血圧を下げることがゴールではない

多くの人は「高血圧の薬を飲むのは、血圧を下げるため」と考えているかもしれません。しかし、血圧を下げるのはあくまでも通過点です。 高血圧の薬を飲む本当の目的は、高血圧による血管のダメージを防ぎ、脳や心臓、腎臓という大切な臓器を守ることにあります。 これらの重要な臓器では、太い血管から急に細い血管に枝分かれする構造になっています。 そのため、太い血管の中の圧力がそのまま細い血管にかかります。細い血管に高い血圧がかかり続けると障害されやすくなります。 脳の血管がダメージを受けると、脳卒中や認知症に、心臓の血管がダメージを受けると狭心症や心筋梗塞に、 腎臓の血管がダメージを受けると慢性腎不全などの病気に繋がります。 血圧の薬を「血圧が下がったから」「症状がないから」と自己判断でやめてしまうと、再び血圧が上がって、さまざまな臓器に負担がかかってしまいます。 「血圧の薬は一生飲む必要がある」とされるのはこのためです。 ただし、軽症の場合には、減塩に取り組んだり、日常生活に運動を取り入れるなど生活習慣を改善することで、薬をやめられる可能性もあります。



■血圧管理の方針

治療は継続して行い、ゆっくり目標値まで下げていく

血圧を管理する上で大事なのは、まず高血圧をできるだけ早く発見して、早期に治療を開始することです。 高血圧を早く見つけるためにも、家庭での血圧測定が重要なのです。 現在、高血圧の治療で使われる降圧薬は、1回の服用で24時間効果が持続する、長時間作用型のものが中心になっています。 1日1回の服用で血圧を確実に下げ、良好な状態にコントロールするのが理想です。 血圧が低いほど、合併症の危険性は低くなります。 ただし、血圧を一気に下げると、かえって体に悪い影響を及ぼす場合があります。 そのため、腎機能などが急激に低下してしまうなど、一刻も早く大幅な降圧が必要な場合を除いては、 3ヶ月程度の時間をかけて、じっくり目標値まで血圧を下げていきます。


●降圧目標

治療での最終的な降圧目標は、年齢や合併症の有無によって違います。 高齢者の場合は、「収縮期血圧140mmHg未満、かつ拡張期血圧90mmHg未満」が目標です。 若い人や中年の人は、それよりも低い「収縮期血圧130mmHg未満、かつ拡張期血圧85mmHg未満」を目標にします。 さらに、糖尿病や腎機能障害を合併している場合は、「収縮期血圧130mmHg未満、かつ拡張期血圧80mmHg未満」 を目標にして治療に取り組みます。 治療の目的は、高血圧による合併症を防ぐことです。そのため、年齢や合併症の有無に応じて、 降圧治療を始める基準や降圧目標が細かく設定されています。


●降圧治療の進め方

降圧薬を使い始めるときは、1種類の薬を少量から始めるのが原則です。 ただし、重症高血圧の人などは、1種類の薬では十分に血圧を下げるのが難しいため、 2種類以上を併用することもあります。最近は、1種類の薬を多めに使用するよりも、 複数の薬を少量づつ併用する使い方が増えています。 どの薬を選ぶかは、合併症の有無や、ほかの病気の治療で使っている薬などによって変わってくるため、 医師が患者さんの状態に合わせて適切なものを選びます。

現在の降圧薬は、1日1回服用する長時間作用型が基本です。朝1回飲むのが一般的ですが、 朝方に血圧が高くなってしまう人は寝る前に飲んだり、2回に分けるなど、血圧の変動状態に応じて検討します。 1ヵ月後に効果を見て、血圧が十分に下がっていればそのまま続け、降圧が不十分なら、 増量したり、他の薬に替えたり、併用したりして、通常2~3ヶ月以内に降圧目標を達成することを目指します。


●薬を飲むときの注意

処方された量と服用する時間を守る
薬を自己判断で中止するのは危険

薬には、1日に1回服用するものと、何回かに分けて飲むものがあります。 どの薬も長期間継続して使うのが原則です。
降圧薬を使って血圧が下がると、自己判断で薬の量を減らしたり、服薬をやめてしまう人がいます。 薬の作用で血圧が下がっても、高血圧そのものが治ったわけではないので、服薬をやめると、再び血圧は上がってきますし、血圧が急上昇する場合もあります。 逆に、血圧が高いからといって、いつもより多めに飲むのも危険です。 薬は医師の指示を守って、決められた量を決められた時間に飲み、飲み忘れることのないようにしましょう。 なお、血圧が順調に下がっているときは、薬の量を減らしたり、一時中断して様子を見ることもありますが、 自己判断はせず、必ず医師の指示に従ってください。

◆服薬中も生活習慣の改善は続ける

患者さんの中には、降圧薬を使い始めると、生活習慣の改善がおろそかになってしまう人がいます。 しかし、降圧薬は血圧を下げることはできますが、高血圧そのものを根治させることはできません。 肥満や運動不足などの高血圧の要因は、生活習慣の改善を続けることで解消するしかありません。 ”降圧薬を飲んでさえいれば、何をしてもよい”というわけではありません。

◆家庭血圧を測る

家庭血圧は、薬の効果を判断して、患者さんのふだんの状態に応じた治療を行う上で、貴重な情報になります。 毎日記録をつけて、定期的に医師に見せてください。



■高血圧の薬

血管を広げるタイプと血液の量を減らすタイプがある

高血圧の薬には、血管を広げて血圧を下げるタイプと、血液の量を減らして血圧を下げるタイプがあります。 血管を広げる薬には、カルシウム拮抗薬、ARB、ACE阻害薬が、血液の量を減らす薬には利尿薬があります。 これらの薬は、まず1種類を少量から使い始めるのが一般的です。血圧の数値や他の病気を考慮して、作用の仕方が異なる薬を2~3種類併用することもあります。 初めから2種類の薬の合剤を服用する場合もあります。

●重大な副作用が出ることは少ない

他の病気の薬と同様に、高血圧の薬にも副作用はあります。 しかし、現在使われている高血圧の薬では、問題になるような副作用が出ることはほとんどありません。 ただし、もし気になる症状や不快な症状が現れてきたら、自己判断で服用をやめたりはせずに、必ず担当医に相談してください。


●血圧が下がらないとき

他の病気が原因となる二次性高血圧を疑う

減塩や運動に努め、薬を3種類使って正しく薬物療法を行っても、血圧が下がらない場合は二次性高血圧の可能性があります。 二次性高血圧とは、生活習慣や遺伝的な要因とは関係なく、他の病気が原因で起こる高血圧です。 高血圧全体の約1~2割を占めると考えられています。 代表的なものに、ナトリウムを貯蓄する作用のあるホルモンのアルドステロンが過剰になる原発性アルドステロン症があります。 多くはありませんが、ステロイドホルモンの一種であるコルチゾールが過剰になるクッシング症候群、 カテコラミンなどが過剰になる褐色細胞腫もあります。 これらは、副腎という小さな臓器に腫瘍ができたり、肥大化したりすることによって起こる病気で、血圧を上げるホルモンが過剰に分泌されます。 また、腎臓の病気として、腎臓の動脈が狭くなる腎血管性高血圧という病気も二次性高血圧を起こします。 どの病気が原因の場合も、元の病気が治れば血圧も自然と下がります。


■原発性アルドステロン症とは?

脳卒中などにつながるリスクが高いが、見逃されやすい

原発性アルドステロン症は、一般的な高血圧の患者さんのうち5~10%が該当するといわれています。 しかし、血圧が高くなる以外に、これといった自覚症状がないことが多いため、見逃されることが多い病気です。 「夜間、何度もトイレに行きたくなる」といった症状が現れることもありますが、多くはありません。 原発性アルドステロン症のある人は、一般的な高血圧に比べて、脳卒中は約4.2倍、心筋梗塞は約6.5倍、不整脈の一種である心房細動は約12.1倍と報告されています。 これらの病気が起こる前に、できるだけ早く見つけ、治療を開始することが大切です。

◆見逃さないために

作用の異なる高血圧の薬を3種類使用しても血圧が下がらない場合や、20~30歳代で高血圧を発症した場合などは、 原発性アルドステロン症をはじめとする二次性高血圧を疑います。 原発性アルドステロン症は、血液検査でアルドステロンというホルモンとレニンという酵素の値を調べればわかります。 疑わしい場合は、担当医に相談し、一度調べてもらうとよいでしょう。

◆治療

原発性アルドステロン症は、副腎に腫瘍があり、それが原因になっている場合と、全体的に副腎が肥大していることが原因の場合があります。 治療法は腫瘍の有無や病変が起きた範囲によって異なります。 片側に腫瘍がある場合は、腹腔鏡手術で腫瘍のある副腎を摘出します。 副腎は、2つあるので1つを摘出しても必要なホルモンは分泌されます。 腫瘍がなく副腎両方が肥大している場合は、アルドステロンの働きを妨げる薬を使って治療します。 早期に治療を行えば治癒することが可能です。


■高血圧を改善するために

薬への正しい理解と二次性高血圧を知ることが大切

高血圧の薬は、単に血圧を下げるためだけではなく、大切な臓器を守るために必要なものです。 薬を使う本当の目的を理解することで、飲み続ける意欲につながるでしょう。 そして、正しく服用していても効果がない場合は、医師と相談しながら二次性高血圧を疑って、一度検査を受けることをお勧めします。


■医師との付き合い方

積極的に治療に参加し、コミュニケーションを大切にする

高血圧は多くの場合、将来にわたって長く付き合っていくことになる病気です。 上手に付き合っていくには、医師任せにするのではなく、患者さんが積極的に治療に参加することが必要です。 特に大切なのは、家庭で血圧を測定して、その記録を医師に見せてチェックしてもらうことです。 ある調査では、高血圧の患者さんの 家庭用血圧計の保有率は75%でしたが、 家庭血圧の記録を医師に見せているのは、高血圧の患者さんの45%にすぎませんでした。 家庭血圧の値という、せっかくの貴重な情報を有効に活用するためにも、記録を付けて定期的に医師に見せましょう。

高血圧と付き合っていくためには、担当医との信頼関係が大切です。 何でも相談できる良好な信頼関係を築いていくことです。 また、血圧がなかなか下がらないような場合は、高血圧や循環器の専門医が、セカンドオピニオンを得るのもよいでしょう。