胸部大動脈瘤

大動脈瘤には、瘤ができた場所によって胸部大動脈瘤「腹部大動脈瘤」があります。 胸部大動脈瘤は、心臓から全身に送り出された血液が最初に通る血管「胸部大動脈」が瘤のように膨らんでしまう病気のことをいいます。 自覚症状がないことが多く、気付かない間に瘤が大きくなって突然破裂すると、「突然死」に至ることも多い重大な病気です。 大動脈瘤は種類によっては、病気、感染、打撲などの外傷、によって起こることもありますが、 多くの大動脈瘤は「動脈硬化」によって起こると考えられています。 よって、「大動脈瘤」も「生活習慣病」の一つであるといえます。


■大動脈瘤の分類(真性、仮性、解離性)

「大動脈」は、心臓から出て脚の付け根に至る太い動脈で、横隔膜の上が「胸部大動脈」、下が「腹部大動脈」で、 胸部大動脈は、さらに「上行大動脈」「弓部大動脈」「下行大動脈」に分けられます。 これらの大動脈の一部が「瘤」のように膨らむ病気が「大動脈瘤」です。 成人の正常な大動脈は直径2~3cmで、これが1.5倍ほどに膨らむと「大動脈瘤」とされます。 大動脈瘤は、「真性」「仮性」「解離性」の3種類に分けられます。

血管の壁は、内側から内膜、中膜、外膜の3層構造になっています。 3層構造が保たれたまま、動脈が瘤状に膨らむのが「真性大動脈瘤」です。 大動脈瘤は、一度膨らむと、元に戻ることはほとんどありません。 瘤の形には「紡錘状」と「嚢状」の2種類があります。 全周が引き伸ばされる嚢状のほうが、破壊しやすいといわれています。 「仮性大動脈瘤」は、3層構造の血管壁の一部が欠けたところから血液が漏れ出て、漏れた血液が固まったものを指します。 「大動脈瘤解離」は、内膜に亀裂ができ、そこから血液が中膜に入り込みます。 中膜は縦に広い範囲に裂けて(解離)、入り込んだ血液で血管が膨らんだ状態です。


■大動脈瘤の多くは「動脈硬化」が原因

「真性大動脈瘤」や「大動脈解離」は、先天的に大動脈の組織が変性しやすい 「マルファン症候群」などの病気によっても起こることがあります。 また、「仮性動脈瘤」は、主に感染や打撲などの外傷によって起こります。 しかし、多くの人の大動脈瘤は「動脈硬化」が原因で起こると考えられています。 動脈硬化には、「狭窄性の病変」を起こす場合と、「拡大性の病変」を起こす場合があります。 動脈硬化が進行すると、血管の内腔が狭まって血流が悪くなります。 すると、心臓の「冠動脈」や脳に行く血管に動脈硬化が起こり、狭まったところを血栓が防いで血流が途絶え、 心筋梗塞脳梗塞が引き起こされる 「狭窄性の病変」が起こることはよく知られています。 一方、大動脈のような太い血管に動脈硬化が起きた場合には、瘤状に膨らむという「拡大性の病変」が起こります。 動脈硬化に高血圧が加わると、さらに大動脈瘤が起こりやすくなります。 弱く柔らかくなった血管壁に内側から強い圧力が加わることで、血管壁が引き伸ばされたり、裂けたりして、瘤のように膨らむからです。


■大動脈瘤の「検査と診断、定期検診」

大動脈瘤の検査には、「エックス線検査、超音波検査、CT、MRI、血管造影」などがあり、 胸部大動脈瘤の場合は、主にCTやMRIなどの画像検査で診断されます。 胸部大動脈瘤と診断されたら、放置せず、定期的に心臓血管外科を受診してください。 まだ、瘤が小さい場合は、定期的にCTなどの検査を行い、瘤の様子を見守ります。 瘤が大きくなる速度は、血管壁の状態や高血圧の程度など、人によって異なります。 まれに、10年間も瘤の大きさが変わらないこともありますが、多くの場合は、1年間に血管断面の直径で2~3mmづつ拡大します。 また、高血圧がある場合は、その治療も必要です。 血圧が高いと瘤が大きくなりやすいので、 降圧剤 を服用して血圧をコントロールし、なるべく瘤が拡大しないようにします。 また、薬の服用のほか、寒冷刺激を避けたり、 禁煙するなど、日常生活にも注意が必要です。


■大動脈瘤の手術のタイミング

瘤が大きい場合には、膨らんだ血管を人工血管に置き換えるなどの手術を行って、破裂を防ぎます。 破裂の危険性が高まる瘤の大きさは、直径5.5cm程度が手術適応となっています。 嚢状の瘤の場合は、これより小さい段階で手術が行われます。 また、比較的年齢が若く、活動的に生活を送っていて、血圧が高い場合には、5~5.5cm程度でも手術を行う場合があります。 しかし、80歳を過ぎると、手術は身体への負担が大きく、危険性が高まったり、手術後に体力が低下して、 「QOL(生活の質)」が悪化する可能性もあるので6cmくらいになるまで経過観察することもあります。 また、他に持っている病気も関係してきます。 手術のタイミングは、瘤の大きさ、年齢や合併疾患、生活の状況を考え合わせて決定します。


■大動脈瘤の手術

「大動脈瘤の手術」は「人工血管置換術」といい、合成繊維で作られた人工血管が使われます。 繊維の網目は、たんぱく質のコーティング(表面塗布)によって塞がれ、血液が漏れることはなく、耐久性にも問題はありません。 「人工血管置換術」は、胸部を切り開き、さらに瘤の部分を切り開いて、そこに人工血管を置き、両端を患者自身の血管に縫い付けます。 枝分かれした血管がある場合は、それらも縫い合わせます。 瘤の範囲が広い場合は、何回か手術を行って順次、人工血管に置き換えていきます。

●「人工血管置換術」の概要

手術は、大動脈の中を血液が流れている状態では行えません。 血液を体外に導き、「人工心肺」を通してから体内に戻すようにして、手術する部位だけ血流を遮断した上で、手術が行われます。 胸部大動脈瘤の手術では、瘤のできた場所によって難易度などが異なります。 比較的難しいのは、脳や上肢への動脈が枝分かれしている「弓部大動脈」で、手術中脳への血流をどのように保つかが問題となります。 この場合、身体全体を低体温にして脳の代謝を低下させ、さらに脳に繋がる動脈に体外から血液を流して手術を行います。 体外から脳へ血液を循環させる方法は著しく進歩し、手術によって脳梗塞を起こす確率や死亡する確率はかなり低下しています。 また、下行大動脈の腹部に近い部分を手術する場合は、脊髄へ繋がる動脈への血流が悪くならないようにして、脊髄の障害を防ぐことがポイントになります。 下行大動脈から腹部に広がっている場合は、脊髄の障害のほか、腎臓や肝臓などの障害を防ぐことがポイントとなります。

胸部大動脈瘤の手術時間は、10~12時間かかることもあります。 術後の入院期間は、合併症がない場合で3~4週間程度です。合併症がある場合には、その治療が先に行われます。 例えば、狭心症がある場合には、 新たな血液の通り道をつくる「冠動脈バイパス手術」が先に行われます。

胸部大動脈瘤の手術の死亡率は、一般に5%以下といわれています。 仮に大動脈瘤が破裂した場合、助かる確率は約10%です。 これに対し破裂する前に予防的に行う手術では 約95%が助かると考えられます。 早めに大動脈瘤を発見し、経過を観察して、適切なタイミングで十分な準備をした上で手術を受けることが大切です。

●負担の少ない「ステントグラフト内挿術」

最近は、「ステントグラフト内挿術」が行われることがあります。 ステントグラフトとは、網目状の金属(形状記憶合金)を取り付けた「人工血管」のことです。 これを小さく折り畳み、脚の付け根の部分の動脈から、カテーテルを使って瘤のところまで運び、広げます。 膨らんでいない血管壁に両端を密着させるようにして、そこに留め置きます。

「ステントグラフト内挿術」は、脚の付け根を小さく切開するだけなので、患者にかかる身体的負担が少なくて済みます。 そのため、肺の病気などの合併症で、人工血管置換術が困難な人にも行うことができます。 ただし、「ステントグラフト内挿術」は、大動脈がカーブしたり、枝分かれする血管がある部位では行いにくいという欠点があります。 また、血管壁に留めおいた金属の位置がずれてしまう可能性もあります。 ずれると、血管に密着した部分に隙間ができて、そこから瘤の部分に血液が入り込むことがあります。 そのため、半年から1年ごとにCT検査を行い、位置の確認を行う必要があります。 「ステントグラフト内挿術」の死亡率は、人工血管置換術の半分以下で、問題もありますが、治療の選択肢の1つと考えることができます。


 

■その他

大動脈瘤は一般的には「生活習慣病」として認識されていませんが、脂質や塩分の多い食事によって動脈硬化が進み、 それにより引き起こされることが多いことから、「生活習慣病」として捉え、 食事や運動など長年の生活習慣を改善して、予防することが大切です。 特に、昔ながらの日本食は塩分が多いので、意識して摂取量を減らすよう心掛ける必要があります。

胸部大動脈瘤は、エックス線検査では、小さい瘤や心臓の裏側にできた瘤は、画像に現れにくいこともあります。 しかし、健康診断のエックス線検査などが発見のきっかけになることが多いので、 1年に1回はエックス線検査を受けることが望ましいでしょう。 また、腹部大動脈瘤の発見のためには、超音波検査も受けるとよいでしょう。

大動脈瘤は、他の循環器病と同様、高齢の男性に多いといわれています。 「ほとんど症状がない」まま進行し、「突然破裂する」ので、定期的に検査をしないと、「突然死」を迎えることになる可能性もあります。