糖尿病網膜症

糖尿病網膜症は、目の網膜の血管が障害される病気です。 ごく小さな出血から始まり、やがて血管が閉塞して血流が途絶え、網膜に酸素や栄養を供給できなくなります。 すると、網膜に酸素や栄養を供給するために新生血管という異常な血管ができてきて、進行すると視力が低下して失明に至る場合もあります。 したがって、糖尿病網膜症は早く見つけて適切な時期に治療を受けることが重要です。 早期発見には、眼科での検査が欠かせません。 糖尿病網膜症は内科では発見しづらいので、糖尿病のある人は、自覚症状がなくても年に1回は眼科医を受診して、眼底検査を受けましょう。 治療の基本は糖尿病そのものの適切な管理で、血糖値をHbAlc7.0%未満を目標に、治療に取り組みます。 症状が進行した場合は、血管の閉塞した網膜を凝固したり、増殖膜を切除したりします。


■「糖尿病網膜症」とは?

糖尿病によって、網膜の毛細血管が障害されて起こる

『糖尿病網膜症』は、血糖値の高い状態が続くことによって目の網膜の血管が障害される病気です。 「網膜」は眼球の一番奥にあり、外から「水晶体」を通して目に入ってきた光が像を結ぶ部分で、目をカメラに例えると”フィルム”に相当します。 網膜は物を見るのに必要な神経が広がっているため、糖尿病網膜症が進行すると視力障害が起こってきます。 網膜には酸素や栄養を運ぶための多くの毛細血管が集まっていますが、 糖尿病になって血液中の糖が増加すると(高血糖)、網膜の毛細血管が障害されてもろくなったり、詰まったりします。 それが引き金になって出血などが起こり、突然失明することもあります。これが、「糖尿病網膜症」です。 糖尿病網膜症は、通常両方の目に起こります。

日本の糖尿病網膜症の患者数は、糖尿病全体の3~4割に当たる300万~400万人と推定されています。 また、毎年3000~4000人が、糖尿病網膜症で著しい視力低下や失明などの重い視力障害を起こしていますが、 適切な時期に治療を受ければ、これらを防ぐことが可能です。 糖尿病網膜症では、自覚症状の乏しい時期が非常に長く続きます。 そのため、視力が1.0あっても糖尿病網膜症は進んでいき、治療が必要になることがあります。 視力低下がみられた時には、網膜の障害が著しく進んでいることもあります。

毛細血管は、糖尿病を発症してから数年~十数年かけて徐々に障害され、多くの場合、ある日突然、急激な視力低下が起こります。 糖尿病網膜症は、痛みやかゆみなどの症状がなく、初期のうちは視力の低下なども現れないため、 眼底検査(眼底鏡を用いて眼の奥を光を当てて調べる検査)を受けないと、初期の網膜症は発見できず、 病状の進行に気付かないことが多いので、発見が遅れがちです。そのことが、視覚障害まで進行する人が多い原因の一つと考えられます。 糖尿病網膜症は、糖尿病になってから5年以上の患者さんの15%~20%に現れます。 20年以上では60%の人に発症し、そのうちの15%は、視覚障害を起こす恐れがあるところまで進行しています。

このように、糖尿病が原因で突然に失明することもあるため、早めの対処が必要です。


■糖尿病網膜症の進行・病期

ごく小さな出血から始まり、異常な血管も伸びてくる
気付かないうちに進行し、出血すると突然視力が低下する

糖尿病は、血糖値が高い状態が続く病気です。血糖が多いと、全身の血管が障害されます。 網膜の毛細血管も例外ではなく、糖尿病の進行に伴ってもろくなったり、小さな瘤ができたりします。 毛細血管が破れ、網膜に小さく出血することもあります(眼底出血)。
網膜症の病期は、進行状況から「単純網膜症」「前増殖網膜症」「増殖網膜症」の3段階に分かれます。

▼進行度1(単純網膜症/軽症~中等症非増殖網膜症)
最も軽い段階です。 網膜の血管がもろくなるため、網膜に栄養を補給している血管壁の一部(毛細血管)に小さな瘤ができます。 血管が破れて「点状出血(点状の非常に小さな出血)」が起こったり、血液が吸収されて「白斑」ができたりします。 出血やむくみが黄斑部に起こると、視力が低下することがあります。

▼進行度2(前増殖網膜症/重症非増殖網膜症)
中期の前増殖網膜症になると、線状出血や網膜最小血管異常がみられるようになります。 高血糖によって毛細血管の内腔(内部の空間)が狭くなり、血液の流れが悪くなったり、詰まることもあります。 すると、網膜の血管の一部が詰まったり、血液の流れが途絶え、血液の成分の一部が血管壁の外に浸みだすなどして、軟らかい白斑ができます。 黄班部以外に起こることが多いので、自覚症状はほとんどありませんが、黄班部に及ぶような出血があると、視力低下が現れることもあります。 光凝固を行う必要性が出てくる時期です。

▼進行度3(増殖網膜症)
後期の増殖網膜症になると、血管が閉塞して血流が途絶え、網膜に酸素や栄養を供給できなくなります。 すると、網膜に酸素や栄養を供給するために新生血管という異常な血管ができてきます。 また、新生血管ができるのに伴い、増殖膜という新生血管を含む膜が、網膜と接する「硝子体」のほうにできてきます。 新生血管は非常にもろいので、硝子体に引っ張られるだけで破れて出血します。 力んだり、ぶつかるといった些細な衝撃によっても、出血することがあります。 出血が硝子体に及ぶ硝子体出血が起こると、硝子体が濁って、目に入ってきた光が途中で遮られます。 そのため、物が見えにくくなったり、黒っぽい糸くずのようなものが飛んで見える 「飛蚊症」が現れたりします。 硝子体はゼリー状の組織ですが、年齢とともにゼリー状の部分と水分に分かれて萎縮していきます。 萎縮が進むと、網膜と硝子体の間の増殖膜によって網膜が引っ張られて、 「網膜剥離」が起きやすくなります。 視力と最も関係する「黄斑部」に網膜剥離が起こると、視力が著しく低下して失明する場合があります。 新生血管は、非常にもろくて破れやすい血管です。 また、「白内障」「緑内障」にかかるリスクも高くなります。

単純網膜症が発症するまでに5~10年かかり、血糖値のコントロールが悪いと、単純網膜症から前増殖網膜症に2、3年で進行し、さらに増殖網膜症へ1、2年で進展します。 網膜症は、このように段階を踏んで進行していき、単純網膜症から前増殖網膜症の前期の段階では自覚症状がなく、視力に影響しませんが、 硝子体出血(増殖網膜症の段階)を起こしてくると見えにくくなってきます。 いったん硝子体出血を起こすと、基本的にはそれを治す薬はなく、自然に吸収されるのを待つしかありません。 また、出血量が多い場合は手術をします。硝子体出血を繰り返しているとだんだん視力が低下していきます。


■糖尿病網膜症の検査

網膜の状態を確認する眼底検査を受ける

糖尿病網膜症は早く見つけて適切な時期に治療を受けることが重要ですが、進行度1の段階では、ほとんど自覚症状がありません。 進行度2では、視力が低下する場合もありますが、程度が軽いか、または視力が保たれていることが多いため、 自覚症状として気付くことができない場合が少なくありません。進行度3になると、明らかに視力低下が起こってきます。 糖尿病網膜症を早期に発見するためには、糖尿病と診断された段階で年に1回以上は眼科を受診し、眼底検査を受ける必要があります。 眼底検査は、網膜を直接観察できるので、わずかな出血でも見つけることができます。
すでに糖尿病網膜症と診断されている場合は、眼科医とよく相談しながら進行の程度に応じて検査の間隔を短くしていきます。 その過程の中で、治療を受けるのに適した時期を見定めていきます。 糖尿病網膜症の検査や治療は眼科で行われますが、治療には血糖コントロールが欠かせません。 そのため、眼科医と内科医が連携して治療に取り組みます。 この連携に役立つのが、それぞれの検査値や病態を記録できる「糖尿病連携手帳」「糖尿病眼科手帳」です。 これらの手帳の入手方法については、内科や眼科で相談するとよいでしょう。


■糖尿病網膜症の発症と進行を防ぐ

糖尿病網膜症の原因は高血糖ですから、発症や進行を防ぐためには、血糖をしっかりコントロールすることが重要です。 その指標になるのが、「HbAlc」です。HbAlcは、過去1~2ヶ月間の血糖の平均値を反映するもので、 継続して調べることで血糖コントロールの状態がわかります。 アメリカで行われた臨床試験では、HbAlcの値が低い群の方が、糖尿病網膜症の発症率が低いことがわかりました。 血糖をしっかりコントロールできれば、糖尿病網膜症を予防することは十分に可能です。

また、空腹時と食後の差を小さくすることも大切です。健康な人は、空腹時の血糖値が70~100mg/dl程度、食後では140mg/dl以下です。 しかし、空腹時は正常の範囲でも、食後の血糖値が200mg/dlを超えるなど、 血糖値の変動が大きい場合は、毛細血管が障害され、糖尿病網膜症が進行しやすくなります。 ただし、かなり進行した糖尿病網膜症では、薬物療法などで急激に血糖値が下がりすぎると (低血糖)、出血するおそれがあるので、注意が必要です。

◆糖を消費しやすい習慣を身につける

血糖をコントロールするには、体をこまめに動かすことがお勧めです。 階段を使う、雑巾がけをする、なるべく歩くなど、生活の中で体を動かす習慣を付けましょう。 それによって、糖を消費しやすい体が作られます。

◆定期的に目の検査を受ける

糖尿病は自覚症状の乏しい病気です。糖尿病と診断されたら、症状がなくても治療を行い、 定期的に目の検査も受けるようにしましょう。 検査では、主に「眼底検査」が行われます。「瞳孔」から眼球をのぞき、網膜や網膜の血管の状態を直接観察する検査です。 新生血管を調べるために、蛍光色素を腕の静脈から注射して行う「蛍光眼底造影」が行われることもあります。 眼底検査で「まだ網膜症になっていない」と診断された場合でも、半年~1年に1回は検査が必要です。 眼底出血が見られた人は3~6ヶ月に1回、新生血管が見つかった人やレーザー治療を受けた人は1~2ヶ月に1回は検査を受けます。


■糖尿病網膜症の治療

血管の閉塞した網膜を凝固したり、増殖膜を切除したりする

糖尿病網膜症のほとんどは、自覚症状のないまま進行します。 治療の基本は糖尿病そのものの適切な管理で、血糖値をHbAlc7.0%未満を目標に、治療に取り組みます。 HbAlcを7.0%未満に保つことによって、糖尿病網膜症の進行をかなり抑えることができます。 網膜に対する治療は、病気の進行の程度によって異なり、進行度2の段階から開始するのが一般的です。 治療は、下記のような3つの段階に分けられます。

●単純網膜症~血糖コントロール~

糖尿病網膜症の初期の段階です。網膜の毛細血管がもろくなり、血管に小さな”こぶ”ができます。 そのこぶが破れると「点状出血」が生じます。また、その出血が吸収されて網膜に硬い「白斑」が現れます。 しかし、視力にかかわる「黄班部」に影響がなければ、自覚症状は出ません。 この時期に発見できれば、血糖コントロールを行うことで、症状はよくなることが多いようです。 血糖コントロールでは、食生活の改善運動療法を行いますが、 効果が現れない場合や効果が不十分な場合などに、薬による治療が必要になります。 血糖がコントロールできれば、糖尿病網膜症の進行を防ぐことも可能です。


●増殖前網膜症~レーザー凝固治療~

進行度2以上に行われる治療で、網膜の血管の詰まった部分に、レーザーを当てて焼き固めます。 新生血管の発生を防いだり、すでにできた新生血管を退縮させます。 「レーザー光凝固」とも呼ばれ、通院して治療を受けることができます。 レーザー光凝固治療は、新生血管ができる前または新生血管ができてすぐの状態で受ければ、失明を95%以上抑えられます。 治療後は眼科医の指示に従い、定期的に検査を受けることが大切です。 レーザー治療は1回15~20分程度で、出血しやすい部分を凝固させます。 局所麻酔をして行うため、ほとんど痛みはありませんが、痛みを感じる人もいます。 ただし、レーザー治療はあくまでも進行を抑えるもので、血糖コントロールが治療の基本になります。


●増殖網膜症~レーザー治療・硝子体手術~

進行度3で、硝子体出血が多い場合や網膜剥離がある場合などに行われます。 毛細血管が詰まって、血流が途絶えるために、網膜では酸素や栄養が不足します。 それを補おうとして、「新生血管」という異常な血管が生えてきます。 しかし、新生血管は非常にもろいため、わずかな衝撃でも破れ、出血してしまいます。 出血が「硝子体」に及ぶと、視力が低下します。こうなると、「硝子体手術」によって出血を取り除く必要があります。 さらに、網膜剥離を引き起こすと、失明するおそれもあります。

治療の基本は血糖コントロールですが、症状によってレーザー治療を行うこともあります。 レーザー治療では、毛細血管の詰まった部分にレーザーを照射して凝固し、新生血管の増殖を防ぎます。 「黄斑浮腫」がある場合、浮腫の原因となっている毛細血管などに対しても行われます。 通常、1回の治療で500発照射します。眼底全体に行う場合は、炎症を防ぐために1週置きに4回程度に分けて行います。 重症の糖尿病網膜症で、レーザー治療を受けなかった人と受けた人の失明率を調べたところ、 受けなかった人の30%以上が6年たった時点で失明していましたが、受けた人では20%以下に抑えられています。

新生血管が破れて、硝子体出血が起こっている場合は「硝子体手術」が行われます。 白目の部分に小さな孔を3ヶ所開けて、出血を硝子体ごと吸引します。 硝子体を取り除いても「毛様体」という部分から「房水」が分泌されるため、眼球の形は保たれます。 出血が除去されれば、また元通り見えるようになることもありますが、網膜自体の傷みが重い場合には、視力が十分に出ないこともあります。 また、硝子体出血を長く放置していると、治療を受けても視力が戻らないこともあります。

直径0.5~0.9mmほどの細い手術器具を3ヵ所から挿入して、硝子体内の組織や出血、新生血管、増殖膜をすべて除去します。 山形大学医学部附属病院では、硝子体手術を受けた人の5~6割が視力が0.5以上に回復し、0.1以上に回復した人を含めると8割を超えています。 非常にまれですが、手術後に「血管新生緑内障」という難治性の緑内障が起こる場合があります。 また、多くの場合入院期間は1~2週間程度必要です。どのような治療を受けるかは、検査結果を基に決めることになります。 治療を受ける際には眼科医とよく相談してください。


■進行させないために

糖尿病網膜症の場合も血糖管理が大切で、ヘモグロビンA1cの値を7.0%未満に保ちます。 かなり進行した場合は、レーザーを網膜に照射して新生血管の発生を防いだり、出血によってできた膜(増殖膜)を取り除く手術などが行われます。 また、抗VEGF抗体という薬を眼球に注射する治療も登場しています。 日本では眼科での治療によって、糖尿病網膜症による失明率は減少しています。 しかし、視覚障害を防ぐためにも、糖尿病と診断された場合は、糖尿病網膜症を発症する前から定期的に眼科を受診しましょう。 糖尿病網膜症は、早めに発見できれば治療法の選択肢も広がり、失明を防げることもあります。 血糖のコントロールに努め、定期的に検査を受けることが大切です。