糖尿病神経障害

糖尿病の合併症の中でも、最も患者が多いのが糖尿病神経障害です。 糖尿病神経障害は、全身に張り巡らされている末梢の神経が壊れていく病気です。 糖尿病の三大合併症の中で最も起こりやすい合併症で、悪化すると潰瘍や壊疽を起こすことがあります。 糖尿病神経障害は症状を自覚しにくく、医師も診断するのが難しい合併症でもあります。 糖尿病神経障害で最もよく見られる症状が、足裏や足指の痺れ、痛み、感覚麻痺です。 検査では、アキレス腱反射検査と振動感覚検査があり、そのほか、神経伝導検査も行われます。 糖尿病神経障害を食い止めるには、血糖値を十分に下げることが大切で、合併症を防ぐためには、HbAlcは7.0%未満を目標にします。 糖尿病神経障害の発見・予防のためにも、悪化させないためにも、早期に定期的に検査を受け、足のケアを毎日行うほか、 飲酒喫煙もやめる必要があります。


■「糖尿病神経障害」とは?

3大合併症の中で最もよく、早く起こる

糖尿病の合併症には、自覚しにくい症状が多くあります。そのためか、医師と患者の自覚との間には、大きな差があります。 そのなかでも、糖尿病神経障害による症状はさまざまで、診断の難しい合併症です。 糖尿病で神経障害が起こる理由は2つあります。1つは、末梢の血管が障害されて血流が悪くなり、末梢神経に栄養や酸素が十分届かなくなることです。 もう1つは、血液中の糖が多すぎたり(高血糖)、血行障害のため、末梢の神経線維が変性したり脱落するため発症します。 糖尿病神経障害は、3大合併症のなかで最もよく起こり患者数も多い合併症です。 一般に糖尿病と診断されてから5年くらいの比較的早い段階で自覚症状が現れ始め、10年たつと患者の7割以上に起こるとされる、非常に発症頻度の高い合併症です。 糖尿病神経障害を発症すると、痛みやしびれなどの症状に悩まされ、生活の質も損なわれます。 早い時期から、医師とともに対応していくことが大切です。


●糖尿病神経障害の発症機序

高血糖が長く続くと溜まってくる物質、血糖の分解産物である「アルドース」が原因の一つとされています。 現在これを溜めないようにする薬が出ています。 また、神経も細い血管で栄養を補給されていますが、血糖が高いと、これらの細い血管が詰まりやすくなって栄養が補給されなくなり、 糖尿病神経障害が出現するのではないかとされています。

【アルドース還元酵素阻害薬】
アルドースの蓄積を防ぐ薬です。原因の根本治療法として当初注目されましたが、全ての糖尿病神経障害に効果が出るわけではありません。


●糖尿病神経障害の症状

足裏や足指の痺れ、痛み、感覚麻痺が現れる

糖尿病神経障害は、合併症の中では一番早期に出現するといわれています。糖尿病と診断される前に出ていることもあるようです。 ですから、合併症ではなく随伴症状といってもよいかもしれません。 糖尿病神経障害は知覚障害と自立糖尿病神経障害に分かれます。 典型的な知覚障害の症状は足裏や足指の痺れ、痛み、感覚麻痺です。 正座をしていないのに両側左右対称に足の先のほうから痺れを来します。 患者さんは、「足の裏に紙が張り付いているようだ」「畳の上を歩いているのに砂砂利道を歩いている感じがする」などと訴えることがあります。 足が針のむしろの上を歩かされているような痛みがあるという人もいます。 進行するにつれて徐々に上がっていき、手にも足にも同じ症状が起こることがあります。 足がつってしまうのも糖尿病神経障害の一つです。神経と密接な関係がある筋肉の萎縮も病状が進行してくると出てきます。 下腿、臀部の筋肉の萎縮及び握力の低下が見られます。自律糖尿病神経障害が見られるのも糖尿病神経障害の特徴の一つです。 また、目の神経が障害されて、眼球が一方に寄ったり、顔面神経が障害されて、口が歪むといった症状が現れる場合もあります。 足や手の痺れなどは、他の病気でも起こりますが、糖尿病神経障害は足から始まることが多く、手だけに症状が出ることはまずありません。 また、症状は左右対称に現れることがほとんどです。

▼性機能障害
性機能障害(ED)も自律糖尿病神経障害の一つです。 バイアグラ以外にもEDの薬が最近増えていますが、自律糖尿病神経障害が進行している場合は効果がありません。

▼膀胱症状
病名は無力性膀胱、神経因性膀胱といわれます。 尿意がわからなくなり、かなりの尿をトイレに行かずに溜めてしまっても平気な人がいます。 尿失禁をしたり、腎臓に負担をかけてより早く腎不全が進行することもあります。

▼消化器症状
極端な便秘症や下痢症に悩まされる人がいます。 便秘も大量に下剤を飲まないと便通がないこともよくあり、下痢も程度がひどく、普通の下痢止めでは効かないような症例もあります。

▼立ちくらみ
専門的には起立性低血圧といい、夜中や午前中に歩行時立ちくらみが見られることがあります。 ひどいと転倒してしまうこともあります。

▼発汗異常
発汗調節も自律神経が行っているので、暑くもないのに汗を非常にかいたり(特に海外ではチーズを食べたときに多いとされている)、 逆に冬乾燥してくると皮膚が荒れやすくなります。特に自律糖尿病神経障害がある人は踵に亀裂が生じ、足潰瘍の原因になるといわれています。

▼無自覚性低血糖
低血糖がわかりにくくなります。 ひどいときは血糖が20~30mg/lまで下がっても気が付かないため、意識障害まで出てくることもあります。 そのほかに自律糖尿病神経障害ではありませんが、眼球を動かす神経が障害され複視が生じたり、 眼瞼の挙上をつかさどる神経が侵されるために眼瞼下垂が見られる症例もあります。

▼足病変
熱さや痛みの感覚が麻痺してくるので、低温熱傷や足に棘が刺さっていてもわかりにくくなります。 そのため足病変に罹患しやすくなってきます。足の筋肉が萎縮してくると足趾が背屈してきます。

痛みなどを感じる感覚神経と手足などを動かす運動神経が障害されて起こる症状には 「手足のしびれ・感覚低下・こむら返り・痛み」などがあり、 進行すると、四肢の末端が壊死し腐敗する「黄疸」が起こることがあります。 血圧の調節や臓器の働きなどをつかさどる「自律神経」が障害されて起こる症状には 「立ちくらみ・発汗障害・便秘・下痢・勃起障害・排尿障害」などがあります。

◆自律神経が障害されると

末梢神経のうち、自律神経が障害されると、発汗異常、立ちくらみ、 不整脈、胃の動きの低下、下痢や便秘、排尿障害、勃起障害などが現れることがあります。 胃の動きが低下すると、胃もたれや胸やけが起こってきます。 自律神経は、心臓、肺、胃、腸、泌尿器など様々な臓器の働きを調節している神経です。 そのため、自律神経が障害されると、これらの臓器の働きに支障が生じ、さまざまな症状が現れてきます。

◆特に危険な症状とは?

合併症の中には、特に注意を要する危険なケースもあります。1つは不整脈で、 「突然死」の原因になることがあります。 もう1つは、「無痛性心筋梗塞」です。糖尿病では心筋梗塞を起こしやすくなりますが、神経障害があると、 心筋梗塞のサインである強い胸の痛みを感じにくくなる場合があります。 すると、心筋梗塞を発症しても、気付くのが遅れてしまうことがあります。 そうしたリスクを避けるためにも、糖尿病で神経障害を合併している場合は、定期的に心臓の検査を受けておくとよいでしょう。

◆感覚神経の障害の進み方

感覚神経の障害は、一般的には次のように進行します。

▼無症状期
自覚症状はありませんが、検査によって、糖尿病神経障害を発見することができます。

▼前期
つま先や足の裏に”ジンジン”する痺れや灼熱感などの異常感覚が現れます。 ”ピリピリ”といった痛みを感じることもあります。

▼中期
異常感覚の範囲が広がり、膝から上の脚や指先にも異常感覚が起こってきます。

▼後期
痛みなどの感覚を感じなくなってきます。これは、神経線維が変性したことによるもので、糖尿病神経障害が進行したことを意味します。 例えば、足に傷があっても感覚が鈍っているため気付かなくなります。 この傷から「壊疽」が起こり、血流障害や感染などが加わって、下肢を切断しなければならなくなることもあります。

糖尿病神経障害は、中期くらいまでなら改善が期待できますが、後期まで進むと神経線維の変性や脱落が起こるので、回復は難しくなります。


■糖尿病神経障害の検査

アキレス腱の反射や、神経が振動を感じるかどうかなどを調べる

糖尿病神経障害は、早期に見つけ出して治療することが大切ですが、次のような検査を行うことで早期発見が可能です。

▼アキレス腱反射検査
椅子の上に膝を立てて後ろ向きに座り、脚をリラックスさせた状態で、医師がゴム製のハンマーでアキレス腱を軽く叩き、反射的に足が動くかどうかを調べます。 健康な人では、その刺激が神経を通して脚に伝わるので足先が自然に動きますが、糖尿病神経障害があると十分に動かなかったり、全く動かなくなります。

▼振動覚検査
椅子に座り、脚を伸ばします。伸ばした脚の内側のくるぶしか脚の親指に、振動させた音叉をくるぶしに当て、振動を感じていられる時間を調べます。 一般的に、健康な人は10秒以上感知できますが、糖尿病神経障害があるとそれより短くなるか、まったく感じなくなります。 神経障害は足から始まることが多く、手は正常でも足で感じていられる時間が短くなることがあるので、両手両足で検査して確認します。

これらの検査によって、無症状期の糖尿病神経障害も発見が可能です。そのほか、神経伝導検査も行われます。 早くから対処するほど改善しやすいので、糖尿病患者の方は、自覚のないうちから積極的に検査を受けるとよいでしょう。

◆自律神経を調べる検査もある

心電図で心臓の拍動のリズムを調べます。健康な人は呼吸に応じて心臓の拍動が変動しますが、自律神経に障害があるとあまり変動しなくなります。 また、横になっているときの血圧と立ち上がった時の血圧を比較し、立ち上がった時の血圧が横になっているときの血圧より20mmHg以上低下する場合は、 自律神経の障害が疑われます。糖尿病のある人は、こうした検査を年に1回は受けるようにしましょう。


■糖尿病糖尿病神経障害の治療

糖尿病神経障害を完全に治す薬はまだないので、対症療法が中心になります。 糖尿病神経障害は、高血糖状態が長く続くために起こります。 したがって、「血糖コントロール」が治療の基本です。 具体的には、「全身運動や食事療法、禁煙、薬物療法」などがあります。


■糖尿病神経障害の対策

血糖値や血圧などの管理の他、お酒やタバコもやめる

糖尿病神経障害を食い止めるには、血糖値を十分に下げることが大切です。 糖尿病の合併症を防ぐためには、HbAlcは、7.0%未満を目標にします。HbAlcは、過去1~2ヵ月間の血糖値を反映するもので、血液検査を行って調べます。 ただ、糖尿病の初期で血糖値がそれほど高くない場合は、6.0%未満を目標にします。 一方、血糖値が非常に高く、薬を使うと血糖値が下がりすぎて頻繁に低血糖を起こす危険性がある場合は、無理をせず、まず8.0%未満を目指します。 血糖値の他、血圧やコレステロールなどの脂質を、適正な状態にコントロールすることも必要です。 また、お酒やタバコは神経障害の症状を悪化させるのでやめましょう。

◆糖尿病神経障害がある場合の対策

痺れや痛みを和らげる薬、末梢神経の変性や脱落を抑える薬などが用いられます。 しかし、薬で症状を完全に抑えるのは難しいため、血糖値をしっかりコントロールして神経障害を起こさないようにすることが大切です。


●日常生活で気を付けること

毎日のケアを行って潰瘍や壊疽を予防する

糖尿病神経障害が進行すると、感覚が麻痺して痛みを感じにくくなります。 そのため、足に靴擦れや小さな傷、火傷、水虫、タコなどが生じていても気付かずに放置していることがあります。 また、糖尿病のある人は血糖値が高いため、小さな傷からでも感染を起こしやすくなっています。 閉塞性動脈硬化症を合併していると、足に十分な栄養素や酸素が送られなくなります。 その結果、知らないうちに感染が進んで、最悪の場合は潰瘍壊疽が起こり、脚や足の指を切断しなければならない場合が出てきます。

◆日課にすることと注意すること

潰瘍や壊疽を防ぐためには、足に傷や感染がないか毎日チェックすることが大切です。 足の裏の見えにくいところは鏡に映してみたり、家族に見てもらいます。 足はよく洗って清潔にし、荒れた部分は市販の保湿クリームなどで手入れをします。 日常生活での注意としては、靴擦れを起こさないよう自分の足の大きさに合った靴を履きます。 清潔を保つために靴下は毎日交換し、爪を切るときは皮膚を傷つけないように気を付けましょう。 炬燵に長時間入っていると、低温火傷を起こしやすいので注意が必要です。 こうした足のケアについて、不安なことや気になることがあれば、担当医に相談するとよいでしょう。