心房細動による脳梗塞
『心原性脳塞栓症』

脳血管が詰まる脳梗塞は、心房細動など心臓の異変からも起こります。 脳梗塞は麻痺や言語障害、最悪のケースでは突然死に至る場合があることから、 私たちにとって大変怖い病気です。 中でも重症化しやすい心原性脳塞栓症は、脳の血管に大きな血の塊が詰まることで起こります。 その異変に気付くことが、脳梗塞の予防に繋がります。


■脳卒中

世界中で年間約570万人の人が脳卒中で亡くなっている

世界脳卒中機構(WSO)という世界規模の組織があります。医療従事者に対して脳卒中(脳血管疾患)の予防や治療などの情報を提供したり、 患者さんの生活の質の向上を訴えるなど、脳卒中問題への関心を高めるための活動を行っている組織ですが、 この組織のデータによると、世界中で年齢・性別を問わず、6人に1人の割合で脳卒中を発症し、毎年570万人もの人が亡くなっているといいます。 WSOは、毎年10月29日を「世界脳卒中デー」と決め、脳卒中予防に対する啓発の日としています。 脳卒中は世界的に大きな問題となっているのです。
日本でも平成23年1年間の死亡原因として、脳血管疾患は、癌、心疾患、肺炎に次いで4番目。 死因別死亡総数のうち、12万人余りが脳血管疾患でなくなっており、これは全体の9.9%を占めています。 寝たきりになる原因の4割近くが脳血管疾患というデータもあります。 脳血管疾患と一口にいっても、大きく脳梗塞、脳出血、くも膜下出血に分けられます。 このうち約6割の人が脳梗塞で亡くなっています。脳血管疾患、中でも脳梗塞の予防は私たち日本人にとっても大きな問題です。


■心原性脳塞栓症

脳梗塞の中でも重症化しやすい心原性脳塞栓症

脳梗塞は血の塊(血栓)が脳の血管を塞いでしまうために、酸素や栄養が細胞に届かなくなり、脳細胞が壊死してしまう病気です。 脳梗塞には3つのタイプがあります。脳の細い動脈が詰まって起こる「ラクナ梗塞」、 動脈硬化で狭くなったやや太い動脈に血栓が詰まる「アテローム血栓性脳梗塞」、 そして心臓にできた血栓が血流によって脳まで運ばれ、脳の太い動脈を詰まらせる「心原性脳塞栓症」です。 心臓でできる血栓は大きくて溶けにくいため、脳の太い動脈を突然塞ぐことが多く、脳の広い範囲が障害されるケースが多いものです。 従って、重症例が多く、死亡率が高い傾向にあります。 また、一命を取りとめても、意識障害や重度の麻痺が生じて介護が必要になるケースが多いなど、一回の発症で重症化しやすい傾向があります。


■脳梗塞に関係する心臓の異変②心房細動

心原性脳塞栓症の原因となる心房細動とは?

脳梗塞などの約30%は、心房細動などの心臓の異変が原因で起こっています。 心房細動とは、心臓の拍動(心拍)のリズムが乱れる不整脈の一種です。 心臓の中の「心房」という部分が、不規則にぶるぶる震えて、正しいリズムが伝わらないために起こります。 心臓は、心臓の内部で発生する電気刺激によって収縮し、血液を全身に送り出します。 通常、1分間に60~80回の規則正しいリズムで拍動し、血液を送っていますが、心房細動があると、1分間の心拍数が400回以上にもなり、 心房が震えるように細かく動いて、十分に拍動しなくなります。すると、心臓から血液を効率的に送り出すことができなくなります。 心房細動が起こると、心臓の中で血液の流れが滞るようになります。その結果、滞った血液が淀んで、血栓(血の塊)ができやすくなります。 中には直径が数cmの大きさのものができることもあり、この血の塊(血栓)が剥がれると、 血液とともに心房から脳に運ばれて脳の血管を塞ぐと脳梗塞が起こるのです。 このようにして起こる脳梗塞を心原性脳塞栓症といい、それまで全く問題のなかった比較的太い血管が詰まるため、 強い麻痺や失語症などの重篤な症状が突然出現します。 心房細動の原因は、加齢、 高血圧糖尿病などのほか、 喫煙ストレスなどが引き金になる場合もあります。 心房細動は脳梗塞のリスクを5倍程度上昇させるといわれています。 それだけに、早期の発見が重要です。

◆心房細動の原因

心房細動が起こる原因は、下図に示したようにさまざまです。 特に、高齢者、高血圧や糖尿病がある人の場合は、注意が必要です。 その一方で、心房細動は健康な人にも起こることがあり、原因を特定できないケースもあります。 原因の1つには加齢が挙げられますが、社会の高齢化が進むにつれて、心房細動のある人は今後ますます増えると予想されています。


心房細動の原因


●心房細動を見つける検査

心房細動を早期に発見して治療をし、心原性脳塞栓症の発症を予防することが大切です。 とはいえ、心房細動は無症状の場合が多く、健康診断でも見つかりにくいという特徴があります。 心房細動は、動悸などによって自分で気付けることもありますが、多くは自覚症状がありません。 他の病気の検査をした際に、偶然見つかったということもあるほどです。 なかには、脈の乱れ、動悸、息切れ、めまい、胸の痛みなどの症状が現れることがあり、心電図をとることによって心房細動と診断されるケースもあります。 見つけにくい病気だけに、普段から体の変調には気を付け、日頃から自分で脈を測って不整脈をチェックする習慣をつけておくようにしましょう(下図参照)。 心房細動が疑われる場合には、心電図検査や心臓超音波検査が行われます。 心房細動は高齢になると発症しやすく、高齢人口の増加に伴い、今後ますます増加するものと考えられています。 心房細動と診断されたら、すぐに抗凝固療法を始め、脳梗塞を予防する治療に取り組むことが必要です。

▼心電図検査
心臓の中を流れる電気刺激を感知して記録する検査です。拍動のリズムなどを調べることができます。 しかし、心房細動がある人でも、常に心臓の不規則な動きが起こっているわけではありません。 そのため、携帯型の心電計を装着して、24~48時間心電図を記録する場合もあります(ホルター心電図検査)。

▼心臓超音波検査
胸に超音波を当て、心臓の大きさや動き、血液の流れなどを調べます。

心房細動を見つける検査


●心房細動を治療して脳梗塞を防ぐ

心房細動が見つかった場合は、薬物療法やカテーテルアブレーションという治療法が検討されます。

◆薬物療法

抗凝固薬による治療と、抗不整脈薬による治療があります。 抗凝固薬は、血液を固まりにくくし、血栓ができるのを抑える薬です。 脳梗塞のリスクが高いときなどに使われます。 代表的なものに、以前から使われているワルファリンと、近年使われるようになった直接経口凝固薬があります。 これらの薬では、副作用として出血が起こりやすくなることに注意が必要です。 抗不整脈薬は、心臓の異常な電気刺激を抑えて、心房細動を起こりにくくする薬です。 ただし、抗不整脈薬だけで心房細動を完全に抑えることはできません。 また、長期にわたって抗不整脈薬を飲み続けていると、効果が弱くなったり、心不全などが起こる場合があるので注意が必要です。


◆カテーテルアブレーション

カテーテルという細い管を、脚の付け根の静脈から心臓の中まで送り込み、異常な電気刺激が起こっている部位を高周波電流で焼いて、心房細動の発生を抑えます。 ほかにも、カテーテルの先端に付けたバルーンに、特殊なガスを送り込んで冷凍凝固する方法も行われています。 一度に広い範囲を治療できるので、治療期間が短いのが特徴です。


■脳梗塞に関係する心臓の異変②卵円孔があいている

左右の心房を隔てる壁に空いた小さな孔を卵円孔といいます。 胎児のときには誰にでもありますが、多くは生後自然に閉じます。 しかし、成長しても卵円孔が閉じず、それが脳梗塞の原因になることがあります(下図参照)。 卵円孔が閉じずに残っている人は成人の約4人に1人の割合でいると考えられていますが、すべての人に脳梗塞が起こるわけではありません。 また、カテーテルを使って卵円孔を閉じる治療もありますが、受けられる医療機関は一部に限られています。 大切なことは、卵円孔の有無にかかわらず、普段から長時間座り続けないようにしたり、こまめに足を動かすなどして、 足の静脈に血栓ができないようにすることです。

◆脚の静脈にできる血栓

飛行機などで長時間座っていると、脚の静脈の血流が滞って血栓ができやすくなります。 脚の静脈にできた血栓は剥がれると、通常、肺動脈に流れ込みます(↑の流れ)。 そこで詰まると、「肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)」が起こります。 ところが、卵円孔が開いていると、脚の静脈にできた血栓は、そこを通り抜け、脳に繋がる大動脈に流れ込みます(↓の流れ)。 すると、脳の血管で血栓が詰まり、脳梗塞を引き起こします。


脳梗塞に関係する心臓の異変②卵円孔があいている