咳・痰のガイドライン

は、風邪を始め、呼吸器の病気の代表的な症状ですが、その原因は多様です。 治療では、単に咳や痰を抑えるだけでなく、原因に応じた対処が望まれます。


■そもそも咳とは?痰とは?

咳は、呼吸器の病気で最もよく見られる症状の一つです。痰もまた呼吸器の病気でよく見られる症状で、しかも咳と痰は密接に関係しています。 肺は、人間の体内にある臓器の中でも、直接外界と接している特殊な臓器です。 外界の空気中には、ほこりや、細菌・ウィルスなどの病原体といった様々な”異物”が混じっています。 これを絶えず吸い込んでいながら、普段問題なく過ごせているのは、異物を排除し、体を守るためのさまざまな仕組みが気道(空気の通り道)に備わっているからです。 鼻の中の構造は、吸い込んだ空気の温度や湿度を調節するとともに、一部の大きな粒子の異物を捕らえる役割を果たしています。 さらに奥へ入った小さな粒子も、気道の内壁を覆う分泌液がからめ取り、線毛と呼ばれる細かい毛の動きによって口のほうへ運び出されます。 気道の分泌液には、侵入した細菌などを殺すような働きをする成分も含まれています。 この分泌液が多くなって、喉のほうへ出てきたものが痰と呼ばれます。その痰を出すことが、咳の基本的な役割です。 つまり咳は、気道に溜まった分泌物や空気とともに入ってきた異物を排除しようとして起こるもので、体を守るために備わった防御反応の一つといえます。 高齢者に多い「誤嚥性肺炎」は、こうした反応の低下が原因となっています。 ただし、咳が発生する仕組みは複雑で、現在も完全にわかっていません。 関与する要因が多いため、防御反応とは異なる起こり方をする咳もあります。 また、激しい咳は、睡眠を妨げ、体力を消耗させます。骨粗鬆症で骨が弱っていると、時に咳の衝撃で肋骨が折れることもあります。 咳のために生活の質が低下すれば、咳を止める治療も必要になります。 咳は、起こり始めてからの持続期間により、「急性」(3週間未満)「遷延性」(3~8週間)「慢性」(8週間以上)に分類されます。 また、痰の出るしめった咳(湿性咳嗽)と、痰のほとんどでない渇いた咳(乾性咳嗽)に分けられます。 咳の原因には、下記のようにさまざまなものがあります。急性の咳の原因は、多くが風邪をはじめとする感染症ですが、 持続期間が長い咳ほど、感染症そのものが原因のケースは少なくなります。

咳の主な原因


■どう治療する?

咳や痰の原因となっている病気が明らかなら、その治療が優先です。 症状を抑える対症療法としては、咳止めの「鎮咳薬」や、痰切りの「去痰薬(喀痰調整薬)」などが用いられます。 一般に”咳止め”と呼ばれているのは、脳に作用して咳を起こす反射を抑える薬で、専門的には「中枢性鎮咳薬」といいます。 ただし、咳には気道に入った異物を排出させて体を守る役割があるので、ただ止めればよいというものではありません。 特に痰が多いときに咳を止めるのは危険です。基本的に、咳止めはできる限り使わない方がよいとされています。 痰の多い咳には、咳止めよりも、痰が溜まらないようにする去痰薬を用いて、咳を減らします。 去痰薬にはいろいろな作用のものがあり、併用されることもあります。その他、漢方薬やトローチなどが使われることもあります。 また、咳や痰の原因に応じて、例えば、喘息であれば気管支拡張薬や吸入ステロイド薬、アレルギー性のアトピー咳では抗ヒスタミン薬、 胃食道逆流症では胃酸の分泌を抑えるプロトポンプ阻害薬を使ったり、 かつて蓄膿症と呼ばれたような慢性副鼻腔炎がある人では、 炎症を抑える目的で少量のマクロライド系抗菌薬を使ったりすることがあります。


■ガイドライン改訂のポイント

咳や痰の診療に関しては、2019年4月に日本呼吸器学会から「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2019」が発行されました。 咳に関する従来のガイドライン(「咳嗽に関するガイドライン第2版」2012年発行)の改訂に加え、痰に関する診療を併せて取り上げた初のガイドラインです。


ポイント①咳や痰が現れる背景にはさまざまな原因がある

咳に関する従来のガイドラインでは、基本的に画像検査や診察で異常が確認できないような咳を対象としていましたが、 新しいガイドラインでは、肺癌結核間質性肺炎など、 画像検査で異常が確認できる病気も対象に加えられ、痰を伴う咳が出る病気として、びまん性汎細気管支炎、気管支拡張症なども取り上げられています。 咳の原因は多様で、胃食道逆流症や慢性副鼻腔炎など、呼吸器の病気以外の原因による場合も少なくありません。 可能な限り原因を見極め、原因に応じた治療を行うことが大切です。 重大な病気が潜んでいる可能性もあるので、咳や痰が続くようなら、医療機関を受診してください。


ポイント②急性の咳では、必要な場合に限って抗菌薬を使う

急性の咳はほとんどが感染症が原因で、大抵は、風邪によるものです。 感染症というと抗菌薬を考える人が多いかもしれませんが、風邪のほとんどはウィルス性で、抗菌薬は効きません。 また、咳のピークを過ぎていれば自然治癒が期待できるので、基本的に抗菌薬は不要です。 薬を使う場合も、咳や痰などの症状を軽減する対症療法になります。 一方、急性の咳のうちガイドラインで抗菌薬を使う対象としているのは、咳がピークを過ぎておらず、マイコプラズマ感染症、百日咳、クラミジアが疑われる場合です。 黄色っぽい痰が出てきたなど細菌感染が示唆される場合でも、抗菌薬が用いられることがあります。 無用な抗菌薬をたびたび使っていると、その薬が効かない耐性菌を生む恐れもあるので、患者さんも、咳が出たからと安易に抗菌薬を求めないようにしてください。 一方、抗菌薬が必要とされた場合には、症状が軽くなっても途中でやめず、指示通りに飲み切ることが大切です。


ポイント③原因を特定しにくい長引く咳は「治療的診断」で鑑別

咳が3週間以上続いていたら遷延性・慢性の咳ということになり、原因を特定しにくいケースが多くなります。 その対応として、ガイドラインではフローチャートが示され、代表的な5つの原因が取り上げられています。 痰を伴う湿った咳の主な原因が「副鼻腔炎気管支症候群」で、慢性副鼻腔炎に、慢性気管支炎や気管支拡張症などの肺の病気が合併した状態のことです。 一方、痰をあまり伴わない乾いた咳では、咳だけが症状の「咳喘息」が最も多く、そのほか、アレルギーによる「アトピー性咳・喉頭アレルギー」、 胃酸の逆流による「胃食道逆流症」、感染が治った後に咳だけが長引く「感染後の咳」などが頻度の高いものです。 まずは肺癌や結核などの重大な病気が隠れていないかどうかのチェックが大切ですが、原因を容易に特定できない咳の場合は、 疑われる病気の治療薬を使って改善するかどうかをみる「治療的診断」がよく行われます。 正しい診断のためには、患者さんが医師の指示通りに薬を使い、症状がどのように変わったかをきちんと医師に伝えることが欠かせません。 一定期間治療に行っても改善しない場合には、精密検査や専門医の受診を勧められることもあります。

長引く咳への主な対応


ポイント④痰の観察が、原因の推定や治療の判断に役立つ

気道を直接調べるのは容易ではありませんが、痰を観察することで、気道の状態について様々な情報が得られます。 咳の症状がある人が受診した際、痰を伴うかどうかは問診のポイントの一つですが、併せて、痰の性状や色調、一日のうちどんな時に出るのかなども、 原因の推定や治療方針の検討に役立ちます。 患者さんも、「黄色っぽい膿のような痰が出る」「朝起きた時に痰がたくさん出る」など、気付いたことを医師に伝えてください。 原因を調べるために、痰を採取して「喀痰検査」が行われることもあります。 痰の治療としては、痰の性状や原因に応じて「喀痰調整薬」が用いられます。 ガイドラインでは、喀痰調整薬を”気道の分泌物を減らす薬”と”分泌物の排出を促進する薬”に大きく分け、 作用の特徴を示して、使い分けのための情報が提供されています。


■治療はどう変わる

咳に関する前版のガイドライン以来、慢性の咳の原因として「咳喘息」という診断名が一般的になり、吸入ステロイド薬による治療も普及しました。 反面、問題になってきたのが過剰なな診断です。例えば、咳が少し長引いているとき、自然に治る「感染後の咳」にまで吸入ステロイド薬を使うと、 薬で治ったように思われてしまう可能性があります。咳喘息ではないのにそう診断されれば、必要のない治療を続けることになりかねず、 その後も、喘息患者と同様に対処され、造影検査や麻酔などで余計な制限を受けたりする可能性もあります。 新しいガイドラインでは、そのような過剰な診断を避けるために、咳喘息を疑った場合は、まず気管支拡張薬で明らかに改善することを確認し、 咳喘息の疑いの強い場合に絞ったうえで、吸入ステロイド薬を使うとされています。 治療的診断にはそうした過程が重要だということを患者さんも知っておき、指示された治療や効果判定のための受診を確実に行ってください。