高齢者の貧血

高齢者にとって、転倒から大けがに繋がる立ちくらみやふらつきは、特に注意したいものですが、 実はその背景に貧血が隠れていることがあります。 高齢者が知っておきたい・気を付けたい・貧血について解説します。


■高齢者も油断できない「貧血」

立ちくらみやふらつきが起こると、転倒のリスクが高くなります。 特に高齢者の場合、転倒することで脚や背骨などを骨折し、そのまま寝たきりに繋がることや、頭を打って深刻な事態に陥る恐れがあります。 ですから、立ちくらみやふらつきには十分な注意が必要です。 実は、その原因として、高齢者では貧血にも注意が必要だということは、意外に知られていません。 若い女性に多いと思われがちな貧血ですが、高齢者も決して油断してはいけないことを、ぜひ知っておいてください。


●立ちくらみやふらつきを起こす原因

立ちくらみやふらつきの原因は非常に多岐にわたるので、まずは考えられる原因を整理しましょう。 高齢になると 高血圧糖尿病腎臓病、甲状腺の病気などの様々な病気が起こることが多く、 病気そのものの症状として、あるいは、病気に対する治療薬の影響によって、 立ちくらみやふらつきの症状が起こることがあります。 また、加齢に伴い平衡感覚や筋力などが低下することで、ふらつきが起こりやすくなる場合があります。 他にも自律神経の不調、脱水、疲労、心因性のものなど、さまざまな原因があり、貧血もその一つに挙げられます。 慢性的な病気があったり、薬を使っている場合は、その関連を推測できることもありますが、 貧血や自律神経の不調などが原因の場合は、思い当たらないということが少なくありません。 原因が多岐にわたるので、立ちくらみやふらつきがある場合は、自己判断はせず、かかりつけの内科などを受診して、原因を調べることが大切です。 なお、急に周囲がぐるぐる回るめまいのような症状が起きた場合は、 内耳や小脳に障害が起こっている可能性があります。速やかに、耳鼻咽喉科や脳神経外科、脳神経内科などを受診してください。


●高齢者に多い貧血の原因。背景にある病気に要注意

貧血は、起こる病気・仕組みによってさまざまなタイプがあります。 もっともよく知られているのは、ヘモグロビンの材料である鉄が不足するために起こる鉄欠乏性貧血で、 月経のために鉄が失われやすい若い女性に多く見られますが、その場合は、胃癌や大腸癌などによって消化管に出血があることを疑う必要があります。 抗血小板薬や抗凝固薬などを服用している場合、その副作用として消化管出血が起こっている可能性も考えられます。 高齢者の貧血では、このように、背景に病気などの原因があることに注意しましょう。 体内に鉄は十分あるのに、慢性疾患の影響でうまく利用できなくなって起こる貧血や、骨髄の病気が原因で起こる貧血が増えてきます。


●高齢者に多い貧血 原因と対策

◆鉄が不足する(鉄欠乏性貧血)

加齢とともに少食になったり、栄養が偏ったりすると、鉄の摂取量が不足するようになります。 また、高齢者の場合は、 胃癌大腸癌、 痔など慢性的に出血する消化管の病気によって、体内の鉄が失われ、貧血が起こるケースが多いです。 腰痛関節痛などで処方される非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)や抗血小板薬や抗凝固薬などの副作用として起こる、 消化管出血にも注意が必要です。 普段の食事を見直し、鉄を多く含む栄養バランスのよい食事を心がけましょう。 それでも不十分な場合は、鉄剤を使った治療を行います。特に高齢者の場合、出血の原因となる病気などがないかにも注意を要します。

◆骨髄の病気で赤血球が減少(不応性貧血)

近年、高齢者に多い貧血として注目されているのが「不応性貧血」です。 血球を作る造血管細胞に異常が起こる「骨髄異形成症候群」によって、赤血球が作られなくなることで起こります。 赤血球だけでなく、白血球や血小板も減少するので、「感染症が起こりやすくなる」「歯茎などからの)出血が止まりにくい」などの症状も現れます。 白血病に移行するなどのリスクが高いと考えられる場合は、骨髄移植や化学療法などの治療が検討されることがあります。 ただし、治療による体への負担も大きいため、進行のリスクなどを慎重に見極め、経過観察を含めた治療が検討されます。

◆鉄は十分あるのに利用できない(慢性疾患に伴う二次性貧血)

感染症、膠原病(関節リウマチなど)、悪性腫瘍などがある場合は、体内に十分な鉄があってもそれを利用することができないために、貧血が起こることがあります。 原因となる病気を特定して、それに対する治療を行います。 鉄が不足しているわけではないので、自己判断でサプリメントなどで鉄を補うことは避けましょう。

◆ビタミンB12や葉酸の欠乏(巨赤芽球性貧血)

ビタミンB12葉酸も、 赤血球が作られるときに不可欠な栄養素です。 どちらも体内で合成されないので、食事での摂取が必要ですが、通常の食生活で不足することはほとんどありません。

▼ビタミンB12欠乏
肉など動物性食品に含まれるビタミンB12は、胃液中にある因子と結合して吸収されます。 何らかの原因でこの因子が欠乏するとビタミンB12が吸収できず、貧血が起こります(悪性貧血)。 痺れや感覚障害、歩行障害、記憶力の低下などの精神症状も現れます。 手術で胃を全摘した場合、胃液が出なくなるので、術後3~5年で同様の貧血が起こります。 定期的に貧血の検査を受けて対応することが大切です。

▼葉酸欠乏
栄養の不足・偏り・妊娠・ メトトキレサート(関節リウマチの治療薬)や抗てんかん薬といった薬の影響などで起こることがあります。

いずれも、不足している栄養素を補う治療が行われます。ビタミンB12は注射で、葉酸は飲み薬で補充します。


●貧血の治療

原因に応じた適切な治療が大切です。鉄欠乏性貧血には、鉄を補う治療が行われます。 しかし、鉄欠乏以外が原因の場合には、「貧血だから」と鉄を補う治療を行っても効果は得られません。 他の栄養素が欠乏して起こる貧血(巨赤芽球性貧血)には、それぞれ適切な栄養素を補います。 治療によって貧血の状態が改善されると、動悸や息切れ、疲労感などの症状も解消し、患者さんの多くが 「元気になった」「活力が出てきた」などと感じるようです。
二次性貧血の場合は、まず貧血の原因となっている病気を特定し、その治療を行うのが原則です。 不応性貧血については、積極的な治療は体への負担も大きいため、血液内科の専門医の下で、 病気の進行具合やリスク、患者さんの年齢などを見極め、経過観察を含めて慎重に治療が検討されます。