血栓予防とアスピリン②アスピリンとはどんな薬か?

アスピリン』は「非ステロイド性消炎鎮痛薬」の代表的な存在で、古くから解熱鎮痛薬として知られています。 その解熱鎮痛薬として知られるアスピリンが、近年、血栓ができるのを防ぐ薬として、 「心筋梗塞」や「脳梗塞」などの再発予防のために広く使われています。 抗血小板薬としては少量を含む製剤が使用されます。 ”血液をサラサラにする”作用が注目されるアスピリンについて説明します。


■抗血小板薬としてはどんな場合に使われるか?

抗血小板薬としてのアスピリンの適応は、①狭心症や心筋梗塞、虚血性脳血管障害(一過性脳虚血発作、脳梗塞)などでの 血栓・塞栓形成の抑制、②冠動脈バイパス手術やカテーテル治療を行った後の血栓・塞栓形成の抑制、③川崎病とされています。 心筋梗塞や脳梗塞の急性期に使われることもありますが、基本は慢性期の再発予防(二次予防)です。 ある調査によれば、心筋梗塞や脳梗塞などを起こしたことのある人では、7~8割が何らかの抗血小板薬を服用しています。 欧米ではその9割以上をアスピリンが占めますが、日本では7割ほどです。 脳梗塞の中では、アテローム性プラークが破れてできる「アテローム血栓性梗塞」や、脳の中の細い動脈が詰まる 「心原性脳塞栓症」では、血栓予防に通常は抗凝固薬のワルファリンカリウムが使われますが、 使えない場合にはアスピリンを使うこともあります。


■どのようにして血栓を防ぐのか

血管の内面を覆って血管壁を守る働きをしている「血管内皮細胞」が何らかの原因で傷つくと、 血管壁の近くを流れている血小板がそこに付着して活性化します。血小板の凝集、血栓の形成はここから始まります。 血小板の活性化にはいくつかの経路があります。その一つが、血小板の細胞膜から遊離する「アラキドン酸」から 「トロンボキサンA2」という物質が作られる経路です。トロキボンサンA2は、血小板を活性化して凝集させたり、 血管を収縮させる作用を持ちます。アスピリンは、この過程で働く「シクロオキシナーゼ」という酵素を阻害することで、 血小板の活性化経路の一つを断ち、血小板の凝集を抑えます。一度シクロオキシゲナーゼが阻害されると、 その作用は血小板の寿命(10日ほど)が尽きるまで続きます。 ただし、アスピリンに関する大規模臨床試験のデータの中には、こうした血小板凝集抑制作用だけでは説明のつかない効果もあり、 多面的な作用が考えられます。ただ、血小板は血液を失わないように止血するのが本来の機能ですから、その機能を抑えれば、 血栓はできにくくなるかもしれませんが、その代わりに出血しやすくなります。 副作用で最も大きな問題が、この出血性合併症です。心筋梗塞や脳梗塞の予防を目指す一方で、脳出血が増えてしまいます。 ”血液がサラサラになる”というとよいことのようですが、サラサラでは困ることもあるのです。 アスピリンを飲むときには、この”得”と”損”のバランスを、医師も患者さんもよく考える必要があります。


■血栓症の予防効果は?副作用のリスクは?

アスピリンによる血栓予防の”得”と、副作用で起こる出血性合併症の”損”とは、実際のところ、どの程度のものなのでしょうか。 欧米の多くの大規模臨床試験の結果は、アスピリンの使用により、心筋梗塞や脳梗塞、それに関連する心血管死亡が約25% 減少することを示しています。一方、同一の症例群において脳出血のような重篤な出血性合併症は1.6倍に増えるといわれています。 欧米の白人では、一度心筋梗塞や脳梗塞を起こした人の場合、心筋梗塞や脳梗塞、 心血管死亡の発生率は年間4%ほどというデータがあります。 1000人あたり年間40人が心筋梗塞、心血管死亡などになるということで、アスピリンを飲めばその25%の10人は予防できるわけです。 一方、脳出血のような重篤な合併症がおこるのは1000人あたり年間2人程度とされます。

再発を防ぐ二次予防の場合は、損よりも得の方が大きいといえそうです。 では、一次予防についてはどうでしょうか。 心筋梗塞や脳梗塞の既往のない人の場合、年間発症率は1%以下です。 1000人に10人発症するとして、25%減で2人は救えるものの、2人に重篤な合併症が起きるのは二次予防の場合と変わりません。 つまり”損得”が同等になってしまうのです。 ただし、こうしたデータはほとんどが欧米での臨床試験によるもので、日本人についてはまだ十分なデータはありません。 また、解熱鎮痛薬として使われるアスピリンには胃腸障害の副作用が多いのです。 抗血小板薬として使うのはそれよりも少量ですが、それでも胃腸障害は起こりやすいのです。 血管壁の修復に関わるシクロオキシゲナーゼという酵素は、胃粘液の機能の維持にもかかわっています。 血栓を防ぐためにアスピリンでこの酵素の働きを抑えれば、胃粘液での働きも低下するため、 どうしても胃の障害を起こしやすいのです。多くはムカムカなどの胃の不快感ですが、胃潰瘍が起こることもあります。 予防のために胃粘膜保護薬などを併用することもありますが、出血が止まりにくくなっているだけに、 胃腸への対処が遅れることのないように注意する必要があります。