インスリン療法

インスリン療法』は、インスリン製剤を患者自身が自分で注射する方法で、 高血糖状態が著しい場合、経口血糖降下薬では血糖コントロールが不十分なときなどに用いられます。 インスリンを皮下に直接注射する分、高い効果が期待できますが、使用方法に気をつけないと、 「低血糖」になることもあります。


■「インスリン療法」とは?

患者さんが自分自身で注射して補充する

「インスリン」は膵臓から分泌されるホルモンで、血糖値を適正に保ちます。 「糖尿病」がある人は、インスリンの分泌が低下したり、働きが障害されるために、血糖値が高くなります。 そうした場合に、薬として作られたインスリンを注射して血糖値を下げることがあります。 その薬が「インスリン製剤」です。
『インスリン療法』は、不足したインスリンを補うため、体外から「インスリン製剤」を注射して、 患者自身が自分で注射することで、膵臓から分泌されるインスリンに代わる働きをさせる方法です。 膵臓でインスリンを作ることができなくなる1型糖尿病では必須の治療ですが、 2型糖尿病でも、次のようなときには必要になります。

  • 顕著な高血糖状態のとき、経口血糖降下薬などで良好な血糖コントロールが得られないとき。
  • 糖尿病が進行して、すでに自覚症状や合併症があるとき。
  • 糖尿病による意識障害があるとき。
  • 肝臓や腎臓の働きが著しく悪いとき。
  • 肺炎や大きなけがをしていたり、手術などで、すぐに血糖をコントロールする必要があるとき。
  • 妊娠中、妊娠する可能性が高いとき。
  • 重症の腎障害、肝障害があるとき。
  • 糖毒性を積極的に解除するとき。

インスリン製剤は毎日自分自身で注射をするため、携帯のしやすさや打ちやすさなどの面で工夫がされています。 さまざまな形状のものがありますが、注射器として使えるペン型の容器に入ったものが多く用いられています。 基本的な使い方は、最初に少量を空打ちして針先の空気を抜いてから、必要な量を腹部や太ももの皮下に注射します。 針が非常に細いため、注射による痛みはほとんどありません。


●インスリン製剤の目的

健康な人は、血糖値を安定させるために、膵臓から常に一定のインスリンが分泌されています(基礎分泌)。 そして、食事をすると、血糖値を下げるために直ちに多量のインスリンが分泌されます(追加分泌)。
糖尿病の大半を占める「2型糖尿病」では、一般に初期には基礎分泌は保たれていますが、 追加分泌のタイミングが遅れます。進行すると、追加分泌の量が減り、やがて基礎分泌の量も減ってきます。 「Ⅰ型糖尿病」の場合は、膵臓からインスリンがほとんど分泌されないので、基礎分泌も追加分泌もほとんどありません。
2型か1型かにかかわらず、健康な人のインスリン分泌の状態に近づけるのが、インスリン製剤による治療の目的です。 そのために作用や効果の異なる多様な種類のインスリン製剤が開発されています。


■インスリン製剤の使用法

患者さんのインスリン分泌の状態によって異なる

インスリン療法に使われるインスリン製剤には、注射後に効果が現れる早さによって 「超速効型」「速効型」「中間型」「持効型溶解」というタイプがあり、 速効型か超速効型のどちらかと中間型を混合した「混合型」もあります。 注射器も今はペン型が中心で、従来の注射器に比べ扱いやすく、針を刺す痛みも少なくなっています。 昼間は経口血糖降下薬を飲み、寝る前に中間型インスリンを用いるなど、経口薬とインスリン併用することもあります。を


●インスリンの種類

膵臓からのインスリンの分泌には、「基礎分泌」「追加分泌」があります。 基礎分泌は、血糖値が長時間にわたって一定になるようにするための分泌です。 これを補うインスリン製剤には、「持効型」「中間型」があります。 追加分泌は、食事による血糖値の上昇を抑えるための分泌です。 これを補うインスリン製剤には、「超速攻型」「速攻型」があります。 短時間で効果が現れますが、作用時間も短いのが特徴です。 また、基礎分泌と追加分泌の両方を補う働きを持つ「混合型」もあります。
使うインスリン製剤の種類と量は、患者さんの食前と食後の血糖値を確認し、健康な人のインスリン分泌パターン にいかに近づけるかを検討した上で決められます。インスリン製剤は、決められたとおりに使うことが大切です。

▼超速効型・速効型
強い効果が素早く現れて、消えていきます。

▼特効型溶解・中間型
特効型溶解は緩やかな効果がかなり長く続きます。 中間型は特効型溶解よりはやや強い効果が比較的長く続きます。

▼混合型
素早く効くタイプと、効果が長く続くタイプのインスリン製剤が合わさったものです。

治療の際は、それぞれのインスリン製剤の特徴を生かし、組み合わせて使われたり、単独で使われたりします。


●実際の使用例

インスリンの分泌がない、または極端に少ない場合は、1日3食前に、超速効型か速効型インスリン製剤を注射して 追加分泌を補います。更に、寝る前に、持効型溶解または中間型インスリン製剤を注射して基礎分泌を補います。 基礎分泌が保たれている場合は、1日3回食前に超速効型、もしくは速効型を注射して、追加分泌だけを補います。 1日に何度も注射をするのが難しい場合は、混合型インスリン製剤を朝と夕の1日2回注射することもあります。
これらのほかにも、「インスリンポンプ」を使ってインスリン製剤を注入する方法があります。


●「シックデイ」の対応

糖尿病の治療中に「感染症、胃腸の病気、手術」などで体調が崩れ、「発熱、嘔吐、下痢」などの症状が起こって、 食事ができないことがあります。これを「シックデイ」といいます。 このようなときでも、インスリン製剤の使用は続けてください。 脱水などの影響で血糖値は上がっていることが多いためです。
ただし「ビグアナイド」を飲んでいる場合は、脱水症状があると副作用を起こしやすいため、 薬の服用を中止します。また、脱水症状の予防のために水分補給は大事ですが、 ジュースなどの糖分が多いものは避けましょう。


●強化インスリン療法

従来インスリン療法では、できるだけ少ない使用回数で血糖をコントロールしていました。 しかし、最近は、インスリン製剤を使用する回数やタイミングによって健康な人のインスリンの分泌パターンに できるだけ近づける「強化インスリン療法」が主流になっています。 強化インスリン療法は、一般に効果が早く現れるタイプを毎食前に、効果が長く続くタイプを就寝前に使います。 自分で血糖値を測って医師に報告し、医師に指示された範囲でインスリンの量を調節します。 頻回の注射が難しい人や血糖値の自己管理ができない人などは従来インスリン療法を行います。

ある実験では、従来インスリン療法に比べて、強化インスリン療法ではHbA1cをより低く維持できました。 長期的にみても、「糖尿病網膜症」を発症・進行した人の割合は強化インスリン療法の方が低かったという結果が出ています。


■インスリン注射を行う上で

使用するインスリンの特徴や低血糖への対処法を知る

注射器には従来使用されているものと「ペン型注射器」があります。 注射に用いるインスリン製剤は、注射後に効果が長く持続するタイプや、短時間で即効的に効くタイプなど、 いくつかに分けられます。また、2型糖尿病の場合、自分自身のインスリンの分泌量や、インスリンの働きの程度によって、 注射する量も異なります。
使用するタイミングは、さまざまですが、最近ではより効果的に血糖コントロールができる「頻回注射療法」が注目されています。 ただし、高齢で、患者さん本人ではなく家族が注射している場合などでは、多くは1日1~2回注射する方法が行われています。


●インスリン注射の注意点

▼使用するインスリン製剤の特徴を知る
自分が使用しているインスリン製剤の効果の出方を理解しておきます。 また、注射する量、回数、タイミングなどは、必ず担当医の指示に従ってください。

▼運動でよく使う部位に注射するのは避ける
運動で筋肉への血流量が変動すると、インスリンの効きに影響が出ます。

▼注射部位は毎回変える
前回注射した場所から2cmずつずらします。

▼注射針は毎回交換する
使用済みの針は、瓶などに入れて医療機関に持っていきます。

このほか、「低血糖」の症状を知っていおいたり、 低血糖になった場合に備えることも必要です。


■合併症

血糖をきちんと管理して予防しつつ、検査も受ける

インスリン注射を的確に行って血糖コントロールを維持すれば、合併症が防げるという研究が数多く発表されています。 しかし、治療の開始が遅れてしまった場合、合併症を起こす可能性があります。 下記の検査を定期的に受け、合併症の早期発見に努めましょう。 合併症が起こった場合は、進行を阻止するため、必要に応じて眼科など、他の診療科と内科が連携して治療を行います。


何を調べているのか 主な検査
動脈硬化の程度 頸動脈エコー、心電図、エックス線検査
神経障害の有無 アキレス腱反射検査、振動覚検査
網膜の状態 眼底検査
腎機能の程度 尿検査・・・・・尿中アルブミン、たんぱく尿の有無
血液検査・・・・・血清クレアチニン

■インスリン製剤の早期導入

血糖の管理を難しくさせる糖毒性の悪循環を解消する

従来、インスリン製剤は糖尿病が進行し、膵臓からのインスリンの分泌がかなり低下して状態になってから使われていました。 しかし、最近では、インスリンの分泌が十分に保たれていても、「糖毒性」がある場合には、 インスリン製剤を使って血糖値を下げるようになってきています。


●糖毒性とは?

糖尿病は、インスリンの分泌低下やインスリン抵抗性によって起こります。 血糖値が高くなると、インスリンの分泌がさらに低下したり、インスリン抵抗性が悪化して、 血糖値がますます高くなるという悪循環が起こってきます。 高血糖によってこうした悪循環に陥ることを「糖毒性」といいます。 糖毒性があると、血糖のコントロールは難しくなります。 そのため強い作用のあるインスリン製剤を使って、確実に血糖値を下げることが必要になってくるのです。 糖毒性がなくなれば、インスリンの分泌が回復したり、悪化したインスリンの抵抗性が改善されてきます。 その結果、インスリン製剤の使用を中止して、経口薬による治療に戻ることもありますし、 場合によっては食事療法と運動療法だけで、血糖のコントロールが可能になることもあります。


■確実に血糖値を下げるために

症状に応じて積極的にインスリン製剤を取り入れる

インスリン製剤を使うことに抵抗感がある人は少なくありません。 しかし、インスリン製剤は、糖尿病の治療薬の中で血糖値を下げる効果が最も強い薬です。 早期から使うことで、膵臓を休ませ、機能を長続きさせることも期待できます。 早期のインスリン製剤の導入は、長い治療が必要な糖尿病の患者さんにとって非常に有効な治療法の一つです。


●インクレチン関連薬との併用

インスリン注射を1日に1~2回行っている患者さんでは、食後の血糖値の上昇を抑えるためにDPP-4阻害薬を併用することが よくあります。インスリン注射単独に比べて、低血糖が起きにくく体重も増えにくいメリットがあります。 最近では、GL-1受容体薬との併用も可能になりました。食前の血糖コントロールは持効型インスリン製剤で、 食後の血糖値の上昇はGLP-1受容体作動薬で抑えます。どちらも朝1回注射をします。 インスリン製剤の使用をやめてGLP-1受容体作動薬のみに替えるのは、血糖コントロールが悪化することが多いので勧められません。