糖尿病の最新治療②糖尿病性網膜症に「抗VEGF療法(眼内注射)」

失明を招く糖尿病網膜症の原因となる新生血管の増殖を抑えて進行を防ぐには、 現在行われている治療法と併用して『眼内注射』を行うと、出血を抑え、手術の危険も減ります。


■糖尿病網膜症

新生血管は極めてもろい

糖尿病網膜症は、 目に現れる糖尿病の合併症の代表的なものです。 網膜は目の奥にあり、外からの光がここで像を結びます。 目をカメラに例えると、網膜は、カメラのフィルムに相当する部分です。 しかし、糖尿病が進むと、血液中の糖分が多い状態が続くため、網膜周辺の無数の血管が詰まりやすくなったり、 血管壁に負担がかかりやすくなったりして血行障害が起こり、網膜症を発症します。 我が国の糖尿病は予備軍を含めて2210万人といわれ、今後も増え続けると考えられています。 それに伴い糖尿病網膜症も増加し、日本眼科学会によると、現在300万人が糖尿病網膜症を発症し、 毎年約3000人が重大な視覚障害に至っているとされています。 現在、日本での途中失明(人生の途中で起こる失明)の原因の第1位は緑内障で、2位が糖尿病網膜症なのです。


糖尿病網膜症は、進行の程度に応じて、以下の3つの段階に分類されます。
・第1段階・・・・・単純網膜症
・第2段階・・・・・前増殖網膜症
・第3段階・・・・・増殖網膜症
まず、第1段階の単純網膜症では、血行障害が原因で、網膜に毛細血管瘤(血管のコブ)ができることがあります。 点状出血(針の先で突いたような細かい出血)や斑状出血(シミのような出血)などの小さい出血が生じたり、 タンパク質や脂質が沈着する硬性白斑が現れたりすることもあります。 しかし、この段階では自覚症状はほとんどありません。 単純網膜症を放置すると、第2段階の前増殖網膜症に進行します。網膜の血管が詰まり、障害も進みます。 酸素や栄養の補給が十分でなくなるため、網膜の機能が低下して、眼底に軟性白斑(やわらかい白斑)が見られるようになります。 この段階でも自覚症状はほとんどありません。

やがて、第3段階の増殖網膜症に進行すると、網膜の血管の詰まりはさらに強まり、 血流低下を補うために「新生血管」が作られるようになります。 新生血管は、網膜から硝子体(眼球の中にあるゼリー状の組織)の中心に向かって伸びていき、 さらに網膜に増殖膜(新生血管の基礎になる膜)が現れます。 新生血管は極めてもろく、破れると硝子体出血となり、増殖膜が硝子体から引っ張られると網膜剥離(網膜が剥がれること) が起こります。新生血管からの出血や増殖膜は、視力障害を起こし、網膜剥離は失明の原因になります。


■治療法

レーザー治療と硝子体手術が主流

このような糖尿病網膜症の治療としては、現在、主に「レーザー光凝固」「硝子体手術」が行われています。 レーザー光凝固は、レーザー光を網膜に照射して凝固させ、新生血管の出現を予防して進行を抑えます。 前増殖網膜症の患者さんには、蛍光眼底造影という検査で眼底の虚血(血流低下で起こる局所の貧血)の範囲を調べます。 その範囲が狭ければ経過を見ながら薬物治療をを続け、広ければレーザー光凝固を行います。 増殖網膜症にもレーザー光凝固を行いますが、硝子体出血がひどい場合は、硝子体手術を行います。 ゼリー状の液体である硝子体と増殖膜を除去し、特殊な液体と入れ替えるのが硝子体手術です。 増殖網膜症の患者さんにレーザー光凝固を行おうとしても、硝子体出血のために網膜がよく見えず、治療できないことがあります。 その場合は、硝子体手術を行いながらレーザー凝固を行います。 硝子体手術で硝子体出血による視力障害が改善されるとともに、レーザー光凝固でその後の進行が抑えられます。


■抗VEGF療法

出血を抑え手術の危険も減る

こうした網膜症の治療法に加え、新しい治療法として注目されているのが『抗VEGF療法』です。 網膜の血管新生にはVEGF(血管内皮増殖因子)という物質が密接にかかわっています。 抗VEGF抗体は、VEGFの働きを阻害する物質で、これを注射して血管新生を抑えるのが抗VEGF療法です。 ただし、抗VEGFは単独ではなく、レーザー凝固や硝子体手術と併用して行います。 硝子体出血がある程度以上進んでいる場合は、硝子体手術の対象となります。 しかし、軽い硝子体出血であれば、抗VEGF療法で出血が抑えられ、レーザー光凝固だけで改善・安定するケースがあるのです。 増殖網膜症の患者さんに硝子体手術をする場合も、術前に抗VEGF療法を行います。 新生血管を抑え、手術時の出血を減らすことができるので、安全に手術ができ、手術後の合併症の危険を軽減できるからです。

糖尿病網膜症が進行すると、黄斑部(視細胞が集まる網膜の中心部)に浮腫(むくみ)が生じて起こる視力障害や、 血管新生が原因で眼圧が上昇する血管新生緑内障を合併することがあります。 抗VEGF療法は、こうした黄斑浮腫や血管新生緑内障を改善する効果も期待できます。 抗VEGF療法の具体的な治療法は、眼球の角膜(黒目)の端から3.5ミリ離れた結膜(白目)の部分に注射針を刺し、 抗VEGF抗体を0.05ml注射します。 注入により眼圧が上昇する恐れがあるので、注射後には、目の前房という部分に針を刺して房水(眼球内を循環している水) を少しだけ排出させて、眼圧の上昇を防ぎます。