脳血管性認知症

脳血管性認知症とは、「脳血管障害」を基盤として起こる認知症の総称です。 認知症の症状があり、症状や画像検査で脳血管障害が確認され、両者に因果関係が認められる場合に、脳血管性認知症と診断されます。 脳血管障害には、いろいろな病気が含まれますが、その中心となるのは「脳卒中」です。 脳卒中は、脳血管が破れて出血する「脳出血」「くも膜下出血」と、脳血管が詰まって起こる「脳梗塞」の3タイプに分類されます。 脳梗塞はさらに、その起こり方によって「ラクナ脳梗塞」「アテローム血栓性脳梗塞」「心原性脳梗塞」「ビンスワンガー型」に分類されます。 脳卒中を起こした人すべてに認知症が現れるわけではありませんが、脳卒中を起こした人は認知症を発症しやすくなります。 脳卒中は認知症の重大な危険因子なのです。 脳卒中の再発を繰り返すたびに段階的に進行することが多いため、進行を防ぐには、脳卒中の再発予防が欠かせません。


■脳血管性認知症とは?

脳卒中が起こったあとに現れる認知症

『脳血管性認知症』は、脳の血管が障害される「脳卒中(脳血管障害)」によって引き起こされる認知症です。 脳梗塞や脳出血などの脳卒中によって脳の神経細胞の一部が死滅するため、脳がダメージを受けます。それによって認知症が起こります。 脳卒中の後遺症としての認知症は、脳卒中を発症後およそ3か月以内に発症します。1回目の脳卒中では認知症が出なくても、 脳卒中が繰り返し起こることで認知機能が段階的に低下していきます。 大きな血管で脳梗塞や脳出血が起こっても、起こった場所によっては、明らかな脳卒中の症状が現れないことがあります(隠れ脳卒中)。 脳の細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」や 出血の範囲が小さい「小さい脳出血」も隠れ脳卒中です。 脳卒中の症状が現れにくいことが多く、気付かないうちに病変の数が増えていることもあります。 隠れ脳卒中であっても、脳はダメージを受けているため、認知症の原因となります。 また、アミロイドβが溜まって脳が委縮するアルツハイマー型認知症がある人に、 隠れ脳卒中が起こることで、認知症を発症することもあります。これは「脳血管障害を伴うアルツハイマー型認知症」と呼ばれます。 アルツハイマー型認知症も隠れ脳卒中も、加齢に伴って、発症や進行のリスクが高くなります。
脳卒中では、障害された脳の部位によって、「麻痺」「言語障害」などさまざまな症状が現れます。 認知症は、認知や記憶を司る部位が障害されることで起こる症状です。 ただし、脳卒中の発作を起こしたすべの人に、「脳血管性認知症」が起こるわけではありません。 「脳血管性認知症」の原因となる脳卒中は、主に「脳梗塞(脳の血管が詰まるもの)」「脳出血(脳の血管が破れて出血するもの)」です。 さらに、脳梗塞は、「脳血栓(アテローム血栓性脳梗塞)」「心原性脳塞栓」「ラクナ梗塞」「ビンスワンガー型」に分類されます。


●脳血管性認知症のタイプ

原因となる脳卒中のタイプによって大きく5つに分けられます

脳血栓(脳梗塞)
脳の比較的太い血管の内腔が動脈硬化で狭くなり、そこに血の塊(血栓)ができて血管を詰まらせる。 アテローム血栓性脳梗塞ともいう。

心原性脳塞栓(脳梗塞)
心房細動という不整脈があると、心臓内に血栓ができやすくなる。 これが血流に乗って脳に運ばれ、脳の血管を詰まらせる。

ラクナ梗塞
「穿通枝」という、脳の非常に細い血管が詰まり、小さな梗塞ができる。 数が少ないうちは症状が現れないことも多いが、多発すると認知症を招くことがある。

▼ビンスワンガー型
脳の神経細胞をつなぐ神経線維が多く走る「大脳白質」の血流が低下して、情報の伝達がうまくいかなくなり、 認知機能が低下する。ラクナ梗塞を合併しやすい。

▼脳出血
高血圧や動脈硬化などによって脳の血管が破れて出血し、脳の組織が圧迫されて、症状が現れる。

●脳血管性認知症の経過

脳卒中の再発とともに段階的に進行していく

多くの場合、脳卒中の発作に伴い、突然手足の麻痺や言語障害、嚥下障害などのはっきりとした脳卒中の症状が現れたあとに、
「今までできたことができない」
「何事もやる気がしない」
「物事に無頓着になる」
「不注意になる」
「居眠りが多くなる」
などの認知症の症状が現れて、認知機能が低下することが多いようです。

しかし、はっきりとした脳卒中の症状がなく、認知症の症状だけが現れる場合もあります。 このような場合、普段できていたことがある日突然できなくなったりして、周囲の人が気付くことが多いようです。 脳血管性認知症の原因は脳卒中ですから、脳卒中の発作を繰り返すと、通常はそのたびに、 認知症の症状も階段を下りるように段階的に進行していきます。 そのため、脳血管性認知症の進行を食い止めるには、脳卒中の再発を予防することが非常に重要なのです。


■脳血管性認知症の起こりやすさ

脳血管性認知症の起こりやすさは、年齢によって異なります。 脳卒中を起こした人を対象にした調査によると、認知機能が低下している人の数は、70歳代で最も多くなり、次いで80歳代、60歳代、90歳代の順でした。 しかし、各年代ごとに、認知機能が低下している人の割合を調べると、高齢になるほどその割合が多くなることがわかりました。 高齢になるほど「認知予備機能」は低下するとされており、そのために脳卒中から認知症を発症しやすくなるのかもしれません。 また、高齢になるほど、2回、3回と脳卒中を再発する可能性が高くなるので、それが影響しているとも考えられます。

ある調査で、脳卒中のタイプ別に認知機能が低下した人の割合が調べられました。 それによると、脳出血では約41%、くも膜下出血では約22%、脳梗塞では約36%でした。 くも膜下出血は平均発症年齢が比較的若いこともあって、認知症につながる人は少ない傾向にあります。 脳血管性認知症は、認知症の原因となる病気の中で、「アルツハイマー病」に次いで多いとされています。 アルツハイマー病と脳梗塞が重なると、認知機能はさらに低下します。

【加齢は血管性認知症のリスクになる】

40歳代で脳卒中を発症した人の認知症有病率は5.5%。70歳代で脳卒中を発症した人では37.8%。 脳卒中を発症した年齢が高いほど、血管性認知症が起こりやすいことがわかっています。


■脳血管性認知症の症状

再発のたびに、言語障害や認知機能の低下が進む

脳血管性認知症では、認知機能の低下によるさまざまな症状が現れます。 例えば、衣類の着方がわからなくなるなどの「失行」や、料理の手順がわからなくなったり、 タイマーやリモコンがうまく使えなくなるなどの「遂行機能障害」が現れることがあります。 また、「物事に無頓着になる」「注意散漫になる」「居眠りが多くなる」「何事にもやる気がなくなる」などの症状も、脳血管性認知症ではよく現れます。
脳血管性認知症に特徴的な症状としては、「夜中に大騒ぎする」「うつ症状がある」「痛みや痺れなど身体的な症状を訴える」 「感情が抑えられず突然泣いたり笑ったりする」「早期から歩行障害や尿失禁が現れる」などがあります。 要領は悪くなったが記憶には問題はない”というように、機能によって、 はっきりと障害されたものとそうでないものが混在するのも、脳血管性認知症の特徴です。

症状の現れ方にも特徴があります。アルツハイマー病のようにいつの間にか発病し、徐々に進行していくのではなく、 脳卒中の発作がきっかけとなって、突然発症します。「片側の手足の麻痺(片麻痺)」「言語障害」などの脳卒中の症状が現れ、 それが落ち着いてから認知機能が低下する場合と、麻痺などの症状がなく、最初から認知機能が低下する場合があります。 症状は、脳卒中の再発に合わせて段階的に進むのが典型的です。 したがって、脳血管性認知症は、脳卒中の再発を防ぐことで、進行を食い止めることができるといえます。

【関連項目】:『脳血管性認知症の症状』


■脳血管性認知症の脳の変化

脳梗塞や脳出血などによって、大脳皮質や白質が障害される

脳血管性認知症の発症の仕方は多様です。脳梗塞、脳出血、動脈硬化、血流不足などが原因となり、脳が障害されて認知症が起こります。

●脳血管性認知症の原因

脳血管性認知症の原因は、次の7つのタイプに分類できます。

▼小血管病変
非常に細い脳の血管である「穿通枝」が詰まって小さな梗塞ができたり(ラクナ脳梗塞)、穿通枝から出血して小さな血腫ができたりします。

▼大血管病変
脳の太い血管で動脈硬化が進んで詰まったり(アテローム血栓性脳梗塞)、心臓でできた「血栓」が脳に流れてきて 太い血管に詰まったりします(心原性脳梗塞)。そのため、脳の広い範囲が障害されます。

▼単一病変
「角回」「視床」「前脳基底部」「前大脳動脈領域」「後大脳動脈領域」などで起こる脳卒中で、1回の発作で認知症が発症します。

▼大農白質病変
「大脳白質」には、脳の神経細胞の突起である「神経線維」が集まっており、この部分の血流が低下することで認知機能が低下します。

▼脳出血
「高血圧」「動脈硬化」により、脳の血管が破れて出血します。 脳内の圧力が高まり、脳の組織が圧迫され、障害されます。

▼くも膜下出血
脳の血管にできた”こぶ”である「脳動脈瘤」が破裂し、 脳を包んでいる3層の膜のうちの中間に位置する「くも膜」の内側の隙間に出血が起こります。

▼低癇流
「心不全」、極端な血圧低下、脳に伸びる動脈の動脈硬化などが原因になり、大脳全体が血流不足の状態に陥って、認知機能が低下します。

実際には、複数の原因が重なって起こることもあります。また、小さな梗塞が多発していると、認知機能が低下しやすいことがわかっています。


■脳血管性認知症の危険因子

高血圧・糖尿病など、脳卒中の危険因子と同じ

脳血管性認知症は脳卒中が基盤となって起こるので、基本的には、脳卒中の危険因子がそのまま脳血管性認知症の危険因子でもあります。 具体的には、 「高血圧」 「糖尿病」 「脂質異常症」 「心房細動」 「心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の合併」「心不全」などが挙げられます。 高血圧は最大の危険因子で、血管壁を傷つけることなどにより、脳梗塞や脳出血の原因となります。 糖尿病や脂質異常症は動脈硬化を進行させます。 心房細動という不整脈があると心臓の中に血栓ができやすく、それが脳の血管に詰まることがあります。 心不全は脳卒中の危険因子ではありませんが、脳の血流不足の原因となることがあります。 その他の危険因子としては、 「肥満」 「喫煙」 「運動不足」 「大量の飲酒」などが挙げられます。 これらの危険因子を適切に管理することが、脳卒中を防ぎ、脳血管性認知症の発症や進行を抑えるのに役立ちます。

【脳血管障害の予防が認知症の発症予防になる】

アルツハイマー病があるものの認知症の症状はまだ出ていない人に脳血管障害が起こると、認知症の発症時期(●で示したところ)が早まります。 つまり、脳血管障害が起こらないように生活習慣の改善などを行うことが、認知症の発症予防に繋がることになります。

脳血管障害の予防が認知症の発症予防になる


■脳血管障害への対処法

脳血管性認知症は適切に対処することで、進行を食い止めることができます。 そのために、下記の5つの対処法を実行していくことが勧められます。 脳卒中の再発は、およそ2割の人で、その後10年間に起こります。 脳の状態を一気に悪化させ、認知症の発症や急激な悪化の原因となるため、再発予防は欠かせません。 すでに起こってしまった認知症を治すことはできませんが、適切に対処することで進行を抑え、それ以上悪くならないようにすることはできます。 脳血管性認知症では、このことがとても大切なのです。

(1)危険因子の管理
脳卒中の発症には、 高血圧糖尿病脂質異常症心房細動(不整脈の一種)慢性腎臓病、心不全、などの病気に加えて、 喫煙、過度の飲酒、脱水なども危険因子として関わっています。 こうした危険因子をしっかり治療・管理することが大切です。危険因子の管理は、隠れ脳卒中の予防にも有効です。

(2)抗血栓療法
脳梗塞を起こしたことがある人は、抗血小板薬や抗凝固薬など、血液を固まりにくくする薬で血栓(血液の塊)ができるのを防いで、 脳梗塞の再発を予防します。

(3)認知症の薬物治療
脳血管障害を伴うアルツハイマー型認知症には、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンが使われます。 意欲低下、うつ症状、不安感、不眠、興奮などの症状にはそれぞれに対する治療薬を使用します。

(4)家族の接し方と社会参加
本人は、できなくなったことをしっかり認識していることが多いです。 作業・仕事・家事などについて、「~ができなくなった」というように扱われると、気分が非常に落ち込みやすいです。 できなくなったことに触れるのではなく、今まで通りにできることを褒めて、社会参加を後押しするような接し方が勧められます。 過度な期待をせずに、余裕を持って見守りましょう。