BCAA(分枝鎖アミノ酸)

BCAA(分枝鎖アミノ酸)』は、 必須アミノ酸のうち、バリン(Val)・ロイシン(Leu)・イソロイシン(Ile)の3種類の アミノ酸の総称で、 分枝鎖アミノ酸の英語であるBranched(枝分かれした)、Chain(鎖状の)、Amino(アミノ)、Acid(酸)の頭文字をとったものです。 バリン、ロイシン、イソロイシンは「枝分かれ(分枝)」した構造を持つため、「分枝鎖アミノ酸」と呼ばれ、全て中性アミノ酸の脂肪族アミノ酸です。 BCAAは、筋タンパク質に含まれる必須アミノ酸の約35%を占めているといわれいるため、スポーツ愛好家のエネルギー源として、 またコンディションケアとして大人気です。また、BCAAは、アスリートの方の筋力アップだけでなく、 疲労回復や肝臓が気になる人など、ふだんの生活を活動的に過ごしたい方にもお勧めの成分です。 BCAAは表1のように、大豆、肉類(特に鶏胸肉)、魚類(特にマグロ赤身)、チーズ、たらこに多く含まれています。


●表1:可食部100gあたりのBCAA量(mg)
食品名 たんぱく質(g/100g) バリン ロイシン イソロイシン 合計
大豆 35.3 1,800 2,900 1,800 6,500
タラコ(生) 24.9 1,600 2,500 1,500 5,600
プロセスチーズ 22.7 1,600 2,300 1,200 5,100
マグロ(生・赤身) 28.3 1,400 2,100 1,300 4,800
鶏胸肉(皮なし) 22.9 1,200 1,900 1,200 4,300
豚ロース肉(脂身なし) 19.7 1,100 1,600 960 3,660
サンマ(生) 20.6 1,100 1,600 950 3,650
イワシ(生) 19.2 1,000 1,500 880 3,380
鶏もも肉(皮なし) 18.0 920 1,500 880 3,300
牛サーロイン肉(脂身なし) 18.4 750 1,600 880 3,230
鶏卵(全卵) 12.3 830 1,100 680 2,610
イカ(生) 15.6 550 1,000 580 2,130
小麦(中力粉) 9.0 390 680 350 1,420
精白米 6.8 430 570 290 1,290
アサリ(生) 8.3 330 520 300 1,150
牛乳 2.9 190 280 150 620
ホウレンソウ(葉・生) 3.3 120 170 95 385
キャベツ(葉・生) 1.4 47 49 31 127


■BCAAの生体での働き

分枝鎖アミノ酸は肝臓、腎臓、骨格筋、心臓および脂肪組織など、多くの場所で代謝されます。 代謝の活性を臓器で比較すると、膵臓、腎臓、胃は高いのに対して、骨格筋、腸、肝臓では低いことが知られています。 しかし、骨格筋は体重の35~40%もの割合を占めていることから、BCAAの代謝器官として重要であるとされています。 体内でBCAAはまず細胞膜のトランスポーターによって細胞内に入ります。 最初の代謝は、可逆的なアミノ基の転移反応で、3種類のBCAAに共通な分枝鎖アミノ酸アミノトランスフェラーゼ(①)によって起こり、 それぞれのアミノ酸に対応する分枝鎖α-ケト酸が生成され、ミトコンドリアの中に入ります。 さらにこの分枝鎖α-ケト酸は、分枝鎖α-ケト酸デヒドロゲナーゼ複合体(②)によって酸化的脱炭酸反応を受けます。 その後、各種の酵素反応を受けて、最終的にはアセチルCoAなどとなってTCA酸回路に入り、エネルギー源となります。 飢餓状態や糖尿病に陥ると骨格筋の分枝鎖アミノ酸代謝は亢進し、②の酵素活性が上昇することが知られています。 分枝鎖アミノ酸の先天的代謝異常であるメープルシロップ尿症は、 ②の酵素が欠損しているため、BCAAや相当する分枝鎖α-ケト酸が蓄積してしまうことによって起こります。


■BCAAの経口摂取の効果と意義について

BCAAは「スタミナを持続したい」「明日に疲れを残したくない」などのキャッチフレーズと共に販売され、 スポーツをする人だけでなく、一般の人にも人気の成分です。 BCAAは筋たんぱく質の約35%を占めるため、摂取すると骨格筋の原料をそのまま補給することとなり、疲労防止やスタミナ維持ができるというものです。 骨格筋は常に自身のたんぱく質の合成と分解を行っています。運動を行うとたんぱく質の合成は上昇しますが、分解も同時に上昇します。 トレーニングによる骨格筋の肥大は、骨格筋たんぱく質の分解よりも合成が上回ることによって起きる現象です。 運動前にBCAAを投与すると、投与されたBCAAが骨格筋の分解によって得られるBCAAよりも優先的に利用されることから、 骨格筋の分解が抑制されたとする報告があります。 BCAAは摂取してから30分後に血中濃度がピークに達すること、さらに運動時は骨格筋におけるBCAAの要求量が高まることから、 あらかじめ運動をする30分前~運動中にBCAAを2000mg以上摂取すると効果的ではないか、と推測している報告もあります。

BCAAは、入手できる最も信頼できる科学的エビデンスによって裏付けが行われている 米国のナチュラルメディシンデータベース(NMDB)に収載されている成分です。 NMDBによれば、運動中の骨格筋疲労を抑制するという効果に対しては、有効性レベル3 「効くとは断言できないが、効能の可能性が科学的に示唆されているレベル」と判断されています。 また、運動能力の増強に対する効果としては、有効性レベル4「効かないかもしれません」という判断がされています。 したがって、スポーツなど骨格筋を使う前やその最中にBCAAを摂取することは、骨格筋疲労などを軽減する可能性があります。 しかし、筋力を高めるという作用について、それを裏付けるはっきりとしたデータは、今のところ不十分なようです。 BCAAが筋たんぱく質のおもな原料である=BCAAを摂取すれば骨格筋の原料が豊富になるので筋力を高める、という単純な式は成立しないようです。


■BCAAの経口摂取時の注意

BCAAは健康な人が適量を経口摂取していれば安全であると考えられ、6ヶ月間までの使用でも安全とのデータが出ています。 スポーツをする方などが骨格筋の疲労を抑える目的で、BCAAサプリメントを飲用する際には、 前述したような摂取のタイミングや量に気をつければ、問題はないと思われます。 しかし、医薬品との相互作用や、副作用が報告されていますので、使用に当たっては注意が必要な場合があります。

パーキンソン病/症候群の治療薬であるレボドバと、 糖尿病治療薬(血糖降下薬)には相互作用が報告されていますので、 これらの薬を服用中の人には注意が必要です。 レボドバはL-ドーパとも呼ばれ、 パーキンソン病により脳で欠乏してしまうドーパミンを補うことを目的とした治療薬です。 ドーパミンは血液脳関門を通過しないので、脳内でドーパミンに変換されるレボドバを服用します。 BCAAはこのレボドバの腸における輸送系において競合し、薬の効果を弱める可能性があるので、同時に摂取してはいけません。 また、BCAAのなかでもとくにイソロイシンには、骨格筋のグルコース取り込みを上昇させ、血糖値を下げる作用があると考えられています。 したがって、糖尿病などで血糖値のコントロールをされている人が、血糖降下薬と共にサプリメントなどで大量のBCAAを摂取すると、 血糖値が下がり過ぎてしまう可能性があります。 BCAAの摂取を望まれる場合には、あらかじめ医師、薬剤師、管理栄養士に相談するなど、十分な注意が必要です。

副作用としては、疲労及び協調(骨格筋)運動の失調が報告されています。 車の運転など、神経運動の良し悪しに依存する活動の前、またはその最中には、注意して使用する必要があります。 妊娠、授乳婦への投与については、安全性に関する信頼性の高いデータは得られていませんので、使用を避けるべきでしょう。 特に注意しなければならないのが筋萎縮性側索硬化症(ALS、ルーゲーリック病)の方の場合です。 BCAAの使用において肺不全による死亡率が上昇したとの報告がありますので、使用は避けるべきです。

身近な加工食品にまで含まれるようになったBCAAですが、運動による骨格筋の疲労を改善する効果があることは示されているものの、 運動または競技力の向上に対しては、今のところはっきりとしたエビデンスがないようです。 サプリメントの利用もよいですが、大豆、肉類、魚類などの食品からも十分摂れることを再認識する必要があるのではないでしょうか。