高血圧治療ガイドライン2019改訂のポイント

現在、日本には、高血圧のある人が約4,300万人いると推定されています。 高血圧のある状態をそのままにしていると、 脳卒中腎不全心筋梗塞、 また認知症など、非常に多くの重大な病気のリスクを高めてしまいます。 その高血圧の管理・治療の指針となる高血圧治療ガイドラインが5年ぶりに改訂されました。 重要な2つの項目の「血圧分類」「降圧目標」における変更が、特に注目されます。



■改訂のポイント①血圧分類の変更

血圧は、上の血圧(収縮期血圧)と下の血圧(拡張期血圧)で表され、「上の血圧が140mmHg以上、または下の血圧が90mmHg以上」の場合、高血圧と診断されます。 この高血圧の「診断基準」については変わっていません。 一方、測定された血圧の値が、「正常の中でも、高めなのかどうか」 「高血圧の中でも、どのくらいの危険度なのか」などを細かく分類したものを「血圧分類」といいます。 今回は、この血圧分類の中でも特に”高血圧になる前の分類”が大きく変更されました。 上の血圧が「130mmHg~139mmHg」の場合は、前回のガイドラインでは「正常高値血圧」と分類されていましたが、今回から「高値血圧」となりました。 高血圧とは診断されないものの”正常ではない高い値”であることを明確にするためです。 また、上の血圧が「120~129mmHg」の場合、従来は「正常血圧」としていましたが、これが「正常高値血圧」となり、正常血圧は「120mmHg未満」に変更されました。 様々な臨床研究の結果、血圧が高くなるほどそれに比例して脳卒中や心筋梗塞などが起こるリスクが高くなることが明らかになっています。 そして、社会全体では「上の血圧が130~139mmHg」に当てはまる人が多く、かつその人たちが脳卒中や心筋梗塞を発症しやすいということ、 また、「上の血圧が120mmHg未満」に抑えられていれば、そのリスクが大幅に下がることも示されているため、今回の血圧分類の見直しが行われました。


高血圧症の診断 診察室血圧 家庭血圧
  上の血圧 下の血圧 上の血圧 下の血圧
正常血圧 120未満 80未満 115未満 75未満
正常高値血圧 120~129 80~84 115~124 75~79
高値血圧 130~139 85~89 125~134 80~84
Ⅰ度高血圧 140~159 90~99 135~144 85~89
Ⅱ度高血圧 160~179 100~109 145~159 90~99
Ⅲ度高血圧 180以上 110以上 160以上 100以上
(孤立性)収縮期高血圧 140以上 90未満 135以上 85未満


■改訂のポイント②降圧目標はより厳格に

もう一つの大きな変更点は、「降圧目標」がより厳格になったことです。 降圧目標とは、高血圧と診断された人が、治療によってそこまで下げることを目指すべき血圧の値です。 従来のガイドラインでは、若年から75歳未満の前期高齢者では「上の血圧が140mmHg未満で下の血圧が90mmHg未満」、 75歳以上の後期高齢者では「上の血圧が150mmHg未満で下の血圧が90mmHg未満」が降圧目標でした。 新しいガイドラインでは、これに対して、75歳未満では「上の血圧が130mmHg未満で下の血圧が80mmHg未満」、 75歳以上の後期高齢者では「上の血圧が140mmHg未満で下の血圧が90mmHg未満」と、より厳格な目標が定められました。 これには、最新の研究の総合的・科学的な分析結果が大きく関わっています。 2015年にアメリカ国立心肺血液研究所から発表された「SPRINT」という大規模な臨床試験の結果を始め、 日本高血圧学会でも、日本を含む各国で行われた臨床試験の結果を統計学的に詳細に分析しました。 その結果、「上の血圧が130mmHg未満かつ下の血圧が80mmHg未満」まで下げることによるメリットが大きいということが明らかに確認されたため、 降圧目標を前述のように見直すことになりました。 ただし、高齢者では血圧を下げ過ぎるとふらつき・転倒のリスクがあるなど、患者さんごとに状況が異なるので、 治療方針は慎重に決定される必要があります。



■高血圧の治療はどう変わる?

今回のガイドラインの改訂では、血圧分類と降圧目標という重要な項目が変更になりました。 特に、75歳未満の人では、降圧目標は上下ともにこれまでより10mmHgずつ、厳しい値となりました。 これによって、高血圧の治療はどう変わるのでしょうか。 これまで「上の血圧が140mmHg未満で下の血圧が90mmHg未満」を目指していた人では、この目標値よりもさらに下げることが必要になります。 ただし、それは薬を追加することではなく、運動や減塩などの正しい生活習慣を実行することによって目標達成を目指すのが基本です。 生活習慣が改善されると、降圧薬もより効きやすくなり、従来と同じ薬の使い方でも新たな降圧目標を達成することは可能です。 場合によっては、薬を減らしたり、中止するところまで達することも可能だといいます。 運動は、決して無理をせず、 ウォーキング など自分に合ったものを日常生活の中に取り入れて行いましょう。 また、高血圧対策として「減塩」 は絶対に欠かせません。 減塩によって確実に血圧は下がり、特に血圧が高い人に対してより効果的だということがわかっています。 日本の食生活において、塩分摂取に対して最も大きく影響しているのは、実は加工食品に含まれる塩分です。 「加工食品を全く摂らない」ということは難しいですが、現在はさまざまな減塩の工夫をした加工食品も多く登場しているので、 日々食べる食品を上手に選んで、減塩に繋げましょう。

ここまでは、高血圧と診断された人についての治療の考え方をみてきましたが、今回のガイドラインの改訂は、 「高血圧とは診断されていないが、血圧が高めの人」、または「現在は正常血圧の人」に対しても高血圧対策の重要性を呼び掛けています。 高血圧と診断されていなくても、前述のような生活習慣を保つことが重要です。 それによって、高血圧になることを防いだり、現在少し高めの血圧を下げることができます。 高血圧になる人が少なければ、 脳卒中心筋梗塞のリスクも下がり、健康寿命が延びることに繋がります。 「日本全体で、高血圧の患者さんを減らそう」というのが今回の改訂版ガイドラインに込められたメッセージです。


■高血圧対策は、社会全体で

この他に今回のガイドラインで注目される点としては、高血圧対策には「社会全体での取り組みが必要になる」と明記されたことが挙げられます。 高血圧対策においては、まず患者さんと医師の間できちんと相談をし、どのように血圧を下げていくかという具体的な方法を共有することから始まります。 その目標を実際に達成していくには患者さん自身の生活習慣や日々の生活の様子を把握している地域の保健師や管理栄養士の存在が重要になります。 また、かかりつけ医や薬剤師と、専門医との連携も欠かせません。このように、いろいろな分野の人が関わり、一人一人の患者さんの血圧を、地域全体で下げていきます。 さらに、減塩対策や啓発運動など様々な分野において、行政や産業界が関わることも大事なポイントです。 医療関係者だけでなく、地域・社会全体で総合的に高血圧対策に取り組むことが求められています。 2018年末に「脳卒中・循環器病対策基本法」が成立したことも、この流れを推進するものとして期待されます。 冒頭に述べたように、日本では高血圧のある人が約4300万人いるとされていますが、治療に取り組んでいるのはその半数、 きちんとコントロールができている人はさらにその半数と考えられています。 そしてこの高血圧が重大な病気に繋がり、命に関わったり、健康寿命を損なっているのです。 今回のガイドラインを通じて、「高血圧は大きな問題だ」という意識を共有し、日本の国全体で、高血圧に取り組んでいくことが望まれます。