ヨウ素(ヨード)

ヨウ素は新陳代謝を促がす甲状腺ホルモンの構成成分で、甲状腺腫と関係が深いミネラルです。 ヨウ素が充分に補給され、代謝が活発になると、体中の細胞の生まれ変わりが滞りなく行なわれるようになります。 発育促進や、皮膚や毛髪を美しく保つ働きがあるといわれるのはこのためです。 ヨウ素は海藻に多く含まれており、海藻を食べる食習慣を持つ日本人において、 ヨウ素の欠乏症というのはあまり見られません。逆にヨウ素過剰症について、注意が必要です。 甲状腺腫は欠乏でも過剰でも発症することがわかっており、バランスのよい摂取が必要です。


■「ヨウ素」とは?

「ヨウ素」が単体として取り出されたのは1811年のことで、当時フランスのナポレオン軍が火薬を作るため、 原料の硝酸を海藻からとる研究を行っていました。 この研究に従事していたクールトアは、海藻から紫色の蒸気を発するヨウ素の結晶を発見し、ギリシア語で紫を意味するiodeと命名しました。 日本では明治時代にこれをドイツ語のJodから沃度と訳し、ヨード、ヨジウムと呼ばれたこともありましたが、 現在は沃素(ヨウ素)に統一されたようです。

ヨウ素は黒紫色の金属光沢を有する板状結晶で、常温で揮発性です。 水に溶けにくく、クロロホルム、アルコールにはよく溶け、紫色、茶褐色などの溶液になります。 自然界には遊離した型で存在せず、主に海藻、海産物中に沃化物(ヨウ素を含んだ化合物)として存在しています。 ヨウ素は周期表では17族に属し、塩素、フッ素、臭素などと同じくハロゲンと呼ばれるグループに属しますが、 ハロゲン中では産額が最も少ない微量元素です。 ハロゲン類は皮膚、粘膜に対してきわめて強い刺激性と腐食性を有し、液体または蒸気によって眼、皮膚などに炎症や浮腫を起こします。

表1にハミルトンにより測定された種々な組織中のヨウ素濃度を示します。 成人の体内には15~20mgのヨウ素が存在しますが、そのうち70~80%が甲状腺に含まれています。 甲状腺は体重の0.03%の重量しかない組織で、このように一つの組織に偏って存在している元素はヨウ素だけです。 筋肉中のヨウ素濃度は低いのですが、筋肉は人体内で最も量の多い組織で、ヨウ素含有量では甲状腺に次いで2番目になります。


表1:成人組織中ヨウ素濃度(μg/g)
組織 平均値±標準誤差
甲状腺 499(244~1,470)
肝臓 0.20±0.06
0.07±0.03
卵巣 0.07±0.03
血液 0.06±0.04
腎臓 0.04±0.01
リンパ節 0.03±0.01
0.02±0.002
睾丸 0.02±0.003
筋肉 0.01±0.001


●ヨウ素欠乏症

ヨウ素の発見は17世紀になってからですが、ヨウ素欠乏症である甲状腺の腫れる病気は古くから地方病として蔓延していました。 1280年ごろ、アーノルドは焼いた海綿が甲状線腫の治療に有効であることを記載しています。 1820年スイスの医師コアンデは、焼いた海綿中の有効成分はヨウ素であることを示唆していますが、 ヨウ素の過剰摂取で過剰症が起こることも指摘しています。 1825年ブサンゴーは、ヨウ素を甲状線腫の特効薬として臨床的に用いています。 しかし、その後しばらくはヨウ素が有毒であるという見解が医学会に広まり、 甲状線腫の治療にヨウ素は用いられなくなった時代があります。 1886年ボウマンは、甲状線にヨウ素が多量に含まれていることを発見し、ヨウ素が再び甲状線腫の治療に用いられるようになりました。

ヨウ素欠乏の初期は甲状線機能の亢進が起こり、尿中ヨウ素排泄量には変化が出ません。 しかし、ヨウ素欠乏が進むと甲状線の肥大が起こり、尿中ヨウ素排泄量も低下してきます。 すなわち、甲状線の肥大はヨウ素が不足するため甲状線機能が低下し、それを回復しようと甲状線が肥大して起こる代償性肥大であり、 甲状線の細胞数と個々の細胞の肥大の両方が起こります。 外見はひどい状態ですが、ヨウ素欠乏性甲状線腫それ自体は、気道や食道を圧迫する物理的障害以外、それほど重篤な機能障害はありません。 わが国ではヨウ素欠乏症はほとんど見られませんが、 世界的な規模では、ヨウ素欠乏症はビタミンA欠乏症、鉄欠乏症と並んで世界の3大栄養素欠乏症の一つとされています。 ヨウ素欠乏の多発地域は、いずれも海から離れた、土壌中のヨウ素含有量が低い地域です。

「クレチン病」という病気は、ヨウ素欠乏の母親から生まれる子供に多発する甲状線機能低下症です。 四肢が短くなり、頭が大きく、腹部は膨張し、鞍鼻など特異な体型や顔貌を呈し、体格と知能の発育も遅れます。 生後すぐに甲状線ホルモンなどによる治療を行うと回復しますが、治療の時期が遅れると回復不能になります。 クレチン病はヨウ素欠乏症のほかに、甲状線の形成不全、自己免疫異常、ホルモン合成酵素の欠損などによっても発生します。 開発途上国では風土病的にクレチン病が存在し、大部分がヨウ素欠乏症によるものと考えられます。 わが国では1979年から新生児を対象に、クレチン病のマス・スクリーニング検査が行われており、 8000人に1人くらいの割合で患者が発見されていますが、単純なヨウ素欠乏症ではなく、ほとんど全例が他の原因によるものです。

1990年に行われた発展途上国を対象にしたWHOのヨウ素欠乏症の調査では、ヨウ素欠乏状態の人が10億人、 明らかな甲状線腫が2億人、クレチン病が570万人も存在するという驚くべき結果となりました。 このような状況に対してヨウ素欠乏地域では、さまざまな方策によりヨウ素欠乏の予防を行っています。 米国では、州により食塩にヨウ素を添加しているところがありますが、多くの国でヨウ素強化食塩を用いています。 アフリカでは主食にしている穀物にヨウ素を添加し、効果を上げている地域もあります。 また、数ヶ国でヨウ素を含有した油を筋肉注射することにより予防、治療を行っています。 注射の頻度は3~5年に1回程度でよいとされており、特に妊婦は出産の1ヶ月前に1回注射すると 母乳中のヨウ素濃度が上昇し、乳児をクレチン病から守ることができるそうです。 また、ヨウ素を経口的に与えている国もあります。


●甲状腺とヨウ素の機能

甲状腺はホルモンを分泌する内分泌器官で、チロキシン、トリヨードチロニン、カルシトニンなどのホルモンを分泌します。 このなかでチロキシン(T4)とトリヨードチロニン(T3)は、ヨウ素を含んでいます。 そして、甲状腺は1日に約80μgのT4と約10μgのT3を血液中に分泌します。 健康な人の血清中濃度正常値はT3:8.6μg/100mL、T4:128μg/100mLです。 分泌されたT4の一部は酵素によりT3に変換され、受容体に結合してホルモン作用を発揮します。 したがってT4はT3の前駆物質と考えられています。T3の機能は代謝亢進、発育促進、交換神経機能亢進(心拍数・汗分泌増加)、精神機能亢進などです。


●ヨウ素の必要量

わが国は昔から海藻類をよく摂取する食習慣があり、欧米諸国とは異なったヨウ素摂取状況があります。 欧米人でヨウ素過剰症が発生するレベルでも、日本人では耐性があり中毒が発現しないことが知られています。 しかし、日本人を対象にした必要量を算定するに足るデータがないため、欧米の研究を参考にしてヨウ素食事摂取基準値が設定されました。 上限量については、海藻を含む日本人の食生活で要素摂取量は1日に0.5~3.0mgと推定され、3mg/日の摂取でも健康障害が認められないことから、 この値を上限量にしました。日本の食生活が考慮されているのは、上限量だけです。


表2:日本、アメリカ、イギリスのヨウ素食事摂取基準(μg/日)
日本 アメリカ イギリス
年齢(歳) 推定平均
必要量
推奨量 上限量 年齢(歳) 推奨量 上限量 年齢(歳) 推定平均
必要量
1~2 40 60   1~3 90 200 1~3 70
3~5 50 70   4~8 90 300 4~6 100
6~7 60 80   9~13 120 600 7~10 110
8~9 70 100   14~18 150 900 11~14 130
10~11 80 120   19~30 150 1,100 15~18 140
12~14 95 140   31~50 150 1,100 19~50 140
15~17 95 140   50~70 150 1,100 51以上 140
18~29 95 150 3,000 70以上  150 1,100 
30~49 95 150 3,000
50~69 95 150 3,000
70以上 95 150 3,000


●ヨウ素の摂取量

要素は食品成分表にも記載されていませんし、国民健康・栄養調査の対象にもなっていません。 昭和57年度の国民栄養調査の食品摂取量を元に、ヨウ素の食品群別摂取比率を概算した結果が表3です。 表3でわかるように、食品中のヨウ素含有量では、ヨウ素は圧倒的に海藻類に多く、次いで魚介類になっています。 昭和57年は、平均1.5gのヨウ素を摂取しており、海藻摂取量の平均値は1人1日5gで、現在よりかなり低い摂取量でした(平成16年度:12.9g)。 それで約80%のヨウ素摂取量をまかなっていました。


表3:成人組織中ヨウ素濃度(μg/g)
食品 μg/100g
昆布 130,000
わかめ 7,800
のり 6,000
寒天 1,400
いわし 268
さば 247
かつお 198
マーガリン 85
大豆 79
ごま 58
卵黄 48
白米 39
36
豚肉 18
食パン 17
たまねぎ 8
母乳 7
牛乳 6
大根 1


●ヨウ素過剰症

1964年には、樋口氏によって北海道の海岸各地で甲状腺腫が多発したことが報告されています。 これらの地域は昆布の産地で尿中ヨウ素排泄量の平均値は24mg/日であり、正常値の150倍もありました。 この地域では昆布の多量摂取により1日に50~80mgのヨウ素を摂取していたと推測されます。 ヨウ素を含まない食事に切り替えることにより甲状腺腫は改善しています。 ヨウ素は、欠乏でも過剰でも甲状腺腫を起こすのです。 最近でも時々散発的にヨウ素過剰による甲状腺腫の報告がありますので、ヨウ素については欠乏より過剰を注意する必要があります。