セレン(セレニウム)

セレンは、私たちの発育と生殖に欠かせないミネラルの一つで、 セレンが欠乏すると、ひどいときには心筋症を多発するなどして死に至ります。 克山病やカシンベック病などもセレン欠乏症のひとつとされている病気です。 セレンは海から採れる食品に多く含まれる傾向があります。 セレニウムは、体内に現れた余分な活性酸素が悪さをしないように除去する抗酸化パワーを発揮します。


■「セレン」とは?

「セレン」は元素の周期表では硫黄のすぐ下にあり、硫黄と化学的に類似した性質を有しています。 自然界では、硫黄化合物にセレンが少量含まれている場合が多いようです。 1817年ベルツエリウスは、硫酸製造のため硫黄を燃焼した後に生じた沈殿物からセレンを発見しました。 名前はギリシア語の月seleneに由来するもので、セレンが燃えるときに月のような光を出すためという説と、 セレンより前に発見されていたセレンと類似した性質を示すテルル(周期表でセレンのすぐ下に位置する) がラテン語の地球tellusにちなんで付けられたので、月とされたという説があります。 英語ではセレニウムseleniumと呼ばれています。 成人体内のセレン量は13mg程度であり、亜鉛の150分の1、銅の6分の1の量しか存在しません。


●セレンの作用

生体内のセレンは、含硫アミノ酸であるメチオニンとシステインの硫黄の部分がセレンになったセレノアミノ酸の形で存在する場合が多いようです。 セレンは種々な酵素に含まれており新陳代謝に関与していますが、これもほとんどがセレノアミノ酸の形で酵素たんぱく質に含まれています。

セレン結合たんぱく質であるグルタチオンペルオキシダーゼには、数種類の酵素が存在していますが、 これらの酵素群は還元型グルタチオンを水素供与体として、過酸化物を消去する作用を有しています。 過酸化物による障害としては、過酸化脂質の発生が最も重要です。 過酸化脂質が生体の膜中に増加すると膜が壊れやすくなり、 動脈硬化糖尿病白内障など老化現象と呼ばれる症状の原因になります。 したがって、セレンは老化を予防するミネラルであるということもできます。 また、セレンには癌を抑制する作用もあることが疫学的な調査研究、臨床研究、動物実験などにより認められており、注目されています。

ヨウ素チロニンディイオディナーゼというセレン酵素は、甲状腺ホルモン前駆物質チロキシン(T4)のヨウ素を取り去る反応を触媒し、 活性の高いトリヨウ素チロニン(T3)に変換する反応と、T3に反応しヨウ素を取り去って不活性化する反応にも関係しており、ヨウ素代謝を調節しています。


●セレン欠乏症

1935年ころ、満州国竜江省克山県(現在の中国東北部)は日本の統治下にありましたが、 「克山の奇病」と呼ばれる原因不明の心筋障害が多発し、多くの死者を出しました。 主として日本人の学者からなる満州衛生委員会は、この病気の原因を調査し、一酸化炭素中毒であろうという結論を出しました。 実際に長野県でも、信州心筋症と呼ばれる低濃度で長期にわたる一酸化炭素中毒による心筋症が多発したことがあります。

しかし、それから40年以上が経過した1979年に中国の克山病検討委員会は、克山病の原因として一酸化炭素中毒を否定し、 セレン欠乏症であるとする見解を示しました。中国で克山病の発生する地域は、土壌中にセレン濃度が低い地域で、 そこで収穫される野菜や豆類のセレン濃度も低く、セレン欠乏症が発生したというのです。 この地方の住民の血液中セレン濃度やグルタチオンペルオキシダーゼ活性も低いという結果が出されています。 そして、1974年ごろから流行地域の住民に対してセレンを強化した食品を与えるという栄養政策を採用したところ、 克山病の有病率や死亡率が減少し、現在ではほとんど克服されたといわれます。

「カシベック病」は、1859年シベリアで発見された、骨や関節に炎症と変形が起こる病気で、 KashinとBeckの2人の学者により詳しい研究が行われたので、この名前があります。 小児期に発症し、15~16歳にかけて徐々に進行します。 手や足の関節が腫れ、指が短くなり関節の動きが消失し、運動機能が障害される病気で、中国では200万人もの患者がいると推定されています。 これまで原因は不明とされてきましたが、患者発生の地理的分布は克山病と重なる場合が多いので、 中国の委員会ではこの疾患もセレン欠乏症であると考えているようです。

セレンを含まない輸液により長期間経静脈栄養を受けていた患者に、セレン欠乏による心臓疾患が発生したといういくつかの報告があります。 ジョンソンらは微量元素として 亜鉛 と銅を添加した輸液で2年間経静脈栄養を受けており、 心室細動、急性肺水腫、 心臓肥大が発生した患者の報告を行っています。 血中セレン濃度、血液グルタチオンペルオキシダーゼ活性は著しく低下していたので、セレンを与えましたが、 死亡しています。 心臓中セレン濃度は正常値の1/3に低下し、顕微鏡像では心室の筋肉が繊維化していました。


●セレン過剰症

中国では克山病と逆にセレンの土壌中濃度が著しく高い地域があり、その地域で収穫された穀物はセレン含有量が高く、 セレン摂取量は1日に5mgにも達し中毒が多発しています。その症状は毛髪や爪の脱落、皮膚病変、神経の異常などです。 アメリカでは表示している量の180倍のセレンを含有した健康食品を摂取した13人に悪心、嘔吐、毛髪の脱落、爪の変形、神経障害が発生しています。 これらの人々のセレン摂取量は27~2400mgと推定されています。 セレンの過剰は硫黄代謝に異常をもたらし、SH基の変化、たんぱく合成の抑制などが発病の原因になると考えられます。


●セレンの必要量

1999年の食事摂取基準では、血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性が平衡を保つ摂取量を基準にして セレン所要量が決められました(30~49歳男子:55μg、女子:45μg)。 しかし、その後WHOではセレンの必要量は血漿グルタチオンペルオキシダーゼ活性が平衡を保つ量の2/3で十分であるとの見解を出しました。 そこでセレンについて「日本人の食事摂取基準(2005年版)」では、 表1に示すように推定平均必要量、推奨量は前回の所要量より低い数値になっています。 上限量は、中国とアメリカでセレン摂取量が高いと推定された人が過剰症を発病しなかった量を基準にして設定されました。


 ●表1:セレンの食事摂取基準(μg/日)
年齢(歳) 男性 女性
推定平均
必要量
推奨量 上限量 推定平均
必要量
推奨量 上限量
1~2 7 9 100 7 8 50
3~5 10 10 100 10 10 100
6~7 10 15 150 10 15 150
8~9 15 15 200 15 15 200
10~11 15 20 250 15 20 250
12~14 20 25 350 20 25 300
15~17 25 30 400 20 25 350
18~29 25 30 450 20 25 350
30~49 30 35 450 20 25 350
50~69 25 30 450 20 25 350
70以上 25 30 400 20 25 350
妊婦付加量 +4 +4
授乳婦付加量 +16 +20


●セレン摂取量

セレンは食品成分表にも掲載されておらず、国民健康・栄養調査の対象にもなっていません。 表2に、食品中のセレン含有量を示します。 魚介類、海藻類など海からとれる食品に多く、次いで米、麦、大豆などの穀類、豆類に多く、卵類、肉類にも比較的豊富です。 野菜、果物にはあまり含まれていません。日本人のセレン摂取量については、ある推計によると1日に86μgで、 魚介類、肉類が56%、穀類が24%、乳類・卵類が13%、その他の植物性食品が7%となっています。 また、世界各国のセレン摂取量には大きな差があり、アメリカ:132(μg/日)、イギリス:60、フィンランド:30、 ベネズエラ:326、中国:8などとなっています。


 ●表2:食品中セレン含有量
食品 μg/100g 食品 μg/100g 食品 μg/100g
いわし 140.0 白米 22.0 キュウリ 5.4
かれい 82.0 ハマグリ 17.0 白菜 3.7
昆布 81.0 豚肉 16.0 タマネギ 2.8
ラーメン 44.6 サラダ油 7.5 母乳 1.4
鶏卵 24.0 オレンジ 6.6 シイタケ 0.9
大豆 23.4 牛乳 6.0


セレンが多く含まれている食品にはナッツ類、肉類、ワカサギやホタテなどの魚介類、小麦胚芽などが挙げられます。 しかし、それぞれの含有量は微量といわれていますので、効率よく補給するならサプリメントでのご摂取をおすすめします。