を摂取する上でよく考えなければならないのは、 亜鉛とのバランスです。


■銅

『銅』は古くから利用され身近に存在する金属ですが、 人体内の存在量は低く(成人で80mg)、銅が必須元素であることが判明したのは20世紀になってからです。 1925年、アメリカのハルトとエルビラムはラットに乳を与えて研究をしていましたが、 貧血が発生したとき を与えても貧血は治らないが、 とうもろこし、レタス、レバーを与えると貧血が回復することを発見しました。 これらを焼いて灰にして与えても有効で、熱に強い物質であることがわかり、さらに分析して銅であることを突き止めました。 つまり、銅には鉄の利用を高めて貧血を予防する作用があったのです。 一方、節足動物や軟体動物の体液にはヘモシアニンという呼吸色素が含まれており、ヘモグロビンと同様に酸素を運搬する役割を持っています。 鉄の代わりに銅原子が酸素と結合するのです。 ヘモグロビンと異なり、酸素が結合すると青色を呈します。ヒトを含め脊椎動物にこの呼吸色素はありません。


●銅の作用

下記表1に主な銅結合たんぱく質を示します。 セルロプラスミンはフェロキシダーゼ活性により2価の鉄を3価の鉄に変換し、3価の鉄はトランスフェリン (鉄輸送たんぱく質)と結合して各組織に鉄を供給します。 スーパーオキシドジムスターゼは抗酸化作用を有する酵素で多種類ですが、その中で銅を含むものがあります。 リシルオキシダーゼという酵素は コラーゲンを合成する作用を有しています。 この作用は創傷の治癒や血管の保持に役立っています。

表1:主な銅結合たんぱく質
たんぱく質・酵素 分子量 作用
ヘモシアニン 100,000~10,000,000 節足動物血液で酸素運搬
セルロフラスミン 134,000 銅運搬、Fe2+をFe3+に変換
フェロキシダーゼⅡ 520,000 Fe2+をFe3+に変換
モノアミンオキシダーゼ 170,000 モノアミンの酸化
チロシナーゼ 33,000 メラニン色素産生
チトクロムオキシダーゼ 100,000 酸化的リン酸化
リシルオキシダーゼ 170,000 コラーゲン生成
Cu,Zuスーパーオキシドジスムターゼ 32,000 抗酸化作用
細胞外スーパーオキシドジスムターゼ 135,000 抗酸化作用


●銅欠乏症

ヒトにおける銅欠乏症は、1956年に5例の小児に貧血が発生したという報告以来、多くの報告があります。 症状としては、貧血に始まり、白血球減少、血清セルロプラスミン濃度低下、 赤血球銅・亜鉛-スーパーオキシドジムスターゼ活性低下、心電図異常などです。 メンキース縮毛症は先天的に腸管から銅を吸収できない遺伝性疾患で特有な縮れ毛を有し、痙攣が起こり、 筋肉緊張力が低下し、骨の異常もあり、知能の発達も遅れます。

銅の輸液性欠乏症についても多くの報告があります。 ダンラップらが報告した患者は、長期間経静脈栄養を続けているうちに体力が減退し、貧血症状が著明に認められました。 白血球数も減少し、特に好中球の減少が著明でした。 骨髄では赤血球生成不全像(軽度の巨赤芽球性変化)がみられました。 血清銅濃度は0.11mg/L(正常値0.8~1.6mgLl)、血清セルロブラスミン濃度は9mg/100mL(正常値:10~40mg/100mL)と低下しました。 結局、経静脈的に、1mg/日の銅を与えることにより10日後に回復しています。


●銅過剰症

銅は毒性の弱い金属で、慢性的な摂取により中毒を発生したという報告はほとんどありません。 食事摂取基準では、毎日10mgの銅をサプリメントとして摂取しても異常が見られなかったという論文を根拠として、上限を10mg/日としています。 しかし、銅の化合物である硫酸銅は自殺や他殺の目的で使用されることが多い物質で、 その症状は吐き気、下痢、潰瘍の発生、黄疸、肝臓障害、腎臓障害、意識障害などを起こすことが報告されています。 腎臓疾患を有し酸性に傾いた脱イオン水を用いて透析を受けていた患者が、銅過剰症により死亡しています。 銅を使用していた機器から水が酸性になったため、銅が溶出して高濃度(31mg/L)となり、貧血、アシドーシス、 低血糖、吐き気、頭痛、胃痛、下痢、幻覚などの症状を示しました。

「ウィルソン病」は体内の組織に銅が沈着する先天的な病気です。 肝臓での銅代謝異常が主要な原因で、銅の胆汁中への排泄が低下し、体内に銅の沈着が発生します。 特徴的なのは、眼の角膜に銅が沈着して青緑色の輪が出現します。 腎臓障害、肝臓障害、神経症状が発生します。 これは銅を輸送するたんぱく質のセルロプラスミン欠乏による場合が多いようで、厳密な意味での銅過剰症ではありません。


●亜鉛と銅のバランス

以前、亜鉛の食事摂取基準の上限値が、亜鉛過剰摂取による銅・亜鉛依存性スーパーオキシドジムスターゼ(CuZn-SOD) 活性が低下したというデータをもとに策定されたことを述べました。 周期律表で銅は11族、亜鉛は12族に属し、原子量も銅:63.5、亜鉛:65.4と近似し、横に並んでいる遷移元素で 化学的性質が類似し、生体内ではレセプターを共用する可能性があります。 実際に、動物実験で過剰な亜鉛を与えると、銅欠乏症が出現したという報告があります。 これは、過剰な亜鉛が銅の腸管吸収を阻害したものと考えられています。 ヒトでも亜鉛を大量に与えると、銅欠乏による貧血が発生するという多くの研究があります。 また、亜鉛が過剰で銅が欠乏すると、循環器疾患の誘引になるという報告もありますが、機構は明確にはされていません。

このように、亜鉛を過剰に与えると銅欠乏が起こるという報告は多いのですが、逆に銅過剰が亜鉛の状態に影響を与えたという報告は少ないのです。 人体内亜鉛/銅の重量比をみると、全身:27、肝臓:17、血清:1で、血清以外は亜鉛が圧倒的に多くなっています。 血清のミネラルはすぐに使用される性質がありますし、銅は体内貯蔵量も低いので、亜鉛より欠乏しやすいと考えられます。 食事摂取基準による30~49歳の推定平均必要量は、男性で亜鉛が銅の13倍、 女性で10倍となっています。 平成16年国民健康・栄養調査の対象者全員の摂取比率は、亜鉛が銅の約7倍になっています。 食事摂取基準による推定平均必要量の亜鉛/銅比は、30~49歳男性では13.3、女性では10.0となっています。


●銅の必要量

2005年の食事摂取基準で策定された推定平均必要量と推奨量は、1999年の食事摂取基準の栄養所要量と比較して大幅に低下しました。 1999年における18~69歳の栄養所要量は、男性:1.8mg/日、女性:1.6mg/日となっていたのですが、現在では銅の食事摂取基準は半分以下になっています。 これは、従来アメリカやWHOで策定の根拠としていた論文の精度が十分ではないとの意見もあり、 銅の摂取量が低い場合は腸管吸収率が上昇し、従来考えられていたより 少なくても銅欠乏症は起こらないという事実も判明し、アメリカで数値が見直されたことに準じた変更です。


●銅摂取の現状

平成16年時点での銅摂取量は30~40代の働き盛りの人が平均推定必要量に少し達していません。 銅の栄養状態を心配する必要は少ないのですが、銅と亜鉛のバランスを適切に保つ意味からも、 不足にならないような配慮は必要であると考えられます。銅も亜鉛も毒性が低いミネラルですから、 亜鉛・銅比率を厳密に守るというよりも、両微量元素を十分に摂ればホメオスタシスが働き、 体内の摂取比率はおのずから適正に維持されると思われます。


●食品と銅

下表に食品中の銅量を示します。牛レバー、ココア、牡蠣などに多く含まれ、穀類にも比較的多く、 精白による損耗も少ないようです。
食品群別銅摂取比率では、穀類は主要な摂取源で、そのうち米が80%近くを占めています。 次いで豆類、魚介類、野菜類が続いています。

食品中銅量(mg/100g):(五訂増補日本食品標準成分表)
牛レバー 5.30 大豆 0.98 イワシ 0.14
ココア 3.00 牡蠣 0.89 ほうれん草 0.11
ゴマ 1.66 焼きのり 0.55 食パン 0.11
胡椒 1.22 玄米 0.27 鶏卵 0.08
スルメ 0.99 精白米 0.22 牛肉 0.07

食品群別銅摂取比率
穀類 38% イモ類 4% 卵・乳類 4%
豆類 11% 果実類 4% 調味香辛料 5%
魚介類 11% 肉類 4% その他 9%
野菜類 10%