癌と糖尿病
糖尿病があると、癌を発症しやすくなることがわかってきました。 癌の手術や抗癌剤治療を受けるときにも注意が必要です。
■癌は糖尿病の合併症の一つ
近年の研究によって、糖尿病があると癌を発症しやすくなることがわかってきました。
糖尿病があることによって起こる病気を、糖尿病の「合併症」といいますが、現在では、癌もその一つとみなされるようになっています。
およそ34万人を対象とした日本の研究データを解析したところ、糖尿病があることによって、
肝臓癌、
膵臓癌、
大腸癌の発症リスクが高くなることがわかりました。
また、子宮内膜癌、膀胱癌についても、同様の傾向がみられました。
癌全体では、糖尿病のある人は、ない人に比べて約1.2倍、癌を発症しやすいことがわかっています。
癌を発症しやすくなる理由は解明されていませんが、いくつかの説が提唱されています。
その一つは、糖尿病があると、インスリンが効きにくいためにインスリンが過剰に分泌され、そのインスリンが、癌細胞を発生させたり、
癌細胞の増殖を促したりするというものです。
また、高血糖そのものが影響しているのではないか、肥満によりさまざまな臓器に炎症が起こることが影響しているのではないかという指摘もされています。
そして、糖尿病の発症や悪化につながる生活習慣のある人では、癌も起こりやすいと考えられています。
糖尿病のある人の死因は、近年は癌が最も多く、約38%を占めます。
現在、日本ではほぼ2人に1人が癌で亡くなっていますが、糖尿病があるとその割合が少し高くなります。
●癌検診と生活習慣の改善が大切
糖尿病で継続的に病院などを受診していても、特に癌について調べることはないので、癌を早期に見付けるためには「がん検診」を受けることが勧められます。 また、癌を防ぐには、癌を発生させやすい生活習慣を避けるようにすることが大切です。 具体的には 「肥満を解消する」 「運動不足にならないようにする」 「動物性脂肪の摂り過ぎや野菜・食物繊維の不足を避け、バランスよく食べる」 「禁煙する」 「過度の飲酒を避ける」などの点に注意します。 癌を発生させやすい生活習慣は、糖尿病の発症や悪化にも関係します。 そのため、糖尿病の治療としてこのような生活改善を行うことが、癌の予防にも繋がります。
■糖尿病がある場合の癌の手術
糖尿病のある人が癌の手術を受ける場合、次のような病気のリスクが高まります。
- ▼感染症
- 血糖値が高いと、細菌やウィルスに対する免疫の働きが低下するため、 糖尿病のある人では感染症が起こりやすいといえます。 手術を受けた場合、肺炎などの呼吸器感染症、 手術した部位の傷の感染、尿路感染症などのリスクが高くなります。
- ▼心筋梗塞
- 動脈硬化などが原因で心臓の血管が詰まってしまう病気です。 動脈硬化は糖尿病の合併症の一つで、動脈硬化が進行していると、心臓以外の手術をする場合でも心筋梗塞のリスクが高くなります。
- ▼急性腎障害
- 腎臓の働きが急激に低下し、体内の老廃物や塩分、水分を尿としてうまく排泄できなくなる状態です。 腎臓は血管が張り巡らされた臓器です。そのため、高血糖により血管が障害されると、手術後に腎障害が起こりやすくなります。
以上のようなリスクは、癌の手術後の死亡リスクにも影響します。 死亡リスクを大きく押し上げるわけではありませんが、糖尿病があると手術後の死亡リスクが高くなることは知っておきましょう。
●リスクに備えるためにできること
手術を受ける場合には、血糖コントロールをよくしておくことが大切です。 飲み薬で血糖値が十分に下がらない場合は、インスリン製剤の注射薬による治療に切り替えて血糖値を下げます。 切り替える時期には個人差がありますが、多くの場合、手術の1週間ほど前からインスリン注射による治療を始めます。 大腸癌などの消化器の手術を受けた場合、手術後は一定期間絶食となるため、一時的に飲み薬が使えず、 手術後にもインスリン注射による治療が必要になります。 時間が経過して、体調が回復し、食事が摂れるようになったら、多くの場合、飲み薬による治療に戻ります。 心筋梗塞には動脈硬化が影響するので、その予防や治療を日頃から行っておきます。 動脈硬化が進行している場合には、手術前に検査を行い、心筋梗塞のリスクを確認してもらいましょう。 急性腎障害については、手術後の検査で、どのくらいリスクがあるのか、どのような処置をすればよいのかを調べます。 多くの場合、血液や尿の検査でわかります。
■糖尿病がある場合の癌の薬物療法
糖尿病のある人が「抗がん剤治療」を受けると、血糖値が急激に高くなることがあります。
抗癌剤治療では、副作用として吐き気が現れることが多く、それを抑えるのに「ステロイド」を含む薬がよく使われます。
このステロイドの副作用で、血糖値が著しく上昇してしまうことがあるのです。
また、癌の治療に使われる「分子標的薬」という薬のなかには、血糖値を上げやすいものがあります。
分子標的薬は、癌細胞が持っている増殖のための”スイッチ”を切る働きをする薬ですが、インスリンの働きに関わるスイッチも切ってしまうことがあるのです。
癌の手術が成功しても、血糖値の高い状態が続いていると、癌の再発リスクや死亡リスクが高くなることが知られています。
これは、血糖値の高い状態が原因となり、抗癌剤の作用が弱まったり、癌が再発したりすることがあるためです。
また、「免疫チェックポイント阻害薬」という新しいタイプの癌の薬が注目されていますが、
この薬には、Ⅰ型糖尿病を急に発症する副作用があることが知られています(2020年8月現在)。
【免疫チェックポイント阻害薬】
近年、癌治療に使われるようになった新しいタイプの薬。「免疫の働きを無力化する機能」を抑え込み、
患者さん自身の免疫細胞が、癌細胞を攻撃できるようにするもの。
■その他
●糖尿病が早期発見の”カギ”になる「膵臓癌」
膵臓はインスリンを分泌する臓器なので、膵臓に癌ができるとインスリンを作ったり、分泌したりする能力が低下し、 糖尿病の発症や悪化に繋がることがあります。そのため、糖尿病が突然発症した場合や、 治療中の糖尿病が急に悪化した場合は、医師と相談のうえ、膵臓癌を念頭に置いて検査を受けることが勧められます。 それによって、早期の膵臓癌が発見されることがあります。 一般的に、膵臓癌は発見の難しい癌で、発見されたときには治療が困難になっていることが多いのですが、 糖尿病の発症や悪化がきっかけとなって早期発見に繋がることもあります。