睡眠薬の使い方ガイドラインのポイント

近年、睡眠薬を使っている人が増えていることから、 不眠症に対する睡眠薬の使い方についての初のガイドラインが、 厚生労働省の研究班と日本睡眠学会の共同で作成されています。 このガイドラインでは、睡眠薬の適正な使用法とともに、非薬物療法も活用して”出口(減薬・休薬)”を見据えた不眠治療に焦点を当てたのが特徴となっています。 不眠症と睡眠薬に関する代表的な疑問点を取り上げ、医療者向けだけでなく、患者さん向けの解説も併せて示されています。 睡眠薬は、必要な時に安全に使い、漫然と長期にわたって使い続けないことが勧められています。


ポイント①睡眠薬は必要な時に使って、不眠が改善したら減らす

従来、不眠症の治療の主流となっているのは、睡眠薬による薬物療法です。しかし、慢性化した不眠症では、睡眠薬を飲み続けるだけでは、 ”よりよい眠りによって日中の生活への支障を解消する”という治療の最終目標は、なかなか達成できません。 不眠治療では、薬物療法と併せ、患者さんの生活習慣を変えていくことが大切と考えられるようになっています。 そこでガイドラインでは、不眠症の治療を始める際、最初から睡眠薬を使うのではなく、まず「睡眠衛生指導」を行って 不眠に繋がる生活習慣の改善を図り、それでも不眠が改善しない場合に睡眠薬による薬物療法を行うとされています。 軽い不眠症では、翌日に備えてよく眠りたい日にだけ睡眠薬を使うこともありますが、週に3、4日も不眠があるようなら、 毎日睡眠薬を飲んでまずきちんと眠れるようにしてから薬を減らすのが、睡眠薬を脱する近道と考えられています。


ポイント②薬物療法はできる限り1種類の睡眠薬で始める

現在、不眠症に用いられている主な睡眠薬は、種類によって不眠を改善する効果に大きな差はありませんが、作用の持続時間などが異なります。 そのため、不眠のタイプに応じて、入眠困難には作用の持続時間が短い薬、中途覚醒や早朝覚醒には作用の持続時間がより長い薬を使うのが一般的です。 ただし、異なるタイプの不眠があるからといって、作用の持続時間が異なる複数の睡眠薬を併用しても、必ずしも効果が高くなるとは限らず、 副作用ばかり増えることもあります。そのため、できる限り1種類の睡眠薬で治療を始めるのが望ましいとされています。 ”若いときから夜型”など、睡眠リズムに問題がある入眠困難には、まずメラトニン受容体作動薬を用いることが勧められています。 そのほか、鬱病がある場合には、抗鬱薬で不眠が改善することがあります。 抗鬱薬の種類としては、鬱病の治療薬で一般的なSSRIよりも、 催眠・鎮静系の抗鬱薬(トラゾドン、ミルタザピンなど)のほうが不眠を改善する効果はより高いとされています。


ポイント③治療期間の初期段階で、長期服用に陥りやすいリスクを把握する

必要以上の長期服用に陥るのをできるだけ避けるため、ガイドラインでは、睡眠薬を使い始めるときから、 長期服用になりやすいリスクをできるだけ把握しておくことが望ましいとされています。 睡眠薬の減薬・休薬を困難にさせる要因には、「服用している睡眠薬の量が多い、何種類も併用している」「鬱病などの精神・神経疾患がある」 「痒み・痛み・頻尿などが起こって睡眠を妨げる病気がある」などがあります。 患者さんも、眠れないからと自己判断で薬の量を増やしたり、寝酒と併用したりしていると、長期服用に繋がりやすいので、注意してください。 リスク要因によっては、専門の診療科での治療や、カウンセリング、生活環境の調整などが勧められることもあります。


ポイント④治療効果が不十分な場合には不眠の原因を見直す

睡眠薬を飲んでも十分な効果が得られない場合は、薬の増量や、別の薬の併用を考えることになります。 ただし、薬を増やせば副作用も増えやすく、また薬を止めにくくなるため、 まず、患者さんの睡眠に対する考え方や不眠を招いている原因などを見直すことが勧められます。 例えば、”睡眠薬を飲めば朝までぐっすり眠れる”などの過大な期待があると、”薬が効かない”と感じられることもあります。 なかには、脳波を調べてみると睡眠状態を示しているのに、患者さん自身は眠れていないと感じているケースなどもあります。 こうした場合は、睡眠薬の増量や併用では不眠は解消されません。 薬物療法で十分な効果が得られない場合は、「認知行動療法」を併せて行うことが推奨されています。 欧米では一般的な治療法になっていますが、日本では現在のところ健康保険が適用されないため、 睡眠衛生指導のなかで行動を改善する指導が行われたり、自分で取り組める方法を指導されたりすることもあります。 また、かゆみ・痛み・頻尿などの症状や、 睡眠時無呼吸症候群むずむず脚症候群鬱病などがあるために眠れない場合は、 不眠を招いているもともとの病気の治療を優先する必要があります。


ポイント⑤睡眠薬の減薬・休薬の具体的な進め方も示された

基本的に、睡眠薬はずっと飲み続けなければならない薬というものではありません。不眠が改善されたら、減薬や休薬を目指します。 ガイドラインでは、そのタイミングを判断するポイントは、「夜間の不眠症状が改善している」と「日中の心身の調子が良い」の2つが揃っていることとされています。 その状態が4~8週間維持されているのを確認したうえで、睡眠薬の減薬に入ります。 ただし、睡眠薬を使っている人の約4割が、医師に相談せずに服薬をやめて失敗しているという報告もあります。 睡眠薬の減薬や休薬は、決して自己判断で行わず、必ず医師の指導の下で進めてください。 特に、長い間飲み続けていた睡眠薬を急にやめると、一時的に不眠が再発したり、動悸や吐き気、不安やイライラなどの「離脱症状」が現れやすいので、 それを避けるために、「徐々に薬を減らす」ことが大切です。 具体的にはまず1種類の睡眠薬を1/4錠減らし、1~2週間様子をみて、問題がなければさらに1/4錠減らすといった具合に、時間をかけて減量していきます。 2種類以上の睡眠薬を使っている場合は、作用の持続時間が短い薬から減らすなど、使っている薬に応じて減らす順番も決められます。 睡眠薬を飲んで眠れるようになると、”薬を止めたらまた眠れなくなる”と不安になる患者さんもいますが、不眠症が治っていれば睡眠薬はやめられます。 薬を減らした直後は、よく眠れた気がしないこともありますが、多くは一時的なものです。 もし不眠が続くようなら、減量は一時中止して、前の治療に戻します。 やめる最後の段階では、もしも眠れないことがあったら使える”お守り”として、少量の薬を持っていてもよいでしょう。 減薬するとき、睡眠習慣の改善をしっかり行うと、薬を減らしやすくなります。


ポイント⑥睡眠薬を無理にやめる必要がない場合もある

不眠症の患者さんの中には、睡眠薬を長期にわたって使った方がよいと考えられるケースもあります。 例えば、高血圧糖尿病などの生活習慣病や、 心臓病など発作が起こるような持病がある場合は、睡眠薬を飲んでよく眠れたほうが持病のコントロールがしやすい患者さんがいます。 そのような人は、睡眠薬を無理にやめる必要はないといわれています。 睡眠薬を使う必要がある場合は、あまり心配しないで、安全に使っていく方法を担当医とよく相談してください。


■対応はどう変わる

日本では睡眠薬に対して強い不安を持つ人が多いといわれますが、その一方で、睡眠薬を飲み続けている人が増えており、その多くが高齢者です。 しかし、最も多く使われているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、副作用でふらつき・転倒などが起こりやすく、認知機能低下の懸念もあるため、 近年、高齢者では使用を避けることが望ましいとされています。 副作用が少ないといわれる非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬でも、ふらつき・転倒には注意が必要です。 睡眠薬は、必要性を見極め、安全に用いることが求められています。 最近では、医師による睡眠薬の処方に対して、多剤併用・長期使用を控えるように促す制度も始まっています。 患者さんも、”睡眠薬に頼り過ぎない””恐れ過ぎない”で、「必要な時に必要なだけ使ってやめるもの」と考えて、上手に付き合っていくことが大切でしょう。