慢性腎臓病の治療
『完治を目指す治療』

・慢性腎臓病は、早期であれば適切な治療で治すことが可能。
・進行している場合でも、慢性腎臓病のステージの改善が期待できることがある。
・治療では、糖尿病高血圧の治療、生活習慣の改善などが大切。

慢性腎臓病と診断された場合は、「食事療法」と「薬物療法」が行なわれます。 特に食事については、たんぱく質や塩分の摂取を抑えるなど、制限を守るための基本を踏まえたうえで、味付けなどに一工夫を加え、充実した食事を心掛けましょう。


■腎臓病療養指導士制度

慢性腎臓病治療の強い味方「慢性腎臓病療養指導士」

慢性腎臓病の治療では、医師の診察に加え、生活習慣を改善したり、薬を適切に服用したりするなど、日常生活において幅広い対策が欠かせません。 そのため、さまざまな分野の専門スタッフが協力し合って患者さんをサポートします。 そのチーム医療の要になる「腎臓病療養指導士」という資格の認定が、2017年にスタートしました。 腎臓病療養指導士は、患者さんに寄り添い、治療や生活上のアドバイスなどを行います。 これは、看護職(看護師・保健師)、管理栄養士、薬剤師のいずれかの資格を持ち、慢性腎臓病の療養指導の実務経験のある人が、講習と試験を受けて認定されます。 根気よく治療を続けなければならない慢性腎臓病の患者さんにとって、頼れる存在です。 腎臓病療養指導士は、看護職、管理栄養士、薬剤師それぞれの業務に加えて、慢性腎臓病に関する指導に当たることになります。


■慢性腎臓病の治療

治療が早ければ早いほど、完治する可能性は高まる

慢性腎臓病は治療が難しいと思われがちですが、早期に原因に対する適切な治療を受ければ、完治させることが可能です。 腎臓の機能の低下をできるだけ早く発見して直ちに治療を開始できれば、それだけ治せる可能性が高くなります。 しかし、腎臓は、ある程度機能が低下してしまうと、元の状態に戻すのが難しくなります。 そのため、早期に病気を発見し、適切な治療で病気を完治させることが必要なのです。 慢性腎臓病がある程度進行している場合でも、早期発見、早期治療で、 「透析療法」が必要になるのを防ぐことができます。 慢性腎臓病は 「心筋梗塞」などの病気の原因になることもあるため、 きちんと治療することが必要です。

◆慢性腎臓病の診断の流れ

高血圧や糖尿病と診断されていない人は、「たんぱく尿・血尿ともに陽性」または「たんぱく尿が2+以上」であれば、 腎機能に何らかのの異常があると考えます。 高血圧や糖尿病がないことを検査で確認した後、かかりつけ医から、腎臓専門医の紹介を受けます。 腎臓の状態を適切に診断するには、腎臓専門医でなければ難しいからです。 高血圧がある人は「たんぱく尿陽性」、糖尿病がある人は「アルブミン尿陽性」から「たんぱく尿陽性」へと進行すれば腎臓専門医を紹介されます。 腎臓専門医を紹介されたときはできるだけ早く受診しましょう。 多くの場合、かかりつけ医は患者の病歴や治療歴などを把握しています。 慢性腎臓病と診断されると、かかりつけ医が腎臓専門医と連携して治療を行ないます。

◆糖尿病や高血圧は特に要注意

慢性腎臓病は、「糖尿病」 「高血圧」 「脂質異常症」 などの生活習慣病があると起こりやすいといわれ、生活習慣病の患者数の増加に伴い、慢性腎臓病の患者さんも増えていると考えられます。 特に、糖尿病があると慢性腎臓病の進行が早まるので、腎臓の機能の低下を早く見つけて、 治療を受けることが大切です。

▼糖尿病との関係
血糖値が高い状態が続くと、血管がもろくなって傷つきます。血液を濾過する働きを持つ腎臓の「糸球体」は、 毛細血管の塊なので、糖尿病があると糸球体がもろくなって傷つきます。すると、たんぱく尿が出るなど、 腎臓の機能がどんどん低下していき、 慢性腎臓病(糖尿病性腎症)が起こります。

▼高血圧との関係
高い血圧がかかり続けると、血管がもろくなって糸球体が傷つくうえ、 動脈硬化が進んで血流も悪くなるので、 腎臓の機能が低下します。腎臓には、体液量を調整したり、血圧に関わるホルモンを分泌するなどして、 血圧を調整する働きがあります。腎臓の機能が低下すると、血圧を調整する働きに支障を来して血圧が上がり、 それにより腎臓の機能がさらに低下する、という悪循環に陥ります。

糖尿病や高血圧などの生活習慣病がある場合、慢性腎臓病の進行を抑えるためにも、早期に適切な治療を受けましょう。 慢性腎臓病は自覚症状が出にくいため、早期発見のためには「たんぱく尿検査」「血清クレアチニン検査」を受ける必要があります。 また、糖尿病がある人は、「微量アルブミン尿検査」を受けてください。

◆慢性腎臓病の治療の基本

▼たんぱく尿を抑える
「たんぱく尿」の程度が重いと、腎臓病の進行が早くなります。そこで、食事でのたんぱく質の摂取量を制限します。 また、たんぱく尿を抑える作用を持つ「降圧薬」を服用することもあります。

▼血圧をコントロールする
血圧が高いと、糸球体が障害されやすいので、血圧を「130/80mmHg未満」で安定するように管理します。 たんぱく尿が多く出ている人は、目標値をより厳しく管理します。 治療では、塩分の摂取量を制限し、降圧薬の 「ACE阻害薬」などを服用します。 なお、肥満は血圧上昇につながるため、 適正な体重(BMIが25未満)を保つようにしましょう。 糖尿病のある人は、血糖をコントロールすることも重要です。

■治療の実際

根本にある病気の治療に加え、生活習慣を改善していく

基本的に、慢性腎臓病で完治が望めるのは、糸球体濾過量(eGFR)や尿たんぱくのステージが軽度の場合です。 eGFRが正常に保たれていれば、たんぱく尿が出ていても、治療により完治できる可能性が高いといえます。 完治を目指す治療では、慢性腎臓病の原因に対する治療と、生活習慣の改善を中心に行います。

●生活習慣の改善で気を付けること

腎臓の機能が低下すると、 たんぱく質カリウム、 水分などの制限をしなければならない、というイメージを持つ人もいます。 腎臓の機能がかなり低下している場合はそうした制限を行いますが、ステージG1かG2の軽度の段階では、 それほど厳しく食事制限を行う必要はありません。軽度の場合は、暴飲暴食を慎み、栄養バランスのよい食事を心掛けましょう。 また、喫煙している人は禁煙します。 慢性腎臓病のある人が喫煙すると、 心臓病脳卒中の危険性がさらに高くなるので、禁煙するようにします。 お酒も飲み過ぎないようにします。 運動は肥満の解消になるので勧められます。 散歩やウォーキングなどの有酸素運動、 スクワットなどの筋力トレーニング を無理のない範囲内で行うことも勧められます。 特に糖尿病高血圧がある場合は、その改善にも効果的です。 運動の方法や頻度などは患者さんによって異なるため、担当医とよく相談して行いましょう。

●腎機能が低下している場合

たんぱく質や塩分、カリウムの摂取を抑える

慢性腎臓病には生活習慣が大きく関わっています。まず食事について見直すことが必要です。 塩分の摂り過ぎには注意します。減塩は、高血圧を合併している人にとっては特に大切です。 1日の摂取量を6g未満にすることを目標にします。慢性腎臓病がかなり進行した場合には、 たんぱく質の制限や、 野菜や果物に多く含まれるカリウムの 制限が必要になることがあります。たんぱく質の摂取量は、1日に体重1kgあたり0.6g~0.8gに抑えます。 たんぱく質の摂取を制限する分、炭水化物などでエネルギー量を補充します。 カリウムは腎臓の働きが低下すると体内に溜まりやすく、命に関わる危険な 不整脈の原因となることがあるからです (多量に摂ると不整脈による心停止を招くおそれがあります)。 カリウムの摂取量も1日1500mg以下に抑えましょう。 カリウムは水溶性なので、水につけたり、煮て煮汁に溶け出させるほか、ゆでこぼしなどでも減らせます。 ただし、たんぱく質とカリウムは、慢性腎臓病が進行していない段階では、自己判断で制限する必要はありません。 食事のエネルギー量にも注意し、食べ過ぎないようにします。 お腹周りに脂肪が溜まる「メタボリックシンドローム」がある場合は、 慢性腎臓病が進行しやすいので、体重を適正に保つようにします。 一方で、高齢者は、食事量を減らし過ぎてしまい栄養が不足していることが多くみられます。 「サルコペニア」という筋肉量が減少した脆弱な状態にも繋がりかねないので、むしろ痩せ過ぎに注意する必要があります。

●糖尿病や高血圧などの治療

病気ごとに薬を用いて、目標値を目指す

糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病が慢性腎臓病の原因になっている場合は、それぞれの病気に対する薬物療法が行われます。

▼糖尿病がある場合
血糖値は、過去1~2ヶ月間の平均的な血糖値を反映する「HbA1c」を、7.0%未満(国際標準値)を目標にコントロールします。 血糖値を下げるためには、「インスリン製剤」「DPP4阻害薬」「ビグアナイド」などの薬が用いられます。

▼高血圧がある場合
たんぱく尿が出ていない場合は、上の血圧(収縮期血圧)140mmHg未満、下の血圧(拡張期血圧)90mmHg未満、 たんぱく尿が出ている場合は、上の血圧130mmHg未満、下の血圧80mmHg未満が目安になります。 ただし、75歳以上の人は原則として150mmHg/90mmHg未満を目標とします。 なお、血圧を110mmHg未満まで下げてしまうと、かえって腎臓に悪影響を及ぼすこともあり、注意が必要です。 「ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)」「ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬」「カルシウム拮抗薬」「利尿薬」などの薬が用いられます。 特にARBとACE阻害薬には、血圧を下げるだけでなく、腎臓を強力に保護する作用や尿たんぱくを減らす効果があり、 慢性腎臓病の患者さんの血圧を下げる場合の中心的な手段として用いられます。
慢性腎臓病があると、糸球体の入り口の血管が広がり、多量の血液が入り込むため、糸球体の中の血圧が上がります。 その圧力でたんぱく質が押し出されて、尿中に流出しやすくなります。 ACE阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬には、糸球体の出口の血管を広げる作用があります。 すると糸球体の中の血圧が下がり、たんぱく質が濾過されにくくなります。

▼脂質異常症がある場合
”悪玉”と呼ばれる「LDLコレステロール」の値が120mg/dL未満、可能であれば100mg/dL未満を目標に治療に取り組みます。 脂質異常症の治療では、一般に「スタチン」と呼ばれる薬が用いられます。 スタチンには、LDLコレステロール値を下げるだけでなく、腎臓の機能の低下を防いだり、尿たんぱくを減らす作用があるといわれています。

▼その他
腎臓に炎症が起きている場合には、「ステロイド薬」や「免疫抑制薬」など、症状に応じた各種の薬が用いられます。

●腎臓の働きの低下を抑える薬

腎臓の働きの低下そのものを抑えることが期待されている薬として「SGLT2阻害薬」「MR拮抗薬」があります。 それぞれ、糖尿病と高血圧の治療薬として既に使われています。 慢性腎臓病の治療薬としてはまだ承認されていませんが(2021年4月現在)、臨床試験が行われ、効果が確認されています。 また、「GLP-1受容体作動薬」など臨床試験が現在進行中のものもあります。


慢性腎臓病への応用が期待される薬(2021年4月現在)
下記の薬は臨床試験が進んでおり、慢性腎臓病への応用が期待されている
SGLT2阻害薬 糖尿病の治療薬として既に使われている。腎臓に作用して、余分な糖を尿中に排泄させ、高血糖を改善する。 それにより、腎臓の働きの低下を抑えることが分かってきた。
MR拮抗薬 高血圧の治療薬として使われており、血圧を上げるホルモンの働きを妨げる作用がある。 腎臓の働きの低下やアルブミン尿の発現を抑える作用もあることが分かってきた。
GLP-1受容体作動薬 糖尿病の治療薬として既に使われており、慢性腎臓病への効果が期待されている。
バルドキソロンメチル 新しく開発されている薬で、体内の活性酸素によるダメージや炎症反応を抑える。 これによって腎臓の働きの低下を抑えることが期待されている。

◆諦めずに治療を続けることが大切

慢性腎臓病は、早期に発見して適切な治療を行うことが重要ですが、進行している場合でも、治療を続ければ腎臓の機能の改善が期待できます。 諦めずに、治療に取り組むことが大切です。

●薬による治療を続けやすくするために

▼飲んでいる薬の作用を知ろう
自分が飲んでいる薬にどんな作用があるのかを知っておきましょう。 「自分の体を自分で管理する」という意識をもって取り組むことが大切です。

▼自己判断で服薬をやめない
服用を続けるのが難しいと感じても、自己判断で服薬をやめず、必ず医師に相談してください。 飲みやすい薬に替えるなどの対応ができることもあります。 症状がなく体調がよい場合でも、慢性腎臓病を進行させないために、薬による治療が必要です。

▼タイマーなどを使って、飲み忘れを防ぐ
飲み忘れを防ぐために、タイマーをセットしておくことなどもお勧めです。 服薬のタイミングごとに薬を整理して入れておける専用のケースを活用するのもよいでしょう。

■食生活を改善する

▼サルコペニア、フレイル予防
食事量を極端に減らさない
食事量を極端に制限し過ぎると、栄養状態の低下、筋肉量の低下(サルコペニア)、体重減少、 活動量や気力の低下(フレイル)に繋がる可能性があります。 特に高齢者は注意が必要です。自己判断で極端に制限しないようにしましょう。

▼減塩
まずは今摂っている塩分量の半分を目指す
今すぐ目標の食塩摂取量に到達するのは難しいことが多いため、まずは一歩前進するために”今まで頼は控えめに”を心掛けましょう。 例えば1日に味噌汁を3杯飲んでいるのなら「朝食の時だけにする」「1杯の量を半分にする」ことなどを目指しましょう。

▼減塩
選び方次第で外食でも減塩できる
外食では、麺類や丼物のような単品メニューより、「定食」を選ぶとよいでしょう。 味噌汁や漬物は控え、おかずは量によっては残すなど、「引き算」をすることで食塩摂取量を減らすことができます。

▼高カリウム血症予防
同じものを食べ続けない
「旬だから」とタケノコやトウモロコシ、サツマイモ、ミカンなどを続けて多く食べ過ぎると、高カリウム血症を発症してしまう可能性があります。 カリウムの高い食品に注意しながら、偏らずに食べましょう。

■ビッグデータ

新しい治療戦略として注目されている「ビッグデータ」

慢性腎臓病の患者さんの電子カルテの情報を、全国規模で統合し、「ビッグデータ」(巨大なデータベース)を作るプロジェクトが進んでいます。 集めている情報は、患者さんの年齢、性別、病名、さまざまな検査値、治療の内容など60以上の項目です。 2014年にスタートして約15万人分の情報が集まり、5年間分を追跡できるデータベースになっています。 このプロジェクトでは、次の3つのことを目指しています。

▼医療の「見える化」
標準的な治療はどこまで普及しているのか、さまざまな治療法や薬で実際にどれほど効果が出ているのかなどの実態を把握します。 これらを治療の改善につなげていきます。

▼新しい治療法や薬の開発
新しい治療法や薬の開発には長期間の大規模な臨床研究が必要ですが、ビッグデータを活用して治療法や薬の効果を実証していきます。 また、慢性腎臓病のまだ知られていない発症や進行の要因が発見され、思いもよらない治療法が見つかる可能性もあります。 それにはAI(人工知能)によるビッグデータの解析が鍵になると考えられます。

▼若手の研究に貢献
この世界有数のビッグデータを活用し、日本の若手の研究者が中心となって、慢性腎臓病についてさらに研究・発信することが期待されています。

●ビッグデータから見えた実態

ビッグデータを用いた研究から、現在までに次のようなことが分かっています。
慢性腎臓病の患者さんのうち、透析治療などに至るリスクが最も高い人の割合は、男性で約30%、女性で約26%です。 また、65歳以上が全体の約70%を占めています。 慢性腎臓病が腎不全の末期まで進行すると、約60%の人に貧血が起こります。 しかし、貧血の治療薬が使用されているかどうかにはむらがあることも分かっています。 腎不全の末期まで進行すると、約50%の人に 高尿酸血症が起こります。 他に、 カリウム、ナトリウム、 カルシウム、リン などのバランスの異常が起こる人の割合も分かりました。
これらの結果はすでに論文として発表されており、今後の研究によるさらなる成果が期待されます。

◆より高度な研究を目指す「バイオバンク」

2019年から、慢性腎臓病の患者さんの遺伝子や血液、尿などの生体試料を集める「バイオバンク」のプロジェクトが始まっています。 現在(2021年4月)、およそ2000人分の試料が集まっています。 慢性腎臓病の中には、遺伝子の異常によって発症するものがあります。 慢性腎臓病の原因となる糖尿病や高血圧を発症しやすいかどうかにも、遺伝子が関わっています。 血液や尿の中には、将来、慢性腎臓病が重症化するかどうかを予測する指標となる物質が含まれていると考えられています。 そのため、生体試料を研究することで、患者さん一人一人に合わせて、オーダーメイドの予防法や治療法を提案できるようになることが期待されます。